知りたがり
ここに、一人のうそつきがおります。
口を開けば、実に流暢に言葉を吐き続けるのですが、その、内容ときたら。
いつだって、事実と異なる事を声高々に。
いつだって、無遠慮に自慢話を声高々に。
いつだって、その場しのぎの言葉を声高々に。
誰も、何も言っていないのです。
有り余る金など、才能など、どこにもないのです。
他人がどうなろうと、気にすることはないのです。
うそつきは、嘘をついているという自覚がありません。
うそつきは、嘘をついているとは思っていないのです。
例えば、事実無根であったとしても、それは今現在の状況である。
いずれ事実になる日はやってくる。
例えば、今現在どこにも存在していなくても、未来では有り余るに違いない。
いずれ事実になる日はやってくる。
例えば、口に出す言葉は、ただの願いであっていいはずである。
事実はそこに、必要ではない。
今現在、この時、この瞬間を生きている…うそつき。
まだ起きていないことを、口にしているだけ。
これから起きそうなことを、口にしているだけ。
調子のいいことを、口にしているだけ。
うそつきは、嘘をついているとは微塵も思っていなかったのです。
うそつきの周りには、それなりに人がいました。
うそつきの周りには、それなりに正直者がいました。
うそつきの周りには、それなりに嘘つきがいました。
うそつきのウソを受け流す人がいました。
うそつきのウソに傷つく人がいました。
うそつきのウソに憤る人がいました。
うそつきのいう事を真に受ける人は、いつしかいなくなりました。
うそつきの言葉が、ただの通り過ぎる風となりました。
風は、人々の間を、するりするりと、吹き抜けるようになりました。
うそつきは、今日もウソをついて生きています。
あの人がこう言っているって聞いたよ。
お宝の地図の話、聞いた?
全部うまく行くから心配すんなって!
うそつきは、今日もウソをついて生きています。
あの人役員やるって言ってたよ。
新エネルギー開発中なんだってさ!
治るって、心配しなくても!
うそつきは、今日もウソをついて生きています。
今日もいい日だったな。
俺は幸せもんだ。
何とかなるもんだなあ。
うそつきは、今日もウソをついて生きています。
明日はもっといい日になるぞ。
俺以上の幸せ者はなかなかいない。
全てはうまくいくようにできてるんだなあ。
うそつきは、気が付いていません。
うそつきは、大切なことに気が付いていません。
うそつきは、自分がウソをついていることに気が付いていません。
うそつきは、自分にウソをついていることに気が付いていません。
前向きな姿勢のふりをした、ただのウソ。
いい勉強させてもらったよ!
こういう経験も必要だよね!
もっといい人と出会えるさ!
強い人間のふりをした、ただのウソ。
俺バカだからさあ!
全て受け止める自信があるのさ!
否定?そんなの聞こえないね!
うそつきは今日も、誰かにウソをつき続けています。
うそつきは今日も、自分にウソをつき続けています。
うそつきの周りには、誰もいません。
うそつきは、たった一人でウソをつき続けています。
うそつきのウソは、人々の表面を撫でて通り過ぎるばかりなのです。
ウソをつく必要などとうになくなっているのに、ウソをつき続けています。
ウソをつく意味すらとうになくなっているのに、ウソをつき続けています。
ここに、ウソをつく、うそつきがいます。
うそつきは、ウソではないことも、口にしていたはずなのです。
ここに、ウソをつく、うそつきがいます。
ウソをつき過ぎて、どこに真実があるのかわからなくなってしまったうそつきがいます。
ここに、ウソをつく、うそつきがいます。
たった一人で、ウソか真かわからない言葉を吐いているうそつきがいます。
寂しいなあとつぶやいた、その言葉は嘘なのでしょうか。
寂しいなあとつぶやいた、その言葉に何かを返す人はいません。
たった一人で、ウソか真かわからない言葉を吐いているうそつきがいます。
言葉を吐き出したところで、返事は返ってきません。
言葉を吐き出したところで、誰にも影響することはありません。
言葉を吐き出したところで、自分の中から出てくる感情が、ウソなのか真なのか、本人すらわかりません。
……ここに、ウソをつく、うそつきがいます。
言葉を吐いても、返事の返ってこない毎日が続き過ぎてしまったのです。
言葉を吐いても、返事が返ってこない毎日が当たり前になりました。
言葉を吐いたところで、意味がない毎日が続くのだと、気が付き始めたうそつきがいます。
うそつきが、ウソをつかなくなる日は、近いのかもしれません。
うそつきが、口を噤む日は、近いのかもしれません。
うそつきが嘘を言わなくなった時、真実が見えてくるのかも知れません。
うそつきが嘘を言えなくなった時、真実が浮かび上がるのかもしれません。
うそつきが真実を持っているのか、いないのか。
それを知りたいと思う私は、今日も風を集めるのです。