第20話:事件の後で
その週、叶恵ちゃんは学校を休んだ。
手足の傷もあるけど、何より衰弱が激しかったから病院に入院したんだって。行方が分からなくなっていたのはたった半日なのに何日も遭難したかのようにやつれていたらしい。
教室内はその話で持ちきりだ。
誘拐だ、神隠しだと面白おかしく騒ぐ男子は先生から厳しく怒られていた。特に仲良しだった歩香ちゃんと深雪ちゃんは青い顔で俯いている。きっと叶恵ちゃんが心配なんだろう。
そこまで弱ったのは禍ツ神に取り憑かれていたせいだ。もう少し保護が遅かったら命が危なかったと聞いて、あたしは震えが止まらなくなった。あの時探しに行って本当に良かった。大人だけに任せておいたら、きっと間に合わなかった。
そうだ!
叶恵ちゃんが助かったのは、八十神くんが情報を教えてくれたからだ。まだお礼を言ってない。
しかし、教室で話し掛けるわけにはいかない。また要らぬ嫉妬や誤解を招いてしまう。そういった感情の行き違いが今回の事件を引き起こした。気を付けないと。
「榊之宮さん!」
「こんばんは、八十神くん」
その日の夜、あたしは裏の八十神くんちを訪ねた。夕食のおかずを届けにきたのだ。いつもはお母さんが行ってるんだけど、今日は直接お礼を言いたかったので代わってもらった。
「嬉しいな、また来てくれて」
「あの、ゆうべはありがとう。おかげで叶恵ちゃんが見つかったからお礼を言いたくて」
タッパーの入った手提げ袋を差し出しながら頭を下げる。すると、あたしの手の上に八十神くんが手を重ねてきた。手提げだけ受け取ってくれればいいのに、なんで触るの?
「縁結びの神社、あったんだ?」
「う、うん」
「僕も行ってみたいな」
「でも、あそこはもう」
昨夜は勝手に入り込んじゃったけど、あの山は私有地だし、そもそも祠は壊れてしまっている。地面もぐちゃぐちゃだし、とても近付けるような状態ではない。
そう思って否定するような返事をしたら、八十神くんはあたしの手を握る力をぐっと強めた。
「榊之宮さんはそこに行ったんだ?」
声はいつもと一緒なのに、なんだかゾクッとした。慌てて首を横に振り、全力で否定する。
「う、ううん、あたし行ってない! 捜索に行ったお父さんから聞いただけ!!」
「ふうん、そうなんだ」
もちろん、今のはウソだ。
正直に言えるはずがない。
後ずさろうにも手はしっかりと握られていて逃げられない。八十神くんはにこやかに話しているだけなのに、なんでだろう。怒ってるわけでも不機嫌なわけでもないのに、怖い。
警戒しているのが伝わったんだろう。
八十神くんは手提げ袋を受け取り、あたしが手を放して後ろに下がる前にぐいっと歩み寄った。
そして、人差し指でツンとあたしの眉間を突っついた。
「眉間にシワ寄ってるよ」
「え」
「難しい顔しないで。笑ったほうが可愛いよ」
ふわっと微笑むその表情は本当にカッコよくて、思わず見惚れてしまった。ぽかんと口を開けたまま立ち尽くすあたしを見て、八十神くんはくすくすと笑った。
「そんな風に見つめられたら恥ずかしいよ」
「ご、ごめん! じゃあおやすみ!!」
「うん、また明日」
家までの僅かな道のりを走りながら、あたしは火照った顔を両手で隠した。




