7 殺し屋は屋上で笑う 前編
芝科高校――駅から徒歩10分のところに位置し、偏差値は並みより少し上。
部活動は中々に活発で校舎を囲むフェンスには全国大会出場した生徒達の華々しい活躍を誇るかのように垂れ幕で宣伝している。
素行の悪い学生はごく少数。それなりな高校。それが俺の通う芝科高校である
その我が母校の屋上に足を踏み入れたのは初めてだった。
ここら辺は高いビルもないので周囲を一望できる。
照らされた木々と清々しいくらいに晴れ渡った空の青とのコントラストが見ていて心地良い。
少し辺りを見渡すと、屋上の隅に俺を呼び出した人物の姿を見つけることができた。
俺は早足で彼女の近くに移動する。
「ごめん、待ったか相沢」
「ううん、今着たとこだから」
今の台詞を聞いたか俺よ。「今きたとこだから」だなんて! こんなやりとり創作の中にしか存在しないと思ってたよ!
相沢とのやりとりに否応なしに俺のテンションは上がっていく。
落ち着け俺、顔は平静を保つんだ。にやけるなんてダメだ。そんなだらしないザマを晒しちゃみっともないだろうが。
「それで、用事ってなんだ?」
「……うん、あのね……」
上目遣いで俺を見てくる少しもじもじとした様子の相沢がとても可愛らしく見えた。
いかん、これはにやけるなという方が無理なのではないか? 俺よもう少し耐えてくれ。
「あ、あのね……鹿野」
「な、なにかな……?」
相沢は顔を赤らめている。オチツケ。なんてこった。これはもう告白じゃないかオチツケオレ。カンガエロ告白以外ないだろう。
やったぜ俺オカシイトオモワナイノカ。このあと一歩を踏み出せない感じがたまらなくイワカンシカナイ甘酸っぱいじゃないか。
わかるか俺よ?お前はいまとてつもなく青春ムーブをかましているんだぞ。ゲンジツヲウケイレロ。
……先ほどからどうも何かおかしい。重大な見落としているかのようなこの感覚はなんだ?
いやいや考えすぎだぜ俺よ。
とある一部分からは何も障害なしに景観を見れるこの素晴らしき屋上。
上目遣いの相沢と、その足元に置かれた謎の物体。
何を見落とすと言うのだ。何もおかしいところはない。
「あのね、鹿島……一緒にトランポリンしない?」
「は?」
あーダメだ。おかしかった。やっぱりおかしかった。
気付かないフリをするのももう限界だ。
「ほら、鹿島と一緒にトランポリンしたいなと思ってさ……トランポリン持ってきたの」
「なるほど、その足元の謎の物体はトランポリンか。なるほど、なるほどなあ……うん、そうか。なるほど」
なるほど、わからん。何言ってるんだ相沢。
違和感はあった。最初からあったのだ。
芝科高校の屋上は施錠されていて普段学生は立ち寄ることができない。なのになぜか鍵はかかっていなかった。
屋上を囲う安全のためのフェンスは、なぜか相沢の後ろの部分だけ綺麗に取り外されている。
そこから外の景色が良く見えるのだ。不気味なほどに。
そして極めつけは相沢の足元にある謎の物体……いや、小さいトランポリンだ。
何故だ。何故こんなところにトランポリンを持ってきたんだ相沢。
Q、屋上、フェンス無し、トランポリン。相沢は俺になにをしようとしているのか
A、答えたくありません。
「あっ! か、勘違いしないでよね!別にアンタがトランポリンで遊んでる隙に屋上から落として殺そうとか、そういうのじゃないんだから!」
もはや何度目かわからない自白。
うん知ってた。そうだよね。俺を殺そうとしてるんだよね。まさかトランポリンによる殺害計画とは予想できなかったけどね!
「うん、とりあえず色々聞きたいことがある」
「な、なに? 私何かおかしいことでも言った?」
頬をかいて視線を泳がせる相沢から、俺は決して視線を外さなかった。
誤魔化すのが下手にもほどがあるぞ相沢。
「どうして屋上の鍵が開いてたんだ?」
「さ、さあ? 偶然開いてたんじゃないの?」
「なんで目の前の一部分だけフェンスが取り除かれてるんだ?」
「さ、さあー? 不思議だよねー!」
「なぜこんなところでトランポリンしようと思った……?」
「……今日も、いい天気ね」
相沢は目を細めて空を見上げる。俺も空を見上げた。
ほんのひと時、俺達は全てを忘れて、同じ空を見ていた。
……いやいや、忘れるわけないだろう。誤魔化すの下手すぎないか相沢。
「あのさ、明らかにおかしいよな。なんなんだこのトランポリン」
「おかしくなんてないでしょ!」
くわっと険しい顔になる相沢。表情の変化が豊かな娘さんである。
「一人用の小型のトランポリンもこうしてちゃんと存在するのよ!? トランポリンに対する常識を改めて!」
お前はまず自分の常識を改めろ。などとは思っても口には出せなかった。
「なにもトランポリンのサイズに疑問を持ったわけじゃない。そもそもなんでトランポリンなんだ」
「それは……その……ほ、ほら! 鹿野ってトランポリン好きそうな顔してるじゃない!」
「トランポリン好きそうな顔ってなんだ!」
「う、うるさいわね! トランポリンから離れなさいよアンタ!」
「言われなくても物理的には距離を取ってる!」
顔を真っ赤にしてギャーギャー喚く相沢に、俺はあくまで冷静に対応することを心掛けた。
危険人物を刺激するのは得策ではないからだ。
相沢は自らの髪を両手でぐしゃぐしゃと撫でまわす。どうやら落ち着かない様子である。
「ああもう……! とにかく! どっちなの!?」
「な、なにが……?」
「トランポリンで遊ぶの!? 遊ばないの!?」
「随分強引に話を進めてきたな……!」
「どっち!?」
とうとう相沢は俺の胸倉を掴み詰め寄ってきた。
こいつの狂った言動に気圧されながらも女子らしい匂いが鼻腔をくすぐり幸福感を感じてしまう俺が情けない。
いや、情けなくはない! 当然だろうこんなもん幸せそのものだろう!
「そんないきなりトランポリンで遊べと言われても……!」
「ハッキリしなさいよ! どっちなの!」
「じゃ、じゃあ遊ばない!」
俺がそう言うと相沢は俺の胸ぐらを掴む手を放した。名残惜しい。
みるみるうちに表情が悲愴なものへと変化していく。今にも泣き出しそうなくらいだ。
「うっ……ううっ……!」
というか軽く泣いていた。
「あ、相沢……何も泣くことないだろ……」
「だ、だって……鹿野がトランポリンで遊ばないっていうから……!」
両手を固く握りしめプルプル震えながら涙を浮かべる相沢に対して、俺はどんな感想を抱けばいいのか迷った。
罪悪感を抱けばいいのか、恐怖すればいいのか、コロコロ変わる表情にときめいてみればいいのだろうか。
しょうがない。さすがに泣かせてしまうのは俺の本意ではないからな。
「悪かったよ相沢。俺も少し急なことで驚いてたんだ」
「……えっ?」
相沢がぱっと瞳を輝かせ嬉しそうにこちらを見てくる。
本当に表情のバリエーションが豊富だな。できることならずっと見ていたい。
「じゃあトランポリンで遊ぶのね!?」
「いや、それは遠慮するけど」
「なんなのよアンタ!!」
お前がなんなんだ、と心の中でツッコミを入れておく。
「もう埒があかないわ! アンタがトランポリンでダイブしないとこっちが困るのよ!」
「ダイブって言ったよな今!」
「……! そ、そんなこと言ってないわよ! あはは! 今日はいい天気ね!」
手をパタパタさせてぎこちない笑みを浮かべる相沢がとても可哀想な人間に見えてきてしまった。
「相沢、この際だからハッキリ聞いておくぞ」
「な、なに……?」
俺はついに核心に踏み込む決意を決めた。
「もしかして俺のこと殺そうとしてたり……しないよな」
「そ、そんなわけないじゃない……! 別に殺そうとか思ってないんですけどー? コマルナー?」
人は追い詰められると本当に汗をかくものなのだなあ、と俺は思い知った知った。
教えてくれたのは目の前のクラスメイト相沢穂波さん(アホ)です。本当にありがとうございました。
俺が疑惑の目を解かないと分かってか、相沢は空を見上げた。俺も空を見上げる。
ほんのひと時、全てを忘れ、俺達は同じ空を見ていた。
……いやいや、忘れてたまるか。誤魔化すの下手くそか、相沢!
これまでは限りなく黒に近いグレーだったが、確定した。
相沢は俺を本気で殺そうとしている。
何故俺を殺そうとしているのかはわからないままだが、この調子ならどうせ答えないだろう。
救いは相沢のポンコツ具合だ。こいつはアホの子。
今までの言動を振り返ると気を付けなくても俺が殺される羽目になることはない。
だから、俺はいつも通りの反撃に出ようじゃないか。
「いやあ、ごめんよ相沢! 勘違いしてたよ、そうだよな。殺すわけないよな! ごめんごめん!」
きょとんとした相沢が返答する前に俺は言葉を続ける。
「いいよ、トランポリンで遊ぶよ。せっかく相沢が俺のために用意してくれたんだもんな」
ぱあっという擬音が聞こえそうなほど相沢の表情は明るくなった。
テーマパーク相沢ランドは感情のジェットコースターを備えているようだ。
見ていて本当に飽きない娯楽施設である。年間フリーパスがあるなら俺は喜んで購入しよう。
「そう!? 遊ぶ!? 空へダイブ!? いいね! どんどん遊んでよ!」
空へダイブじゃないよ言っちゃ駄目だろそこは。
まあいい、失言には目を瞑っておこう。
「遊ぶけどさ、その前に」
「ん?」
「相沢が手本を見せてくれない?」
「はぁ!?」
相沢が驚きの表情のまま固まる。
「なんで私が手本見せる必要あるの!?」
「いやあ、俺トランポリンってやり方よくわからないし! ハハハ!」
「ただ上に乗ってぴょんぴょんすればいいだけでしょこんなもの!」
「ぴょん……ぴょん……?」
「それすらも知らないのは無理があるでしょうが!」
腕をぶんぶん振り回し抗議する相沢だが、俺は容赦するつもりはない。
なにせ自分の命がかかっているのだ。ここで攻めねば俺の命が危ない……まあ別に攻めなくても大丈夫だろうけども。
「相沢が手本を見せてくれるなら、俺はその後に絶対遊ぶ! 約束しようじゃないか!」
「……ほ、ほんとに?」
「本当だとも!」
嘘である。俺が遊ぶわけないだろうが!
俺の作戦はこうだ。相沢がトランポリンに興じる隙をついて全速力で逃げ出し帰路につく。
成功率は極めて高いだろう。これはイージーミッションとしか言えないな。
何やら唸りながら悩む相沢であったが少しするよ「よし!」との掛け声と共に自らの胸をドンと叩いた。
「じゃあ私が手本を見せてあげるから、その後はちゃんと遊びなさいよ鹿野!」
「おお!」
獲物は罠にかかった。繰り返す、獲物は罠にかかった!
アホめ相沢。お前は俺の手のひらで踊らされているだけにすぎん!
欲を言えばもう少し相沢のころころ変わる表情を堪能していたかったが今日はここまでだ。我慢しようね俺。
相沢は靴を脱ぐと恐る恐るといった様子でトランポリンの上に乗った。
不安定な足場に体勢を崩しながらもその表情はやったるぞという気合に満ちている。
「手本を披露するわ……しっかり見てなさいよ!」
「おうよ!」
飛んだ時が合図だ。さようなら相沢、また明日教室で会おうぜ!
相沢の体が跳ねる。今だ、と思った。
しかし、直後俺の体は金縛りにあったかのように動けなくなったのである。
「ほらっ! どうっ! こうすりゃいいのよ!」
相沢が得意げにトランポリンに興じる。ばっさばっさと髪が揺れる。
動け、どうした動くんだ俺よ! 何故動かない!? どうして俺の足は動かないんだ!
「ほらっ! ちゃんと手本見てる!?」
「は……はい!」
俺が動けない理由は俺自身が一番よくわかっていた。
Q、制服を着た女子高生がトランポリンで跳ねるとどうなるか。
A、スカートの下が見えそうになってヤバいです。
それはもはや視覚の暴力であった。