第1話:いつもの日常
あたしが住んでるのは、最寄りの駅まで車で一時間以上走らないと辿り着かないような地方の小さな町。
お店は小さな商店とホームセンターしかない。オシャレな洋服屋さんもカフェもないし、遊ぶところなんてもっと無い。でも、自然がいっぱいで空気がきれいだから特に不満はない。
クラスメイトの大半は高校を卒業したら都会に出ることばっか考えてる。まあ、そもそも近くに大学ないし働く場所も無いからね。通ってる中学校は近いけど、高校は隣の市に行かなきゃないし、大学なんてもっと遠いもん。
今まさに受験生なんだけど、地元の高校はよっぽど悪い点取らない限りは受かるらしいから危機感はない。学年で一、二を争うくらい頭の良い子以外は一番近い高校に行くって決まってる。あたしは勉強得意じゃないし、友達と同じ高校に行ければそれでいい。
ていうか、『高校に通ってる自分』が思い浮かばない。中学を卒業することすら全然イメージ出来ない。
おばあちゃんになりたいって夢はあるのにね、変なの。
「夕月ちゃん、帰らないの~?」
放課後の教室で、大きなゴミ箱を抱えている時に声を掛けられた。夢路ちゃんは長くてキレイな黒髪を揺らし、あたしの顔を笑顔で覗き込む。家が近所で小さい頃から仲良しで、毎日一緒に登下校してるんだ。
「あ、ごめん夢路ちゃん。教室のゴミ捨てしてくる。先に帰ってていいよ」
校舎裏のゴミ捨て場まで行って戻ってくるだけで十五分は掛かる。田舎の学校だから、やたらと敷地が広いんだよね。
「はあ? アンタ今日ゴミ捨て当番じゃないじゃん! また押し付けられたわけ?」
夢路ちゃんの後ろから顔を出したのは千景ちゃん。ムスッとした表情を隠しもせず、ゴミ箱を抱えたままのあたしを指差して眉を吊り上げている。
やばい、怒ってるよ!
「よっ用事があるって言ってたから、あたしから代わるって申し出たんだよ」
「どーせ大した用なんかないのに、夕月はお人好し過ぎるよ」
「ご、ごめん千景ちゃん」
千景ちゃんの言う通り、あたしはお人好しなのかもしれない。でも、目の前で困ってる人がいたらつい声を掛けちゃうんだもん。これは癖みたいなもので、完全に無意識にやっちゃうの。
学校終わっても別に用事もないし、急いでる子がいるなら代わってもいいかなって思っちゃったんだ。
「夕月は周りを甘やかし過ぎだよ。やり過ぎると逆に人のためにならないからね!」
「千景ったら、そんなに言わなくても」
「夢路は夕月に甘過ぎる!」
あたしのお節介が原因で二人が言い争いを始めちゃった!
「ごめんね、怒らないで」
「怒ってない、あきれてるだけ!」
そう言いながら、千景ちゃんはあたしの腕の中のゴミ箱を掴んだ。
「ほら、一緒に持つよ。あんた一人じゃ時間掛かっちゃうし」
「千景ちゃん……!」
「私は応援してるね~」
「夢路も手伝えよ!」
大きくて重いゴミ箱は、三人で運んだらすっごく軽かった。