67. 綺羅星結生
兄さんが戦争を仕掛けてきたロッソニア王国の兵士を一人また一人と峰打ちする。
一撃を入れるのに長い時間は必要ない。
1秒に満たない速さで、効率よく近場にいる兵士一人一人を視界に収めて次の行動に移す。
ただそれだけで、辺り一帯の兵士の無力化があっさりと簡単に終了する。
兄さんは倒れる兵士に目を向けず、前へ前へと高速移動する。
「なんだこいつは……‼︎」
「剣が当たらない……‼︎」
「魔術師か……⁉︎」
いえ、違うわ。
速さよ。
正確に言えば、剣を振る速さと体重移動による身のこなしの速さね。
戦争慣れした風格の兵士は峰打ちを予見して防ごうと動くけど、無意味ね。
そして何よりも相手の剣を受けようと自分から斬りかかろうと状態が崩れない足捌きの速さよ。
兵士は対応できずに地面に重みのある身体を倒れさせたことで、ドサリと音を立てて横たわる。
兄さんは1秒前の相手を過去の人物のように振り返らず、前だけを見据える。
「兄さんだけに任せたりしない――〈カタトゥンボの雷〉」
真上から落とす。
真っ直ぐで、高く、速い。
まさに雷よ。
それはまるで、降り注ぐ無数の稲妻。
最大出力ではない最小出力で、視界を埋め尽くす先の兵士を全て気絶させる。
兄さんが笑顔を向けてくれる。
兄さんの笑顔を見たら安心する。
私の選択は間違ってない。
兄さんは笑顔で頷き、私が頷けば笑顔で決定打を打つ。
「超高速世界での1秒は果てしなく長い――〈千の聖剣〉」
兄さんは強い。
全ての兵士がこの一撃で沈む。
戦争終結への一撃は――勇者である私ですら震え上がらせた。
周りで戦っていたクラスメイトや後方で陣を置くファミリア王国軍でさえも誰もが震える。
兄さんは確かに言った。
「真琴、僕は真琴に誇れる勇者になるよ。だからどうか――笑わないでくれ」
あの瞬間、兄さんが兄さんでないように見えたのはきっと気のせいだ。
ロッソニア王国がファミリア王国へ領土侵攻してきた日から長期的な小競り合いが長らく続いていたそうだけど、王様の一言で、私たちが戦争終結に駆り出された。
勇者召喚された日からこうなる事は分かっていたのだけど、つい現実になってみるとクラスメイトの大半が前日の夜には尻込みをついた。
クラスをまとめる立場の兄さんは白石真琴さんが王城を脱走した日以来、抜け殻のようになってしまった。
何日も部屋に篭って――
「真琴、真琴ッ」
「桐生どうして、お前が僕の代わりに真琴を連れて行くんだッッ」
「あの場では僕が、僕だけが真琴を守れたのにッッ……‼︎」
「真琴、無事でいてくれッッッ」
――と念仏を唱えるばかりでらちがあかなかった。
その間にクラスメイト全員と先生との話し合いの場を設けて、今後の方針を決めようとしたけど、てんでダメだった。
話し合いにすらならないのがリーダー不在による目の前の現実だったわね。
王様や姫様の甘い言葉や特別待遇を受けて、まんざらでもなさそうに男子も女子も豪遊生活やハレーム生活の日々を過ごした。
本当にばかばかしい。
なんでも予定外な出来事が立て続けに起こった事で、私たちの出番が後回しになったそうね。
侍女や姫様に尋ねようと口をつぐむか話をはぐらかされて、何も情報は手に入らなかった。
私たちの知らない場所で、何かが起こった事は間違いないと思うのだけれど……。
私には知る術がなかった。
起こった何かを知ろうと悪戦苦闘の日々が続いた。
でも手に入る情報はない。
ただ無意味な時間だけが過ぎていった。
大半のクラスメイトが異世界へ来る前と異世界へ来た後では環境などの全てがガラリと変わった。
別人のように生活態度から性格まで様変わりしてしまった人もいた。
何から何まで、全てが変わってしまうと私の知るクラスメイトではないように感じてしまう。
変わらないクラスメイトもいれば、変わってしまうクラスメイトがいる。
兄さんすら変わってしまった。
異世界へ来る前まではあんなにも眩しかったのに……。
兄さんは白石真琴さんが消えた日を境に部屋に篭ってしまった。
兄さんに尋ねても面会できない日が続く。会ってくれても会話はろくにできない。無視されることもあった。
兄さんにクラスメイトが尋ねても面会できない状況が続いた。
兄さんは「もういい。真琴を攻めた君たちと話し合う気はない。帰ってくれ!」と一刀両断するばかりで、心を開いてくれない。
あの状況ではアレが正解だった。
兄さんだって、それが適切だと感じたから一緒の道を選んだんじゃないの?
そう自分に問いかける。
私はもう一度やり直す機会があっても、また同じことをやるだろう。
クラスメイトの誰も彼もがリーダーを失い、途方に暮れた。
まるで迷路に迷い込んだようだった。
肝心の華恋先生すら方針はなく、状況に流されるばかり……。
姫様は此れ幸いにと異世界に馴染めないクラスメイトを異世界色に染める。
王様は何もしない。
私たちはリーダーがいないだけで、何一つ同じ方向を向けない。
私たちは指針のない海、いえオアシスが見つからない荒野に放り込まれたように明日戦争へ向かう。
その前日の夜、クラスメイト全員が揃った部屋に光が射した。
ええ、そうよ。
兄さんが立ち上がったのよ。
どうして立ち上がることができたのかはわからない。
でもそれ以上に立ち上がってくれたことが嬉しかった。
兄さんは部屋にいた時とは比べられない力強さと信じられない輝きを放ち、クラスメイトを一瞬にしてまとめ上げた。
変わり果てたクラスメイトすら言葉で制して手綱を握り、リーダーとして兄さんは戦争に尻込みをついた面々を奮い立たせて、不安は微塵も感じさせない面持ちで立ち上がらせた。
とても頼りになる。
ええ、きっと兄さんにしかできない統率力と団結力を発揮したのよ。
兄さんが先頭に立ってくれたら私たちは迷わない。
兄さんが先頭に立ってくれるだけで、荒野は一瞬で海に変わる。
指針がある海に恐れは要らない。
私たちなら戦場に立とうと負けない。
私たちが団結すれば、戦場のどんな敵だって恐れはしない。
私たちには綺羅星義晴がいる。
あの時、私は兄さんの変化に気づけなかった。
そして戦争終結の際に変化に気づくことになる。
兄さんは眩しく輝く光になろうと変わらない。
兄さんは白石真琴だけを選び取る。
あの日の間違いを繰り返さない為に前以上に兄さんは白石真琴に執着する。
白石真琴を愛するが故に――
私は……どうすればいいのかしら。
わからない。
こんな時、桐生静ならどのような決断を下すのだろうか。
私はこの場にいない桐生静に心の底から答えを求める。
だけど、桐生静からの返答はない。