第76話:絶体絶命
黒い靄が完全に離れてから、鞍多先生と玲司さんが駆け寄り、叶恵ちゃんと歩香ちゃんを抱えてこちらに連れてきた。
「無茶するなよ、ビックリしただろうが」
「ご、ごめんなさい先生」
先生の腕の中で、叶恵ちゃんは肩を竦めた。歩香ちゃんはまだ気を失ったままだけど、黒い靄の影響は受けていないみたい。
『力を使い果たした。しばし眠る』
「あ、ありがとうございました!」
縁結びの神さまは叶恵ちゃんの身体から離れ、小さな白い光となってから姿を消した。祠に帰ったのかな?
その場に残った黒い靄がどこかへ流れていかないように太儺奴さんが風で誘導し、阿志芭さんが浄化した。
「それにしても、叶恵ちゃんが縁結びの神さまを連れてるとは思わなかったよ」
「わ、私も知らなかった。あの件以来、時々拝みに行ってたからかなあ? それに、今日ここに来る途中に先生に祠に寄ってもらったの。歩香ちゃんが無事に見つかりますようにって」
多分そうだろう。
禍ツ神に成った時に憑いたことがあるからか、叶恵ちゃんとの相性が良かったみたい。回復した力を全部使って助けてくれたんだ。
これも縁。
「──へえ、面白いことするね」
忘れてた!
八十神くんはまだ健在だ。
でも黒い靄は消えたし、人質も奪還した。
あとは八十神くんに諦めてもらえれば……
「ああ、何で予定通りいかないんだろう」
両手を広げて天を仰ぎ、嘆きの言葉を口にする八十神くん。その動きも言葉も芝居掛かっていて不自然に思えた。
「無理強いしたくなかったんだけどなぁ」
笑いながら手をこちらに伸ばす。
すると、あたしの足元の地面だけが急にせり上がった。バランスを崩して落ちそうになる身体を、周りから伸びた蔦が捕らえて持ち上げる。
え、なに?
下を見ると、みんなが驚いた顔であたしを見上げていた。
「え、これ、螺圡我さんと瑪珞さんがやってるんじゃないの?」
『違う、俺様たちじゃない』
『あの者の仕業です!』
千景ちゃんとお兄ちゃんの姿と声を借りて二人が焦ったように答える。
みんなが守るように囲んでくれていたのに、あたしだけが蔦に縛り上げられて木の上くらいの高さまで持ち上げられてしまった。
「榊之宮さんは安全な場所から見てなよ」
「え、ちょっと、八十神くん?」
再び手を前へと突き出す八十神くん。
次の瞬間、真下で爆発が起きた。光と爆風。どういうわけか、あたしには衝撃はこなかった。
でも、下にはみんながいる。
「やだ、やめて八十神くん!」
土煙の合間から覗くのは、傷付き倒れるみんなの姿。それぞれ防御したみたいだけど、それを上回る攻撃によって破られている。
「ち、千景ちゃん! 夢路ちゃん!」
声を掛けると、下から小さく手を振り返す姿が見えた。
「いてて、マジかあ」
「私たちは大丈夫、でも朝陽さんが」
二人を庇うように立っていたのは、お兄ちゃんと玲司さんだった。おかげで千景ちゃんたちは衝撃波だけで済んだみたい。でも、お兄ちゃんたちはそうはいかなかった。
「おい朝陽、大丈夫かよ」
「……大丈夫、まだ動ける」
服は破れ、手や顔には小さな傷が幾つも出来ていた。血が滲み、立っているのがやっとの状態。よく見れば、倒れないように蔦で身体を支えていた。
鞍多先生は叶恵ちゃんと歩香ちゃん、そして玲司さんのおじいさんを背に庇うようにしていた。こちらも白衣が切り裂かれてぼろぼろになっている。
「所詮只人。神格化した魂を宿して使えたとしても身体は生身。先に倒せば済む話だ」




