18 パンサー
晴天の昼下がり、館に客が訪れた。
「にゃー。パンサーはいますかにゃ?」
白銀のように白くきらめくメス猫だった。
応接間に案内して座っていてもらう
「パンサーね、ちょっと待ってて」
俺はあからさまに逃げようとするパンサーを捕まえてメス猫の前に差し出した。
「にゃ、にゃー、久しぶりにゃ、ミライ」
ミライと呼ばれた猫は目にたっぷり涙をためている。よっぽど長い間会えなかったのだろう。
「パンサー! わっちがどれだけ探したと思ってるの?」
「へえ、女の子に探させるなんて、パンサーちゃんも隅に置けないわね」
母さんはクッキーをもしゃもしゃ食べながら、二匹の関係に興味津々のようだった。
「親が勝手に決めた婚約相手にゃ。村で待ってろって言ったにゃ。なんで追ってくるのにゃ!」
「そんなの当たり前じゃにゃい。魔王になって帰ってくるにゃんて言われて出ていかれたら、追いかけたくもなるにゃ!」
「え? パンサーって猫魔王なんじゃなかったっけ?」
確か母さんの寝込みを襲ったときそんなこと言ってたぞ。
「ギクッ」
「もう、そんなウソまでついてたのかにゃ!」
「嘘じゃないにゃ! わたちは猫魔王なんだにゃ!」
「ホントに魔王になったんにゃら、迎えに来てくれてもよかったじゃにゃい!」
「それは……、やっぱり、その……、十大魔王になってからじゃにゃいとダメかにゃあって……」
「そう、その事でも伝えたいことがあったにゃ」
「な、なんにゃ?」
「パンサーのお父さん、茶トラのグレイが十大魔王になったのにゃ」
「にゃ、にゃにー! パ、パパがー!?」
え、十大魔王に!?それってつまり……
「私たちの敵ってことね」
母さん、やる気だ。
「出かけるわよベネット。十大魔王を倒しに」
「ミライさん、パンサーのパパはどこにいるの?」
「変わらず猫族の村にいるのにゃ」
「パ、パパと戦うのかにゃ……」
めっちゃガクブルしてる。
「パンサーは行かない?」
俺は気を使って聞いてやる。
「い、行くにゃ。決着はわたちがつけるにゃ」
猫族の村はトリウス王国の南西に位置していた。
俺、母さん、パンサー、ミライさんで村を訪れる。
「ぬ。来たか。パンサーよ」
親子の感動の再会とはいかなかった。
魔王茶トラのグレイはパンサーが帰ってくるなり猫パンチをかました。
「痛いにゃパパ!」
「ふ。情けない息子よ。魔王になれず帰ってくるとは」
「パパはホントに魔王になったのかにゃ?」
「見よ。この力を」
ゴゴゴゴゴゴゴ
グレイが言うと同時にものすごい地響きが起こった。
みるみる巨大化していく魔王グレイ。
「すごい、なんてパワーなんだ」
以前遺跡で倒したアスモデウスよりも遥かに強い力を感じる。
「ワタシはこの力で、世界を混沌に導く。それが魔王に課せられた使命」
「くっ、優しかったパパに戻ってにゃ! こんにゃのおかしいにゃ!」
「ワタシを止めたければ力を見せろパンサー」
「わかったにゃ。みんにゃ、ここはわたちに任せて欲しいにゃ」
「パンサーちゃん、いいわ、任せる代わりにいっぱいバフをかけてあげるわ」
そう言ってバフ魔法をかけていく母さん。
「凄いにゃみるみる力がみなぎってくるにゃ。」
だがバフの効果はここで止まらない
「ちょちょちょ、普通のバフ魔法の百倍くらい効いてるにゃ! 力があふれるにゃあ!」
だが溢れることはなかった。
すべての力がパンサーが持った剣に集まってゆく。
「こ、これは。遺跡で拾った剣が輝いてるにゃ!」
「すごいにゃ! これならパパさんを倒せそうだにゃ!」
ミライさんが羨望のまなざしでパンサーを見ている。
あれ?これ、パンサーの力じゃなくて母さんの力じゃね?
「ふ。どうやらお前の力は本物のようだな」
魔王グレイさん、違います。母さんの力です。
「パンサーちゃん! 今の貴方なら魔王グレイを倒せるわ! やっちゃって~」
「母さんも煽らないで!」
「みんなの力を感じるにゃ。わたちは今日パパを超えるにゃ!」
みんなじゃないんだけどな。
「くらえ!奥義!猫ソードスラッシュ!!!!」
ズバア!
「ぐあああああああああああああああああ」
ドシーン
巨体が倒れる。
みるみるうちに小さくなっていく魔王グレイ。
その存在の力が急激に弱まっていくのを感じた。
「ふ、よくやった息子よ」
「パパ!」
グレイの元に駆け寄るパンサー。
「ごふっ。見事な奥義であった。これで、後をお前に任せられる」
「そんにゃ! パパはこれからも元気にいて欲しいにゃ!」
「ミライと仲良くするんだぞ……、ごはんもちゃんと食べて、しっかり生きろ」
「パパ、喋っちゃだめにゃ! 傷が開くにゃ!」
「いいんだ……、ワタシはお前に倒されるために魔王になった。ワタシを超える存在になれたことを誇らしく思うぞ」
「パパ」
「じゃあな……、しばしの別れだ。あの世で会おう」
パタ
「パパー!」
「パパさん!」
「母さん! グレイはなんとかならないのか! こんな別れなんてまっぴらだ」
「出来るわよー」
晴天の昼下がり、三匹の猫が館の屋上で日向ぼっこをしている。
「パンサーよ、ワタシのごはんはまだかね」
「むにゃむにゃ、パパ、わたちたちさっき食べたばっかりにゃ」
「うふふ、パンサー、わっちとの子どもは何人欲しい?」
平和な日常というものは壊れやすい。
こうやって皆が穏やかな日々を送れるように、守っていきたいと思った。