第90話:またね
週明け、事件以降初めて歩香ちゃんが登校してきた。
検査の結果、どこにも異常はなかったらしい。行方不明になった前後の記憶は戻らないまま。ずっと八十神くんに操られてたってことだよね。不思議だなあ。
その八十神くんはというと、彼も普通に登校している。ただ以前と違うのは、クラスの女子が周りを囲んでいないことくらい。後で聞いたら「実はアレも軽い暗示を女の子たちに掛けていたんだよね」だって。もうその必要が無くなったから暗示は解いたんだとか。
でも、一人だけ態度が変わらない子がいた。
歩香ちゃんだ。
彼女だけはまだ八十神くんにべったりと付き纏っている。前みたいに彼に近寄る人に攻撃的になったりはしない。普通に恋する乙女といった感じだ。暗示が解けても好きなままだなんて、歩香ちゃんの気持ちは本物だったんだ。
……と思ってたら、昼休みを境にパッタリと八十神くんに近寄らなくなった。すごく悲しそうな顔で自分の席に座り、叶恵ちゃんと深雪ちゃんから慰められている。
何があったのか、こっそり叶恵ちゃんを呼び出して聞いてみた。
「昼休みに八十神くんからキッパリ振られたらしいよ。だからもう落ち込んじゃって大変!」
「やっぱり引っ越すからかな」
「それもあるけど『好きな人がいるから』って言われたんだって」
「へえ~、そうなんだぁ」
断る口実か、それとも真実か。
よく考えたら、彼が今まで何処でどんな風に生活していたか知らない。あたしの知らない場所で、あたしの知らない人たちに囲まれて育ってきたんだ。そこに好きな人がいるのかも。
「今までの歩香ちゃんだったら相手の都合とか構わず突き進みそうなものだけど」
「あの夜の後から少しずつ変わってる気がするの。一歩引いたみたいな、そんな感じがする」
何にも覚えていないはずだけど、彼女の中で何かが変化したみたい。それも、良い方に。
「あのね夕月ちゃん。私は今まで我の強いあの子に引っ張られてきたの。何でも決めてくれて楽だったから。楽しいことも、……悪いことも」
叶恵ちゃんと歩香ちゃんは転生の度に一緒にいる運命だった。これは今世だけでなく前世のことも言ってるんだろう。
「でも、そんなの本当の友達じゃないよね。だから、歩香ちゃんが間違ってる時は私が正しい道に戻してあげなきゃって思ったの」
いつになく力強い言葉で、叶恵ちゃんがガッツポーズをした。これまで、どちらかといえば気弱なほうだったけど、芯が通った感じがする。
「ホントに歩香ちゃんが大好きなんだね」
そう言うと、叶恵ちゃんは恥ずかしそうにはにかんだ。今までで一番可愛い笑顔だ。
縁結びの神さまが結び直してくれた友情の絆が揺るぎないものになったんだね。
週末、八十神くんの家に引っ越し業者さんの軽トラックが来ていた。家具や段ボールを運び出している。
「ホントに引っ越しちゃうの」
「長居しても仕方ないからね」
「……寂しくなるなぁ……」
荷物を運び出す様を並んで眺めながら、ポツポツと言葉を交わす。
彼がこの町に来てから色んなことが起きた。
大半は困った事件だったけど、嫌なことばかりじゃなかった。七つの光と話せるようになったり、友達との仲が前より深まったりとかね。
「クラスのみんなに挨拶してないよね?」
「必要ないよ。ほとんど交流しなかったし、居たのも短期間だしね。それに、こういうの慣れてるから」
確かに、引っ越しには慣れてるみたい。業者さんに指示を出したり、荷物も最小限にまとめてあったり。トラックへの積み込みは僅か数分で終わってしまった。
彼は最後に我が家にやってきた。
お母さんに御礼と別れの挨拶をするためだ。
「短い間でしたがお世話になりました。ごはん、美味しかったです。これ、今までの食費──」
「時哉くんったら! お金とか要らないって毎回言ってるでしょ水臭い! 私が好きでやってたことなんだから!」
なんと、毎回そのやり取りしてたのか。
八十神くんが差し出した茶封筒を突っ撥ね、お母さんは口を尖らせている。でも、不満げだった表情はすぐにしんみりしたものに変わった。
「……寂しくなるわ。身体に気を付けて。近くに来たら必ず寄ってよね。今度はテーブルを囲んで一緒にごはん食べましょ」
「あ、ありがとう、ございます」
お母さんから軽くハグされて、八十神くんは顔を真っ赤にしていた。こんなに動揺している彼を見たのは初めてかもしれない。
「またね、榊之宮さん」
「うん、またね」
引っ越しトラックの助手席に座る八十神くんに笑顔で手を振る。トラックが出発する直前、家の周りに人が集まってきた。
千景ちゃんや夢路ちゃん、叶恵ちゃんたちに、お兄ちゃんや鞍多先生もいる。もちろん、お母さんやお父さんも。代わる代わる「またな八十神!」「元気でね」と声を掛けられ、八十神くんは驚いたように目を見開いた。
そして、目に涙を浮かべて笑った。
「何度も引っ越ししたことあるけど、こんな風に見送られるのは初めてだよ」
こうして、この町から八十神くんは居なくなった。




