最終話:騒がしくて賑やかな日々
玲司さんと八十神くんが来ているからか、夕食はいつもより気合が入ったメニューとなっていた。
豚の角煮、肉じゃが、アジフライ。若い男の子が好きそうなガッツリした料理ばかり。他にもおかずが所狭しとテーブルに並んでいる。
「おかわりたくさんあるからね~!」
お母さんは、八十神くんがまだ裏の家に住んでいた頃から彼のぶんの食器を買い揃えていた。いつか食べに来てくれると信じて。それをようやく使うことが出来たんだ。
用意されたお茶碗と箸を見て、八十神くんは感動のあまり何も言えなくなっていた。お母さんが彼を想って選んだものだ。その気持ちが分かるからこそ、涙が出そうなくらい嬉しいんだろう。
ちなみに、玲司さんもよく来るので専用のお茶碗や箸、湯呑みが置いてある。
「……僕、ここんちの子になりたい」
八十神くんが呟いた言葉。
それは彼の心からの望みだ。
「いいわよ、時哉くんなら大歓迎!」
「ほんと?」
「ええ!」
お母さんから快諾されて、八十神くんは笑顔になった。こんな屈託のない表情も出来るんだね。
んん?
それってうちの養子になるってこと?
今の身元引受人である玲司さんのおじいさんからお母さんが引き継ぐ形になるのかなあ。
「待ったァ! ここの息子になるのは俺だ!!」
「なんで玲司が張り合うんだよ」
テーブルを挟み、再び睨み合う二人。
お兄ちゃんは玲司さんの隣で呆れ顔だ。
おや?
玲司さんは家族がいるのに。
別に養子にならなくてもよくない?
そう思ってたら、バッと同時にこっちを向いた。
「夕月ちゃん、俺を選んで!」
「榊之宮さん、僕だよね?」
「…………はい?」
何故あたしに聞くの?
養子の件ならお母さんと決めればいいのに。
「夕月モテモテじゃないの~! さあて、どっちがお婿さんになるのかしら?」
「お、お婿さん!?」
はあ?
そんな話だったっけ???
「義理の弟がこの二択なんて嫌過ぎる……! 夕月、急いで決める必要ないからな。まだ色んな出会いがある。もっとマシな男が他にいるはずだ!!」
「はあ」
「そもそも結婚なんかしなくていい。ずっと兄ちゃんと一緒にいような?」
「う、うん……???」
なんだか妙なことになった。
お兄ちゃんは天界と交信出来るようになった。
仕事を請け負う代わりに七つの魂が祀られている場所を教えてもらうのだ。
今まで遠出したことがないから、とりあえず近場の仕事を回してもらい、初回は八十神くんが同行してやり方を教わるらしい。
「朝陽さん新幹線乗ったことないの?」
「……仕方ないだろ、今まで家からあんまり出られなかったんだから」
「天界の仕事で公共の交通機関はかなり利用するから早めに慣れてくださいよ」
「わ、分かってるよ」
こんな感じで二人揃って出掛けていった。
なんだかんだ言って、少しずつ打ち解けてきてる気がするんだよね。なんといっても、今は仕事仲間なんだから。
──で。
玲司さんが家に遊びに来たので、あたしが話し相手をすることになった。お兄ちゃんが留守なの知ってるはずなのに、なんでだろう?
「夕月ちゃん、この前の話だけどさ」
「はい」
「八十神に釣られて焦って言っちゃったけど、アレ、一応本気だから考えといてくれる?」
「はい?」
「だ、だから、ここの息子になる件」
「ああ! あれ、冗談だと思ってた」
「…………やっぱり」
玲司さんは苦笑いを浮かべている。
いや、だって、ねえ?
玲司さん、どう見てもあたしよりお兄ちゃんが好きじゃん。それに、たぶん、あの人の記憶に引き摺られてるだけだと思う。
「確かに、御水振と同調した時にアイツの過去を追体験して、それで気持ちが動いたのは確かだ。でも、俺、その前から……!」
「れ、玲司さん」
がしっと肩を両手で捕まれ、間近で玲司さんを見上げる。その表情はあの時と同じくらい真剣で、思わずドキッとしてしまった。
ど、どうしよう。
目が反らせない。
見つめ合ったまま動けずにいたら、玲司さんのスマホに着信があった。音に驚いて、反射的に手が離される。
『おい玲司、今なにか悪さしようとしただろ』
「そ、そんなことは……」
『天界と繋がった僕に嘘は通用しないからな。留守中に夕月に近付くな、分かったな?』
「えええ」
『返事は!?』
「イ、イエッサーッ!!」
なんと、電話の相手はお兄ちゃんだった。
どうやら離れていてもある程度行動が把握出来るみたい。それは玲司さんの魂が神格化して天界の管理下にあるからだろう。
電話を切ってから、玲司さんは深い溜め息をついた。心なしか疲れ切った顔をしている。
「……まずは朝陽に認めてもらうとこからかぁ」
「はあ」
「俺頑張るから、考えといて」
「……あの、でも、あたし、今までの人生でも恋愛って全然したことがなくて……」
「十四までしか生きられなかったんだもんね」
過去七回の人生で恋愛関係だったのは御水振さんただ一人。それも親同士が決めた相手だったし、結婚前だから清い交際だった。
「だから、ええと、答えを出すの、すっごく時間が掛かるかもしれない……」
今世は完全に手探り状態。
ここから先の人生、全部が初めてなんだよ。
その気持ちが伝わったのか、玲司さんはニカッと笑って、俯くあたしの頭をポンと軽く叩いた。
「いいよ、どんだけでも待つ。だから、悔いのないようによく考えて」
また玲司さんのスマホが鳴った。
無視してもしつこく鳴り続けている。
「…………悪いけど、俺まだ何もしてないって朝陽に説明してくれる?」
「玲司さんてホントお兄ちゃんに弱いよね」
「アイツ怒らせると怖いんだって!」
そう言いながら差し出されたスマホを受け取り、通話ボタンを押す。
「あ、お兄ちゃん?」
『夕月、大丈夫か? 玲司に何かされる前に母さんか警察呼ぶんだぞ!』
「朝陽、そりゃねーだろ!」
『おまえ、いつまでウチにいる気だよ』
「おばさんが晩メシ食べてけって言ってくれたもーん」
『天音さんのごはん、僕も食べたい! 朝陽さん早く帰ろ!!』
『まだ現場に着いてないだろ! それに仕事が終わったら君は自分の家に帰れよ!!』
『榊之宮さん、もうすぐ帰るからね~!』
向こうもこっちも大騒ぎだ。
離れてるのに賑やかで楽しい。
こんな毎日がずっと続いていくのかな。
だとしたら、なんて幸せなんだろう!
今度休みを合わせて彼らに会いに行こうか。
あたしの愛しい今世の仲間と
あたしの愛しい七つの魂の元へ。
『神成りの娘。』 完




