7. 桐生静は、白石さんには勝てない
午後からは再び魔の大森林へ。
今回は約束した白石さんに事前に一言「ちょっとそこまで行ってきてもいいでしょうか」と言ったら、「一緒にならねっ!」ジト目で言われた。
そんなわけで、白石さんは初となる魔物犇めく魔の大森林に足を踏み込んだわけなんだが、戦々恐々で進み具合は単独時よりも大幅に進行速度遅くなってる。
「白石さん、大丈夫か?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
「本当に?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
「カタコトだけど?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
「俺の名前は?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
俺の名前はいつからダイジョウブダイジョウブってなったんだ?
「ぷっ、あははははははっ」
吹いて笑った。
「〜〜〜ッ!」
赤面する白石さん。
やっと会話の繋がりがおかしかったことに気づいたようだ。
「も〜〜〜っ!」
パコパコと両腕を風車の如く振り回して叩いてくる白石さん。
「頬を膨らませて可愛いな」
「桐生くんっ!」
アタタタタタタッと世紀末風の音が幻聴で聞こえるんじゃないかってくらい、思いっきり叩かれる。
「なに?白石さん」
「からかわないでよッ!」
キッと睨まれた。
おー怖い怖い。とは口には絶対に出してはいけないな。
「ごめんごめん。緊張してる白石さんの為を思ってしたことなんだ。悪気は一切ない。本当にすまない。悪かった!」
誠心誠意謝った。
「君って本当に女心わかってないよねッ!(ボソッ)」
「え?」
下げた頭を戻したら、白石さんは俺の方ではなく別の方向に顔を向けていた。
何か言われたような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「わかったならよろしいって言ったのッ!」
「ああ。なるほど、許してくれてありがとう」
「本当に凄いんだか凄くないんだか……全然桐生くんって存在を推し量れないよっ」
白石さんになぜか呆れられた。
あれ?俺また何かしたか?
全く見当がつかないまま、俺と白石さんはゴブリンと遭遇する。
「「「「「*****!」」」」」
獲物を見つけたとでも言ってるのか。俺宛てに自らの手に持つ棍棒を向ける。
ホームラン予告か?
完璧にしてやったり感を醸し出し、
「*****!w」
ニヤニヤ笑ってる。
え?すまないが怯えはないぞ?
動じない俺に苛立つゴブリン一行は、ヤル気の目に変わる。
「うわっ!ゴブリンだよッ!桐生くんッ!」
サッと俺の背後に回る白石さん。
少し、いや、かなり興奮してる。
生ゴブリンに興奮してる。
「*****!♪」
声を発した白石さんに視線を向けた後に舌舐めずりするゴブリン一行。
イヤラシイ目を向けるな。
「「「「「*****⁉︎」」」」」
睨んだら、ゴブリン一行は慌てて陣形を組み始める。
「大丈夫!安心して、白石さん」
白石さんの身体を背中に引き寄せ、背後から飛び道具で飛んできた複数の矢を地面に打ち落す。
「きゃっ⁉︎」
白石さんは急な身体の動きに悲鳴を上げ、目を瞑る。
前方の敵に集中させて、後方からイヤラシク襲う姑息な手を使うな。
死角に潜むゴブリンの矢から身を守りつつ、
「大丈夫!白石さんの身体のどこにも怪我は見当たらない。そのまま数秒目を閉じてれば、全部終わってるから」
言葉を発しながら風の刃を形作り、瞬時に飛ばす。
「う、うんッ!」
矢を合図にボロい使い古された盾を持つゴブリンが前方に構え走り、その後ろに棍棒を持つゴブリンが全速力で駆けるが、もう遅い。
「「「「「*****⁉︎」」」」」
ボロい盾は防御力と耐久力の限界をとうに超えていた。見た目から察するに何もないよりマシの見掛け倒しの盾としか言えない。そんな盾としての本来の役目を全うしてぶち壊れ、盾を構えていたゴブリンは理解する間はなく刻まれ、その背後から駆けてきたゴブリンは目の前から襲いかかる風の刃に対して棍棒で防ぎきろうとするが呆気なく切り裂かれた。
風の刃を見た瞬間に棍棒で防御に徹するか。このゴブリン一行は以前遭遇した個体よりも少しは頭が賢かったな。だけれど、敵に選んだ相手が悪かった。
この場に流れる風の揺らめきが複数感知。矢を放ったゴブリンが逃げの一択を選んだのも察知する。
「そこだ!」
「――*****⁉」
すかさず、風の刃を飛ばした。
ゴブリンは木々の間を上手く使い躱そうとしたが残念。風の精霊による追尾がある以上、俺が飛ばした一直線から避けばいいというだけの問題じゃないんだ。少しは賢いゴブリンでも、追尾してくるとは夢にも思っていなかったと戦闘後に風に運ばれてきた複数の表情が物語っていた。
「もう大丈夫だ。白石さん」
俺の背中に身体を預けた白石さんを安心させる。
「……うんっ」
白石さんは恐る恐る目を開ける。
風の精霊によれば、他にも魔物が近辺をうろちょろしているようだがゴブリンとの戦闘を見て警戒してるようだ。
こちらから手を出さない限り、向こうからはないだろうと予測する。
「本当に大丈夫だーっ。よかったーっ!」
ホッと一安心した白石さんは自分で身体を支えられないのか、全体重を俺の背中にかけてくる。
重いとは思わなかった。
むしろ軽いほうだろう。
白石さんの身体から少しだけ震えを感じる。
「桐生くん、ゴブリン倒したんだねっ!凄いよッ!」
いつもの声に怯えがあった。
精霊を介して白石さんの見てる視線の先を視れば、先程まで動いていたゴブリン達がグチャグチャに変わり果て、一箇所に集められた場所だった。
白石さんは何も喋らなくなる。
ハッキリ言って、R18指定だ。
グロテスクで、気持ち悪いの一言だ。
俺はもう慣れているから気にしていなかったが、女の子に見せるものではないな。
少し考えれば気づけるはずなんだが、これもまた誰とも馴れ合いしてこなかったツケか。
白石さんは俺からの励ましの言葉を待っているのだろうか?解らない。
精霊達がなにやってるのーと諭す。
「ああ。このくらい大したことはない」
もとより俺が言葉をかけるのがセオリーなんだろう。とはいっても、馴れ合いをしてこなかった俺には気の利いた言葉の一つも思い浮かばない。
俺は白石さんの目が届かない場所へゴブリンを風で運び、見えなくなれば跡形もなく燃やし尽くす。最後に残る魔石は全て空輸する。
「白石さん」
「なに?」
白石さんは俺の背中側にいる。だから俺からは顔が見えないと思っている。
精霊を通して視る白石さんの顔は悲しさと困惑の感情が露わになっている。
無理もない。
ゴブリンは魔物だ。だが生き物には変わりない。生き物をスプラッターの如くグチャグチャにした俺という人間の考えが分からずに困惑してるのだろう。悲しみは情けない自分に向けてだろうか。戦闘を全て俺に負わせたという負い目もあるかもしれない。
こんな時、男ならどう言えばいい。どう語れば、白石さんの表情を晴れやかにさせることができるのだろうか。
考えても、俺にはわからない。
こういった問題を解決するためにコミュ力を身に付けるのは大事なのだろうとシミジミ思う。
結論だ。
だから俺は俺なりの言葉で言う。
「白石さんは俺が守る。だから心配するな」
「……本当に君ってやつは、もーーーッ!色々考えるだけバカバカしくなるよッ!そもそもそうだよね!魔物だもんねッ!ゲームでは序盤の敵だったの思い出しちゃった!桐生くんっ、ゴブリンから守ってくれてありがとねッ!それからゼッタイッ!絶対に何があっても守ってねッ!」
白石さんは目の端に溜まった涙を拭い、
「お、おう」
頭を軽く小突かれた。
白石さんの表情は明るくなり、元気な声も空元気じゃなさそうだ。
「白石さんの魔の大森林への同行は今日はここまでにして帰ろう」
「えぇーー、桐生くんっ。君は私を置いて、また一人で行くつもりでしょう?」
ギクリ。
「やっぱりッ!」
「……これも白石さんの――」
「本当は一人で冒険したかったんだねっ、桐生くんッ!」
ポカと頭を叩かれた。
「そういうわけでも――」
「桐生くんって本当に本当に一人でいるの好きだよねっ!」
「いや――」
「別にっ!って言おうとしても信じられないからねッ!」
「!」
白石さんに言い負かされた気がしてしまう。
ぐうの音も出ないとは、このことか。
「学校でもいつもいつも一人でいるし、隣の席の私なんか最初の頃は仲良くしようと思って毎朝挨拶してもチラッと見ておはよう、スッて席ついて窓の外を眺めて眼中にもないって感じでさぁー。頑張ってたんだけど(ボソッ)名前もろくに覚えられてないって意外と凹むんだよっ。桐生くんはクラスの中で一番休みも多くて、何かしら接点持ちたくても全然無理だったんだからッ!このアホッ!鈍感男ッ!バーカバーカッッ!」
めちゃくちゃ叩かれた。
これが噂に聞くディスられたってやつか?
確かに休みは多かったが、それには色々な事情や理由というものがある。学校側も学校のトップである校長が出席日数が足りていればと渋々了承してくれた。
第一だ。一人でいるのに何か問題があるのか?否、何もない。逆に繋がりがあれば、かえって危険な目に合わせたかもしれない。その点に関しては情状酌量の余地があると異議を申したいと思うが、白石さんにこの話を言うわけにはいかない。語れば、全てを話す必要が出るからだ。
それに挨拶もちゃんと挨拶で返した。毎朝挨拶されようと変わらず、挨拶を返した。嫌気がさして無視をしたわけでもない。何が問題だろうか?
全て考慮した上で、出した結論。
「白石さん、学校生活では俺が悪かった。すまない。全てにおいて許してくれ」
10:0で、完全に俺が悪い。
アホやバカと罵られる謂れも、鈍感男と変に言われる筋合いはない。
俺は鈍感じゃないがそう見えているのであれば、素直に謝る。素直が一番大事だ。
「本当に君ってやつは……。でも異世界に来たから今話せてるんだよねっ。そう考えると異世界に来たのも悪くないのかもねッ!」
背中から白石さんの温もりが離れる。
「これからもっともっと学校での時間を取り戻すべく仲良くしようねッ!」
「ああ。そうだな。よろしく頼む」
俺の隣に立つ白石さんはえくぼができるくらい惜しみない笑顔で言う。
「君を許すッ!」
バチンと背中を思いっきり叩かれた上に白石さんに手を引かれて、俺は歩み出す。
本当に白石さんには勝てないな。
そう強く感じた瞬間であった。