第4話:最初の異変
八十神くんと別れて帰宅すると、なんだか家の中が騒がしい。空気がざわざわして、大勢の人がいるみたいな気配を感じる。
お客さんが来てるのかなと思ったけど、玄関にはお兄ちゃんの靴しかない。お父さんはお仕事、お母さんは買い物かな?
じゃあテレビかも、と思って居間を覗いてみたけど、そもそも電源がついてなかった。
じゃあ何?
このざわめき。
手洗いうがいを済ませてからお兄ちゃんの部屋に立ち寄る。
「お兄ちゃん、ただいま」
ふすまを開けると、お兄ちゃんが畳の上に倒れていた。顔が真っ青で、ひたいに脂汗をかいている。
「お兄ちゃん!」
一体いつから倒れていたんだろう。
慌てて駆け寄って上半身を抱き起すと固く閉じられていたまぶたが持ち上がり、お兄ちゃんの目があたしを捉えた。
「ゆ、夕月……」
「大丈夫? どっか痛い?」
「ごめん、さっき急に苦しくなって。しばらく横になれば治ると思う」
肩を貸してベッドまで運ぶ。なんとか寝かせることは出来たけど、本当に休むだけで治るのだろうか。呼吸も荒いし顔色も悪い。最近はずっと体調良かったのに。
「どうしよう。救急車呼ぶ?」
「そこまでじゃないからいい」
「でも、あたし心配だよ……」
お母さんたちの留守にお兄ちゃんに何かあったら、あたし一人じゃ心細い。それに他にも気掛かりなことがある。
「宿題あるんだろ? 僕は大丈夫だから自分の部屋に戻りなよ」
弱っている姿を見られたくないからなのか、お兄ちゃんはあたしを部屋から追い出そうとする。
でも、今は一人になりたくない。
「やだ」
「なんで」
「だって、家の中ざわざわする」
「……え」
あたしの言葉に、お兄ちゃんが目を見開いた。身体を起こそうとするけど思うように動けないみたい。代わりに手を伸ばしてあたしの手を握った。
「夕月、おまえ、分かるようになったのか」
「分かるって、なにが?」
「家の中の気配だよ。今朝までそんなこと言ってなかったじゃないか」
「う、うん」
この言い方だと、もしや家の中がざわざわしてるのは前からで、あたしが気付いたのが今、ってこと?
そうだとしても怖い。涙目になっちゃう。
「これ、なに? お兄ちゃんは知ってるの?」
「これは……うっ、」
説明しようと口を開いた途端、お兄ちゃんは顔をしかめた。
そうだ、体調が悪いんだった!
「お兄ちゃん、もう休んで。あたし自分の部屋に戻るから」
「怖いんだろ?」
「う、うん。でもお兄ちゃん辛そうだし、あたしがいたら寝られないだろうし」
あたしのせいでお兄ちゃんに何かあったら嫌だ。
ベッド傍から立ち上がろうとしたら、ぐいっと腕を引っ張られた。そのままバランスを崩してお兄ちゃんの上に倒れこんでしまった。
「ごっごめんなさい、重いよね」
「夕月は小さくて軽いから平気」
そう言いながら、お兄ちゃんはあたしをぎゅっと抱き締めてくれた。
細いけど、あたしより大きくてがっしりしている。お兄ちゃんの胸にしがみついていたら、怖くて逃げ出したい気持ちが掻き消えていった。
「家の中にいるのは悪いものじゃないから」
「え?」
「僕が保証する」
お兄ちゃん、怖がるあたしを安心させるために抱きしめてくれたんだ。
「悪いものじゃないけど、気を付けて」
どういうこと???