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2 金属バットの殺意


「……以上が相沢穂波告白予告事件の全容である。供述終わり」



 俺が一連の流れ話し終えると葛塚はううむと唸った。

何やら考えているような、悩んでいるような様子だ。



「手短にズバッと言ってくれ、どう思う?」


「鹿野がキモい」


「予想してないとこを手短にズバっと言うのはやめろ」


「えっと……その……鹿野がキモい」


「勿体ぶってズバっと言うのもダメだ!」



 俺のツッコミにへらへらと笑う葛塚。こいつに相談するのは間違いだったのだろうか。

 俺がそう思いはじめた時、葛塚は笑うのをやめて大きなため息をついた。



「とにかく今は判断できないよ。しょうがない、放課後僕も付き添う。隠れて見守っててあげるから安心したまえ」


「なんで見守る必要があるんだ?」


「勘違いだったら最高に面白い現場じゃないか。あとで鹿野をイジるためにもこの目で見届けないとね」


「お前は本当にクズだな!」



 またもへらへら笑う葛塚に呆れたが、実はありがたくもあった。

 万が一、これが罰ゲームの告白だったら――そう考えると女子人気抜群の葛塚が居てくれるのは色々と助かりそうだと打算的な面もある。

 自分の情けなさに少々悲しくなったけど。



「……ねえ、鹿野」



 急に神妙な顔付きになった葛塚がまっすぐこちらの目を見てくる。一体どうしたんだろう。



「もし告白だったとして、君は付き合うのかい?」


「うーん……そりゃお前、あんまり話したことない女子にいきなり告白されても……もちろん付き合う!」


「強めに言う台詞じゃないぞ鹿野」


「この機を逃したら、俺に彼女なんてできるはずがない」


「胸を張って言う台詞じゃないぞ鹿野」



 それから放課後までの時間も俺は浮かれた妄想を存分に繰り広げた。

 相変わらず脳内に授業内容なんて余計なものが入り込む余裕はない。

 全てはノイズでしかなかった。甘くて愚かな夢はまだ続いている。




────────





 あっという間に放課後が来て、俺は誰よりも早く教室を出ると真っすぐ校舎裏の焼却炉へ向かった。


 空はだんだんと赤みがかり、校舎をオレンジ色に染め上げる。

 運動部の声が聴こえ、それに彩りを添えるかのような吹奏楽部の金管楽器のチューニング音が「青春」という言葉を脳裏に呼び覚ます。


 もしかして、いや、もしかしなくても――俺は青春真っただ中ではないか?


『放課後、校舎裏の焼却炉に来て』


 そんなこと女子に言われたらそんなことを考えてしまってもおかしくないだろう。だから俺はおかしくない。



 なのに俺の悪友ときたら「何が裏があるぞ」と警告してくるもんだから困ったものだ。

 そんな警告をしてきた我が悪友は「面白そう」という理由でこの様子を隠れて見守っている。

 奴をクズと呼んでも差し支えないだろう。



 もうどれくらい待っただろうか。数分、あるいは桁が1つ上がるか?

 待っているだけなのに、手に汗が滲む。

 自分を落ち着かせるためのもう何度目かわからない深呼吸を終えた時。



 俺を呼び出した張本人――相沢穂波が姿を現した。



 相沢のややツリ目で勝気そうな印象のある顔はよく整っていて実にかわいらしい。

 肩ほどまで伸ばした髪はつやつやとしていて、風でなびくこの様子を見ているとまるで一枚の絵画と言っても過言ではないのではないか。


 背は俺より頭一つ分くらい小さい。細身だが女性らしいシルエットをしているよな……とここまで考えてから、なんだかとても自分が下品な気がして恥ずかしくなった。



「……来てくれたんだ」

「……来いって言われたから」



 口元をきゅっと結び、少し潤んでいるように見える瞳で相沢は俺を上目遣いで見てきた。いかん、可愛い。


「あ、あのね……その……」



 もじもじと恥ずかしそうな相沢。

 俺は顔がニヤけるのを死ぬ気で我慢した。そして相沢は意を決したかのように、口を開く。



「そぉいッ!!」



 相沢が叫ぶ。俺は相沢の底知れぬ気迫を肌で感じた。

 相沢が後ろ手で隠していたものを俺目掛けて、振り回してきた。


 金属バット、金属バットだこれ!



 俺は気合いとともに襲い掛かってきたその凶器に対応できたわけではない。

 ただ相沢の声にびっくりして身を引いてしまったのだ。


 それが幸いし金属バットは俺の鼻の先数センチを掠め過ぎ去っていく。

 勢いあまったのか相沢は態勢をくずし、「うげっ」というなんともコメントに困る悲鳴をあげて地面に突っ伏した。



 「え、いや、いやいや! なに!? え、なにこれ!? どういうこと!?」



 あまりに急な展開に俺は理解ができず、己の動揺をそのまま口に出していた。


 顔を赤らめながら上目遣いで話しかけてきた相沢。

 気合と共に金属バットで俺をフルスイングしようとした相沢。

 失敗してマヌケな悲鳴をあげて地面に突っ伏す相沢。



 一体なにがどうなってる。



 相沢はむくりと立ち上がると、真っ赤な顔で俺を睨みつけてきた。ちなみに涙目だ。

 よくみると頬と髪に土がついている。



「か、勘違いしないでよね……!」

「……は?」



 わなわなと震える相沢が、なにを言おうとしているのか理解ができなかった。



「別にアンタを殺そうとしたわけじゃないんだからねー!!」


 そう叫ぶやいなや驚くべき速度で相沢は去っていった。

 取り残された俺は、ただただ状況が理解ができず呆然と立ち尽くすのみである。



 運動部の声が聞こえる。吹奏楽部の奏でる曲が夕焼け空に高らかに鳴り響く。


 俺は一人世界に取り残されたかのような錯覚を覚えながら、ゆっくりとオレンジに染まる雲を見上げていた。


「何がどうなってるんだこれは」


 いつの間にか隠れていたはずの葛原が俺の隣に立っていた。

 呆然とした様子で相澤が走り去った方向を見ている。


「……俺が聞きたいよ」


 本当に、何がどうなっているんだろうか。


「とりあえず、君に言いたいことが1つだけ」


 何を言うつもりだ。葛塚は俺よりも背が低いので奴を自然と上から見下ろす形となる。

 葛塚は俺を見上げると、とびっきりの笑顔でこう言った。


「ざまあみろ」


 俺は葛塚に何か言い返す気も起きなかった。



 後でわかったことだが、これは告白からのウキウキ高校生ライフなんて甘い夢ではなく――バカげた悪夢の始まりだったのである。








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 【任務報告、あるいは備忘録】

 西暦2021年 7月1日


『本日、大きな動きがあった。失敗したかと思ったけど、なんとかなりそう。

 私のミスではないと信じたい。引き続きこの時代で任務を続ける』


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ここまで読んでいただきありがとうございました。ストックあるうちは毎日投稿する予定です

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