3 向けられたのは好意か
俺が通う芝科高校から駅へと向かう道へと少し歩くと大手ハンバーガーチェーン店「マッチョバーガー」がある。
その二階、窓際の少し狭く感じる二人用席に俺と葛塚は座っていた。
周りの席には同じ制服の学生の姿がちらほら伺える。
俺と同様帰宅部が放課後を誰かと過ごす場としては格好の空間であるのだろう。
窓から外を見ると夕暮れの赤は姿を消し、すっかり暗くなってしまっていた。
相沢の謎の呼び出しからそれくらいの時間は過ぎたんだなとぼんやりと思った。
「……一体何が起きたんだ」
向いに座る葛塚はそう言うとコーヒーを一口飲んだ。自然と俺も手元のコーヒーに手を伸ばす。
中学の頃、大人ぶりたくて無理して飲みはじめたブラックコーヒー。
今やすっかり無糖でなければ受け付けないようになってしまった。
「何がなんだかわからないな」
頭を抱えはじめた葛塚に俺も同意だ。
俺もわけわからん、何がどうなってるんだか。
「それで、どう思う葛塚」
「どう思うって何が?」
何がってお前、普通わかるだろうが。俺は深いため息をついた。
普段勘が良いくせにこういうところを察せないのはどうなんだ葛塚。
仕方ない、確信部分を言葉にして質問するとしよう。
「相沢は……俺に脈があると思うか?」
「……はぁ?」
目を大きく見開きぽかんと間抜けに口を開いた葛塚。
いったい何に対してそこまで驚いているのだろうか?
「だからさ、相沢ってあれかな。やっぱり俺に気があるのかな? 落ち着いて考えてみると金属バットで殴りかかるのって若者の間で流行ってる愛情表現だったりするのか?」
さすがに直接的にこういうことを口にするのは恥ずかしいな。
「恥ずかしながら俺は今までこういうことに縁がなかった。女の子に呼び出されて金属バットを振り回されるなんて経験はもちろんない。葛塚、お前はモテる。こういう場合女の子は俺に気があるかどうかくらいわかるだろ?」
「……よし、いいかい? 君に二つ言うことがある」
葛塚は先ほどまでのアホ面をやめ、真剣な顔になりこちらを真っすぐ見つめてくる。
どうやら本気の回答をしてくれるようだ。
こんなふざけたやつでも恋愛相談ともなれば真面目に向き合ってくれるということか。見直したぞ葛塚。
「まず一つ。僕にそんなエキセントリックな経験はない。そして二つ目。女の子が君に気があるかどうかは置いておいて、君は気が触れている」
何を言ってるんだ葛塚……!
「お前なあ! 俺が真剣に相談しているのにその回答はなんだ! 気が触れてるとはどういうことだ!」
「こんな内容を真剣に相談してるから気が触れてるってことに気付け」
まるでダーウィン賞受賞間違いなしの死者を見つめるかの如きまなざしを俺に向ける葛塚。
なぜそんな目で俺を見るんだ葛塚よ。お前は俺に対する敬意が足りない。
葛塚の予想外の言葉に面食らった俺が反論する前に、葛塚は口を開いた。
「まさかとは思うが、君は『ツンデレ』ってやつを知らないのか?」
ツンデレ。勿論知っている。当然知っているとも!
「ツンデレってあれだろう。好きな人に対して好意を隠してツンツンしてるけど内心実はデレデレしている性格みたいな……」
「他にも色々ツンデレの要素はあるけど、これこそがツンデレだと定義するのは実は難しいんだ」
難しい顔をしながら語る葛塚。こいつは中々気合の入ったオタクだ。
「ここで生きるために必要なことは全てアニメ漫画ゲーム映画で学んだ」と真面目な顔で言い放ち俺を戦慄させたことは記憶に新しい。
「まあツンデレの定義についてはまたの機会に話すとして……ツンデレを知っているなら何故わからないんだい? 相沢さんが何を考えているかは理解できるはずだろう?」
「葛塚、二次元と三次元をごっちゃにするのはどうかと思うぞ」
「君に言われるとかなり腹が立つが……まあいい。もう一度相沢さんの言動を思い出してみなよ」
そう言われて俺は今一度相沢の言動を思い返す。
「そうか……なるほど。そういうことか!」
ようやく俺にも全てが理解できた。
「ようやくわかったか……」
「ヤツはツンデレで、俺に対する好意を隠しているんだな? バットを振り回してきたのはデレデレするのを隠すためだな!?」
「うん、わかってなかった。やはり君は筋金入りのバカだな」
額に手をあて葛塚が大きくため息をついた。なんだというのだこいつは。
「いいかい? ツンデレにはこんな有名な台詞がある」
そういうと葛塚は俺に人差し指を向けて続きを言い放つ。
「べ、別にアンタのことなんて好きじゃないんだからね!」
なにほざいてるんだ葛塚。気でも触れたのか。
「俺もお前のこと別に好きじゃないぞ葛塚」
「このバカが! そうじゃなくてこの台詞は実は好きっていうことを意味してるんだよ! ツンデレの基本なんだ!」
少し顔を赤らめながら怒る葛塚。そんな怒らないでもいいじゃんか。
しかしなるほど、たしかに聞いたことがある台詞だ。
たしかに素直になれないのもツンデレの特徴のはずだ。
なるほど、否定しているようで実は本音を言っている。というのはツンデレの基本公式なのだろうか。
「そこで思い出してみろ、相沢さんは君に似た台詞を言い放っただろう!」
「……あっ」
『別にアンタを殺そうとしたんじゃないんだからね』
Q、『勘違いしないでよね。別にアンタを殺そうとしたんじゃないんだからね!』という台詞の真意を答えよ。
※ヒント、ツンデレの公式を当てはめて考えよ
ツンデレの公式を使い、俺が導き出した答えはこれだ。
A、『お前を殺す』
ああ、なんてこった。そんなバカな。
「鹿野。君は相沢さんに命を狙われたんだぞ」
鹿野翔馬。高校一年生。生まれて初めての告白なんかじゃなかった。俺はクラスメイトの相沢穂波に殺されかけたのだ。