8. 桐生静は、カミングアウトする
帰り道に水の精霊を目撃した。
向こうもこちらに気づくと俺の周りを飛び回り、目で追えば、うぁーうぁーとはしゃぐ。
「はじめまして――」
挨拶するとビックリして、近くにいる他の精霊に俺の存在を聞いて回り、
「俺の名前は――」
キリのいいところで話に割り込み、自己紹介すると水の精霊は意思疎通ができる事に凄く嬉しそうに喜ぶ。
「えっ、なになにっ⁉︎」
俺が勝手に独り言を言い出したように見える白石さんは驚き声を上げる。
話すなら今がベストか。
精霊について話をするにはタイミング的にも頃合いかもしれないと思い至り、言う事に決めた。
「白石さんに言ってなかったけど、俺には精霊が見えるんだ」
「えっ?……えぇえぇーー⁉︎⁈」
白石さんの大声で、近くの木々に休んでいた鳥達がバサバサと翼を広げて飛び立って行く。
「か、かっ、カミングアウトすぎるよッ!」
「話すなら今かと思ってな」
「急過ぎるよッ!もうちょい、話すタイミングとかなかったのかなッ!」
「いや白石さんには今俺が一人で独り言を言ってるように見えるだろう?冷静に第三者の立場で考えたら、見てる人によってはこいつヤバいやつ認定されるんじゃないのか?」
「そ、それはたしかに、そう、だけど……」
「少し引いてないか?」
「べ、別にっ!独り言が悪いわけじゃないよッ!桐生くんの独り言は独り言じゃなくて、精霊さんに話してたってことなんでしょ?」
「怖がられる前にと思ったが遅かったか」
ガックリ肩を落とす仕草をすれば、
「ちょっと桐生くんっ!勝手に私が怖がってるって決めつけはよくないよねッ!私は独り言言っちゃう人は怖いよねって言ったことないよねッ!独り言は悪なんて全然思ってないからねッ!」
両肩を強く両手で握られて、めちゃくちゃ揺さぶられた。
若干涙目で訴えかけられると悪い気がしてきた。
「すまない。今のは冗談だ」
「冗談だったのッ⁉︎」
白石さんはクワッとこれでもかと目を見開く。
「ああ」
「どこから冗談だったのっ⁉︎」
「怖がられる前のところだが……?」
白石さんにキッと涙目で睨まれた。
「桐生くんっ、桐生くんの冗談は冗談の枠組みを超えてるよッ!」
バカバカと両肩を叩かれる俺。
「全然まだ桐生くんのこと分かってないんだよッ!理解できてない私も悪いと思う!でもねッ!あんなガックリ落胆してる姿を見たら誰だって冗談とか思わないよッ!君を傷つけちゃったかと思ったよッ!君の冗談は悪い冗談にしか思えないからねッ!」
バコスコ強く叩かれた俺は反省する。
またやってしまったと。
水の精霊もなに泣かせてるのーと怒り、他の精霊もどうしていつも……と嘆いている。
「本当に悪かった」
俺は今日何度目になるか分からないが頭を深く下げ、懺悔と共に謝る。
「桐生くんは悪気がなくてコレだからタチ悪いよねっ!今回ので確信めいたものを感じたよ。なんだかなーまた同じことをされそうな気がしてならない私の予感は的中しそうな気がするよーっ。だから次したらデコピンの刑だからねッ!」
パチンとおでこにデコピンされた。
あれ?次したらじゃなかったか?とは絶対に口にしてはならない。絶対だ。
「……わかった」
俺は頭を上げ、目の前で涙をハンカチで拭う白石さんに今度こそ冗談抜きで精霊についてを説明する。
「えっ⁉︎」「ふぁ⁉︎」「ウソッ⁉︎」「ホントにッ⁉︎」と驚いた顔で連呼する白石さんは信じられない話を耳にしているのに「あの時は――」と頷き、「それで、あんな風に――」納得して手を叩き、「うーん――」まだ気がかりな部分があるようなと唸り声を上げ、最後には「私にも見えないかな?」と単純に精霊を自分の目で見て見たいという好奇心に変化した。
俺と白石さんの会話を静かに興味深そうに聞いていた水の精霊がこの子気に入ったと言い、提案してくる。
――それならいけそうだ。
「白石さん、一時的に精霊のみんなが見えるよう今から俺の視覚情報を共有する。いいね?」
「うん!お願いッ!」
水の精霊を仲介して、白石さんの両目が見ている光景に俺が見えている光景をプラスして共有する。瞬間、認識されなかったものを視覚情報として脳が膨大な量の電気信号を受信して処理を行うと同時にピントを合わせたかの如く認識しえないものを像に捉えられるように切り替わる。
「――ッ⁉︎」
白石さんが震える。
唇をアワアワとさせ、両手で口をふさぐ。
目からは涙がこぼれ落ちる。
視界は涙でグチャグチャだろうが見えなかったものが見えるとあって、それどころではないらしい。
感無量といった様子だ。
「すごいっ!凄いよッ!」
黙って周りを見渡し、感慨にふけった白石さんの第一声がそれだった。
水の精霊は俺と白石さんの仲介の役を買って出てくれたおかげで、水の精霊と白石さんとの間に会話が可能になった。
近くを嬉しそうに飛び回り、白石さんへ話しかけてくる水の精霊に瞳をキラキラとさせる。
「私、白石真琴といいます!桐生くんにはとてもお世話になっています。水の精霊さん、私にこんな素敵な景色を見せてくれてありがとうございます」
手を合わせて嬉し涙を流す白石さんは自己紹介とお礼を伝えた。
頬を伝い流れ落ちた涙は地面には落ちずに宙で止まり、小さな水の玉の形を模してキャッキャ楽しくはしゃぎ回る精霊達に大事にキャッチされる。
水の精霊は何やらボソボソと白石さんの耳元で囁く。
「――うんっ!ありがとう!うんうん、えっ⁉︎……まだそんな仲じゃないよッ!こらぁー待ちなさーい!」
無邪気な笑顔で水の精霊を追いかける白石さんと周りを楽しそうに飛び回る精霊達の姿は写真に収めたいほど、綺麗だった。
俺は自然と両手の指でカメラの形を作り、「はいチーズ」とシャッターを切るべく呟いたのは秘密だ。
「みんな、とっても綺麗だよッ!」
はしゃぎ回って、ヘトヘトになっても楽しさの方が上回り、白石さんは一切疲れを感じさせない笑顔で精霊に語りかける。
精霊達も歓喜して、水の精霊は白石さんの存在を認めて何か決意したようだ。皆が大事にキャッチしてた白石さんの涙という名の水の玉が水の精霊の元にまとまって集まり、それは形として成した。
なるほどな。白石さんによる白石さんだけに許された結精霊水か。
「え?えっ?上を向くの?うん」
困惑する白石さんは指示に従い、顔を上に上げると水の精霊がよろしくねと両目の瞳に結精霊水をポチャリと落とした。
「!」
白石さんはピクッと体を震わせ、ゆっくりと顔を元に戻して目を開ける。
白石さんの瞳に変化はない。表面的な部分ではの話だが。
白石さんは何が起きたの?と不思議に顔を傾げ、水の精霊が説明する。
この時点で既に俺と白石さんとの視覚情報の共有化は成されていない。
白石さん自身の目で精霊を捉え、精霊と話をしていることになる。
今も水の精霊が説明をしてくれているが要約すれば、結精霊水は本来見えない精霊との間を結びつけるものだ。それをどこに当てるかで結びつきにも違う形の派生が生まれるのだが、今は関係ない話だ。
ただただ信じられないと口に手を当てて、涙を今まで以上に流す白石さんの目は輪郭を薄青くさせているのを俺は見逃さなかった。
俺は水の精霊と白石さんとの縁があったのを他の精霊達に感謝して、心の中で説明の補足を続ける水の精霊にも改めてお礼を伝えた。返ってきた返事は――この子があまりにも可愛くて気に入ったからだそうだ。
よかったな、白石さん。
俺とは比較的に違うが水の精霊の力を今後行使して扱えるであろう白石さんという存在を間違った道には行かせないように。もう二度と間違った者を出さないために固く心に誓うのであった。