第84話:朝陽と時哉
「……おまえのことは正直嫌いだけど、僕たちは境遇が似ている」
八十神くんの重い生い立ちの話を聞いてみんなが沈黙する中、お兄ちゃんが口を開いた。眼鏡の奥の瞳は相変わらず八十神くんを睨みつけてはいるけれど。
生まれた時からオバケや神様が視えるって、確かにお兄ちゃんもそうだ。強過ぎる力を持って生まれたせいで魂と身体のバランスが狂ってしまい、下手をすれば若いうちに死んでいたかもしれない。そう聞いたことがある。
その言葉に八十神くんは口元を歪めた。
「全然似てないよ、榊之宮 朝陽。君は親から棄てられなかった。おかしなことばかり口走るし体調をよく崩す育てづらい子どもだったろうに、君の両親は君を手放さなかった。……僕とは違う」
笑顔のはずなのに、涙も流してないのに、何故か彼が泣いているような気がした。
「君と僕の差が何なのか、それが知りたくてこの仕事を受けた。目の前で最愛の妹が死んだらどんな顔するだろうって、少し楽しみですらあったよ」
膝の上に置かれた拳に力が入る。
部屋の中の空気は静まり返っている。彼の言葉を遮ろうとする人はいなかった。
「でも、実際に来てみたら色々想像と違ってた。榊之宮さんがお人好しなのはプログラムのせいだって分かってるのに、優しくされたらやっぱり心が揺らぐし避けられたら悲しくなった。それに、認識阻害を掛けていたのに、おばさんは毎日夕食のおかずを届けに来てくれた」
八十神くんが引っ越してきて以来、お母さんは毎日欠かさずおかずをタッパーに入れて差し入れしていた。家に誘ったのも一度や二度ではないらしい。
「母親の手料理なんて覚えてないし、普段は施設の給食だから、ああいうあったかい家庭料理とか、食べたのは、初めてで、……」
そこまで言うと、八十神くんは下を向いてしまった。この話は彼にとって辛いものなのかもしれない。
「──だから、追加で徳を分配したのか」
えっ、どういうこと?
「君の目的が僕の神格化にあることは気付いていた。昔、御水振さんたちから過去の話を聞いた時にピンときたんだ。今度は僕の番だって。だから僕は夕月が命を落とさないように、この町にあるおかしな場所を鎮めていった」
「随分と察しがいいね」
「お陰様でね。……今回は七つの魂が守護に付いてるし、余程のことが無ければ大丈夫だろうと思っていたよ。でも、君が引っ越してきてから急に事態が動いた。あからさま過ぎて笑えるくらい」
「……」
「もし天界の目論見通り僕が神格化したとしても、夕月の魂はまた転生して同じ運命を辿らされてしまう。それを回避する為に今世の成果を増やそうと考えたんだ」
お兄ちゃんは来世のあたしのことまで考えてくれていたんだ。
「玲司のおじいさんは最も有力な候補だった。実際徳が高いしね。次は千景ちゃんと鞍多先生かな、素質的に有り得るのは。そう考えた上で七つの光との相性を見て協力してもらった」
他の神格化候補として選んでいたんだ。
ここまで巻き込むことをわかった上で。
「でも、さすがに七人全員が神格化するのは予想していなかった。幾ら動物霊の浄化分や末社の神の加護を上乗せしたとしても無理がある。君がこれまで関わってきた事件や忌み地の亡者を浄化した『徳』を『分配』して足りないぶんを補った。……そうだろ?」
八十神くんがみんなの神格化に手を貸していたってこと?
一体なんのために?




