第23話:玲司の話
さっさと自分の部屋に引き上げたお兄ちゃんに代わって、玄関を出たところまで玲司さんを送る。すると、ちょいちょいと手招きされた。
「ね、ちょっとだけ付き合ってくれる?」
「はあ」
休日の夕方。
日が傾きかけているけれど、まだ十分明るい。
家もまばらな田舎道を並んで歩く。
「朝陽、今でも調子悪いの?」
「……たまに苦しそうな時はあるけど、大人しくしてれば大丈夫って」
「そっか」
玲司さんは少し寂しそうに笑う。
本当だったら、大学も一緒のところに行きたかったんだろう。でも、お兄ちゃんは遠くの大学に通ったり、一人暮らし出来るほど体調が安定していない。
「夕月ちゃんには言ったことあったっけ。俺と朝陽が仲良くなった切っ掛け」
首を横に振ると、玲司さんは目を細め、当時のことをぽつぽつと話し始めた。
「俺さあ、高校入ったばっかの時は周りに良いように使われてたんだよね。家が金持ちだからって、遊ぶ時はサイフ代わりにされててさ。でも当時の俺は、自分がグループの中心だって信じてた」
なんと返したらいいか分からず、あたしはただ何度も頷いた。それを横目で見ながら、玲司さんは話を続けた。
「ある日放課後に胃が痛くなって、薬を貰いに保健室に行ったんだ。そしたらそこに先客がいた。先生の代わりに慣れた様子で薬を出してくれて、その時に初めて朝陽と喋ったんだ」
隣の市の高校に通うのは体が弱いお兄ちゃんにとって負担が大きかった。よく保健室にお世話になっていたと聞いている。養護教諭の先生が席を外している時は、怪我や体調不良で訪れる生徒の対応を任されていたとか。
「俺はクラスのリーダー気取りで、保健室に入り浸りだった朝陽を心のどこかで見下してた。でも、違った。俺はリーダーなんかじゃなかった。……保健室に遊び仲間が迎えに来たけど、調子悪いから今日はやめとくって断ったんだ。そしたら、なんて言われたと思う?」
再び首を横に振ると、玲司さんは肩をすくめた。
「呼びに来たヤツらは『じゃあ金だけくれよ』って笑いながら言ったんだよ。ビックリして何にも考えらんなくなって、サイフを出そうとカバンに手を伸ばしたら、朝陽が止めてくれたんだ。『そこまでして一緒にいたいか?』って」
お兄ちゃん……!
「言われて初めてそいつらが友達じゃないって気付いたんだ。それ以来、俺を利用してくるようなヤツは全部切った。直後は少しトラブったけど、おかげで普通の友達が出来た。朝陽は嫌がるけど、俺は今でも朝陽が一番の友達だって思ってるよ」
玲司さんは軽い口調で話してるけど、当時は辛かったんだろうと思う。でも現実を受け入れて、付き合う人を自分で選ぶようになって、すごく楽になれたみたい。
家の側の交差点近くの空き地に見慣れない大きな車が止まっていた。玲司さんのおじいさんが近くまで迎えに来てくれたのだ。
「じゃ、また明日ね。夕月ちゃん」
「……はいっ。待ってますね。お兄ちゃん、あんな態度だけど、きっと嬉しいと思う」
「はは、だったらいいけどね」
そう言って玲司さんは帰っていった。
あたしの知らなかったお兄ちゃんの一面を知ることが出来た。全然タイプが違う二人がなんで友達なんだろうと不思議に思ってたけど、そんな経緯があったんだ。
「お兄ちゃん、カッコいいなあ」
『本人の前で言ったら喜ぶよ~?』
「今の話聞いたって知られたら、玲司さんが怒られちゃうかもしれないし」
『あの者も、軽いようで色々なことを背負っておるのだな……』
小凍羅さんがからかい、御水振さんが感心したように呟く。
家に帰る道すがら七つの光に囲まれて、あたしは早くお兄ちゃんに会いたくなった。




