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恋は歌声とともに

契約結婚からの恋の始め方〜純情成金商人は、訳ありお嬢さまのてのひらの上で転がされる〜

あとがき部分に、キャラクター紹介があります。

画像が出ますので、不要の方は画像表示機能をオフにしてください。

「これは一体どういうことだろうか」


 痛む頭を押さえながら、エステバンは妻――イザベル――に問いかけた。


 今日は、イザベルの()()を交えてのお茶会が自邸にて開かれているはずだった。大切な妻のお願いであるからして、エステバンは当然のごとく仕事を調整し、お茶会に参加するべく屋敷に戻ってきている。しかしである。


 なぜに呼ばれた()()たちが妙齢の独身女性たちばかりなのか。しかも女性陣の気合の入れようが半端ない。若干の恐ろしささえ感じるくらいだ。下品にならないように、成金になりすぎないように、微妙なラインを見極めながら彼女たちは着飾っている。そう、それはまるでこの屋敷が()()()()()()()()()()()()()()


 可憐な美少女に、たおやかな美女、快活さが売りのはつらつとしたお嬢さんに、少しばかり憂いを帯びた表情がたまらない淑女。ここはまさに咲き誇る花の見本市だった。エステバンだって見惚れたかもしれない、ここが自宅でさえなければ。


「あら、せっかくですのでエステバン様の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 こてんと首を傾げて、さも当然のようにイザベルは笑う。さあさあ、どなたでもお好みの方をお選びくださいませ。お部屋はすでに用意してございます。それとも先にお(めかけ)さん契約の詳細をつめてしまいましょうか。笑顔で醸し出される圧が強い。エステバンはそっと肩をすくめる。


「悪いが、この客人の中にはいないようだ」

「まあ、申し訳ありません。やはりこういうものは、お好みでなければ無意味ですものね。それではせっかくですので、この際わたくしのほうから()()()()()に連絡を……」

「いや、間に合っている。必要ない」


 片手をあげて妻の言葉を遮り、エステバンはため息をつく。一気に飲み干したお茶は、この日のために取り寄せた逸品と聞いていたが、何の味も感じられなかった。


 到着したばかりではあるもののお茶会からの退席を伝えれば、妻は本気で残念そうだ。何をどうしたらこんなことになってしまうのか。妻の奇行の理由がさっぱり思いつかない。


 まだ年若いとはいえ、実業家として場数を踏み、修羅場を潜ってきたつもりだったエステバンは、思った以上に動揺している自身にまだまだだったと反省する。そのままイザベルのために買ってきた花束をテーブルの上に置くと、エステバンは静かに部屋を後にした。



 ********



「契約結婚いたしませんこと?」


 それが初めてイザベルに会った時、彼女からかけられた最初の言葉だ。


 イザベルの穏やかな微笑みに対して、エステバンは相当に訝しげな顔をしていた自信がある。今話題の青年実業家とはいえ、所詮は他国からの移民の子孫、それが貴族階級から見たエステバンの出自である。エステバン側が金にあかせて契約結婚を頼むならともかくとして、れっきとしたこの国の名門貴族出身の女性が、自らそんなことを言う必要性がエステバンには理解できなかった。


 とはいえ、彼女にはエステバンがこの申し出を蹴るはずがないという絶対の自信があるらしい。そうでもなければ、腹の探り合いが日常茶飯事の貴族のご令嬢が、こんなことを言い出すはずもない。これは一世一代の賭けなどではなく、エステバンが受け入れることを理解した上での提案に違いなかった。


「なぜ、そんなことを?」

「まあ、怖い顔をなさらないで。先日、小耳にはさみましたの。エステバン様が婚約を解消されたとか」


 エステバンは、舌打ちしたくなるのをなんとか堪えてみせた。確かにエステバンは、イザベルと見合いをする前に貴族出身のとある女性と婚約をしていた。それはごくごく短期間ではあったのだが、女だてらに軍部に所属している変わり者のご令嬢との婚約は、口さがない人間にとって恰好の噂の種になっていたらしい。


 ()()に解消されたはずの婚約だが、また他人の悪口を聞かなくてはならないのか。端正とはいえ、悪徳商人顔をしているエステバンは、実は見た目からは想像できないほど潔癖で真面目な人間だった。しかもこの縁談を断るにしても、今、目の前で不愉快だと口に出すわけにもいかない。それこそここには、平民と貴族というれっきとした「身分」の差があるのだから。


「なるほど、それで?」

「わたくしは、彼女のことを存じ上げております。正直に申し上げて社交はあまりお得意ではありませんが、とても誠実な方だとお見受けしております。そんな彼女を一度は選んだあなたさまにだからこそ、お願いしたいのです」


 イザベルの言葉に、エステバンは鷹揚に頷いてみせた。


「わたくし、あなたのご商売の邪魔はいたしません。お妾さんを囲っていただいても結構です。おかしな相手にうつつを抜かさなければ、良いご縁と子どもの数は多い方が良いでしょう。ひととの繋がりは、商いにとって何よりも大切なことですもの。私があなたにお願いしたいことはただひとつ。私も商売というものをしてみたいのです」


 イザベルのまっすぐな答えに、慎重なはずの商売人はにやりと笑って握手を交わした。貴婦人がたとのやりとりもそつなくこなすエステバンが、貴族特有の腹の探り合いと足の引っ張り合いが大嫌いなのだとイザベルは見抜いていたらしい。率直なイザベルの申し出は久しぶりにエステバンの心を高揚させた。


 これは良い拾い物をした。エステバンは密かにほくそ笑む。そうしてふたりは婚約期間もそこそこに、夫婦となったのであった。



 ********



 言葉通り、イザベルはエステバンが嫌う「無駄な行い」を決してしなかった。エステバンにとっては期せずして手に入れた理想の女性だったのだ。イザベルが選んだ商品はエステバンの商売を更に上向きにさせた。働きたいというイザベルの言葉に嘘はなかったのである。


 イザベルとの関係は良好だった。互いを認めあい、高めあう、最高の同志だったはず。一体何が問題だというのか。エステバンは、決してイザベルを束縛せずに、彼女の自由にさせていたというのに。むしろイザベルが自身に愛人を勧めるように、自分もイザベルに彼女好みの男を用意すべきなのだろうか。


 生粋の商人は、商才は天下一品にもかかわらず、いかんせん女心にだけは疎かった。


 屋敷にいる気にもならず、そのまま自身の店へ足を向ける。とはいえこのような状態では、アイディアにしろ商談にしろまとまるものもまとまらないだろう。やれやれ、こんなに空は青いというのにどうすればいい。


 大通りの広場で、なんとなしに立ち止まる。聞こえてきたのは朗々とした伸びやかな声。体にしみいるような声の持ち主をたどり、エステバンは小さくうめき声を上げた。歌い手に気づかれる前に立ち去りたい。そう思っていても、こういう時ほどあっさりと見つかるもの。


「いつも、妻がお世話になっているようで」


 歌うたい――かつて婚約を結んだ女性の現夫(げんおっと)――はわざわざ声をかけてきた。歌を続けることもできただろうに、あえて途中で切り上げたこの男流の嫌味が憎たらしい。


 エステバンを見つめる観衆――主に女性陣――の恨めしそうな目が突き刺さる。文句があるならこの男に直接言え。その一言が客商売ゆえにエステバンには言えない。


 大体、妻帯者であるというのに道行く女性たちを次から次へと引っかけているところが気に食わない。いくらひとから注目を集めるのが歌うたいの仕事ではあるとはいえ、この状態ではさぞ奥方も気を揉んでいることだろう。


 妻の気も知らずに女を引っかけている男と、妻から妾を勧められる男とではどちらが幸せなのだろうか……。そこまで考えてさらに気分が降下したところで、さらに目の前の男が話を続けた。


「どうやら何かお悩みのようだね。普段のお礼に、ひとつアドバイスを。君は、もう少し奥さんと話をした方がいい。さもないと、そろそろしびれを切らせた()()()()()を盛られてしまうよ」


 まさか、あのイザベルに限って自分に()()など盛るはずがない。自分の死によって商会を手中に収めることは難しい。イザベルの愛する商売を大規模に広げるにしても、自分の妻であり続けた方がメリットは大きいはずだ。何より()()()()()()()()()は、それを判断できるくらい賢い女性なのだから。


 意味深に笑みを浮かべられて、エステバンは思わず眉をひそめる。やはり、この昼間から色気がだだ漏れの男は不健全だ。公共の場にまったくもってそぐわない。とはいえ、今一番大事なのはイザベルのことである。歌うたいの言葉に妙な胸騒ぎを感じたエステバンは、飛び出してきたはずの屋敷に再び舞い戻ることになった。



 ********



 エステバンが部屋に入ると、イザベルは客がいなくなった居間で読書をしていた。出ていったはずの夫が急に帰ってきて驚いたらしい。びっくりして目を丸くしている。


 普段は淑女めいて落ち着いて見えるが、そう言えば彼女は自分よりもずっと年下だったのだと、エステバンはその顔を見てようやく思い出した。いつも堂々とした立ち振舞いゆえに、彼女をつい自分と同等扱いしていたが、それは彼女にとって嬉しさよりも負担を感じる関係だったのかもしれない。


「突然で悪いが、君は僕を殺したいぐらい嫌いなのか?」


 エステバンは回りくどい言葉を好まない。歯に衣を着せずに質問をすれば、きょとんとしていたイザベルはすぐにころころと笑い出した。


「まあ、ご冗談でしょう? わたくし、未亡人になるつもりはさらさらありませんのよ。でも、そうですわね。エステバンさまがわたくしのことをあまりにも()()()()()()()()()()()()()()ので、ちょっと、()()()のお薬を使うつもりでしたの。何でも、ご領主さま直々に配合されたものを伝手(つて)で手に入れられると()()()()()()から伺ったものですから」


 この街の領主は、知る人ぞ知るマッドサイエンティストだ。あの領主が作った媚薬なら、それはとんでもない効果を発揮することだろう。文字通り種馬のような働きをする羽目になるに違いない。そんな危険物、断じて摂取するつもりはない。結局のところ自分は、あのいけすかない歌うたいに踊らされたわけか。


「女性として扱わないもなにも、イザベル、君は契約結婚の相手と何度も体を重ねる気にはならないだろう。初夜は致し方ないこととしても……」


 イザベルは、自分がエステバンの好みではないのだと認識していたのだ。彼女が愛人を勧めてきた理由にようやく思い当たり、エステバンは珍しくそう口ごもる。無理強いはしたくないのだという、言外の想いは十分にイザベルに伝わったらしい。イザベルは心外だと言わんばかりに声を上げた。


「まあ、旦那さま。ご存じありませんでしたの? いくら契約結婚とはいえ、わたくしは好きでもない殿方と結婚したりはいたしませんわ」


 夜の独り寝は寂しいものでしてよ。あんな優しい夜を過ごしたあとは特に。甘い、どこか艶を帯びた囁きにぞくりと体が熱くなる。エステバンは自身の頬がゆっくりと赤くなるのを自覚した。


 やはり彼女には敵わない。白旗を上げつつ、イザベルの前に膝をついた。はっきりと気持ちを言葉にするために。置きっぱなしにしていた花束は、既に花瓶に生けられている。


「あれはローズリリー『イザベル』。バラのように八重咲きになった百合で、最近作られたばかりの新種だ」


 ローズリリーは、まだこの国では一般に出回っていない。エステバンが、同じ名前のイザベルに渡すために苦心して手に入れたものだ。聡いイザベルは、それだけでエステバンの気持ちを理解した。ふんわりと微笑みが浮かぶ。


「花言葉は何かしら?」


 イザベルが問えば、エステバンが面白くなさそうな顔で鼻をならした。


「知らんな。新種だから、おそらくまだないはずだ。花言葉がなくても花の美しさに変わりはないだろう。僕が贈りたいと思ったから君に贈った。それだけだ」


 やはり女心のわかっていないエステバンの言葉に、イザベルは吹き出した。普段は切れすぎるくらい頭の回るエステバンだが、こういうことはどうにも不得手らしい。


「だが必要だというのなら、こちらで勝手に花言葉をつければいい。そうだな、『永遠に君を愛している』でどうだ」


 けれどエステバンの言葉が思った以上に甘いもので……。イザベルは、小さくはいと返事をする。ふたりの影はゆっくりと重なり、そのまま甘い声が聞こえ始めるのだった。


 悪徳商人ぶるくせになんとも気のいい実業家と、お砂糖のように甘いお嬢さんに見せかけてなんともしたたかな奥さまは、その後も無事に商会を大きく発展させたのだという。

◼️登場人物紹介◼️

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エステバン

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移民の子孫。青年実業家として名を馳せているが、「しょせんは成り上がりの平民」と侮られることがあるため、貴族女性との結婚を希望していた。顔だちは整っているものの、悪徳商人じみている。とはいえ内面はかなり潔癖。


契約結婚という言葉に都合が良いと思っていたが、自分でも気がつかないほど妻のことを大切に思うようになっており、どこまで踏み込んで良いものか悩んでいた。


挿絵(By みてみん)

(イラストはあっきコタロウ様)




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イザベル

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貴族のお嬢さま。見た目は砂糖菓子のように甘いが、内面はかなりしっかりしている。貴族社会の中で「働きたい」と言い出せば変人扱いされることは理解していて、理解ある商人に嫁ぐ機会を虎視眈々と狙っていた。実家はわりと裕福。


エステバンの元婚約者とは仲良し。もともと女性ながら軍部で働いている彼女に憧れを持っていたため、彼女を(婚約を解消したとはいえ)一度は婚約者に据えたエステバンはやはり見る目があると思っている。


挿絵(By みてみん)

(イラストはあっきコタロウ様)



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歌うたい

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※あっきコタロウさんの「そしてふたりでワルツを」(NコードN9614DM)よりお借りしたキャラクターです。ただし今回のお話は二次創作であり、公式設定ではありません。


昼間っから広場前で呑気に歌を披露している色男。実は妻帯者。

(嫁はエステバンの元婚約者)

「恋は歌声とともに」(二次創作)のヒーロー。もちろん妻(イラストの女性)がヒロインである。

色々とトラウマな過去持ち。諸国を放浪したあげく、今は結婚し、オフィーリア国に定住している。


挿絵(By みてみん)

(イラストはあっきコタロウ様)



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街の領主

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※あっきコタロウさんの「そしてふたりでワルツを」(NコードN9614DM)よりお借りしたキャラクターです。ただし今回のお話は二次創作であり、公式設定ではありません。


歩く傍若無人と呼ばれるマッドドクター(・・・・・・・)。不可能など無い天才。

「そしてふたりでワルツを」のヒーロー。嫁はおロリ。

自らの知的欲求に従い、良くも悪くも常識を超越した発明品を生み出す日々。

今日も屋敷からは若き執事の悲鳴が聞こえる(合掌)


挿絵(By みてみん)

(イラストはあっきコタロウ様)

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