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51. 捕食者は、英雄視される

 不浄なる生が跋扈する墓地。

 短時間の間に人に非る者からより強い人に非る者が進化して発生。

 舞台は整った。

 ダーメン領の至る場所へ移動を重ねて手下を増やし手下の手で生者を襲わせ続けて移動していた死霊魔術師の少女はようやく元いた墓地へ帰還して腰を下ろした。

 吐息を吐き、重い瞼を閉じる。

 止まっていた時間が再び動き出したはいいものの、記憶から消したい嫌な思い出というのものは何十何百年経とうと昨日のように思い出せてしまう。実際に少女の体感では昨日の話だ。

 あの赤髪の女に氷漬けにされて長い永劫の刻を閉じ込められていたというのに全くソレを感じさせない感覚は不思議でしかない。氷漬けの中にいたというのに身体は当時のまま。

 少女は時代に取り残された中、昨日(過去)牢屋での話を思い出す。

「馬鹿はこれだから困るんですよ」

「犯した罪の重さを知らない」

「罪の深さすら理解できぬ」

「魔物の脅威を取り除いてくださった恩は忘れません」

「いいですか?魔物の脅威が無くなり、皆君に恐怖している」

「この短期間でほとんどの民草が恐怖し嘆願書まで出す始末」

「ただ魔物を取り除いてくださっていた時とは話が違うのです」

「嘆願書まで出されたら領主としては見過ごせない」

「これは正義の名の下に行われる断罪です」

「悪魔と呼ばれぬうちに断罪されることを感謝しなさい」

「君の兄弟はちゃんと教会で育て導きます」

「それはいい提案だ。安心して逝くといい」

「兄弟を始末する手間が省けた。ハッハッハー」

「だからこそ君は静かに断罪を待ちなさい」

「すれば、兄弟は教会で無事に育てられるだろうから」

「ファミリア国王に最も信頼されたダーメンの名に恥じぬ――断罪を盛大に執り行うとしよう」

 当代のダーメン領主と側近たちは愚かな話を思い出し、少女は兄弟たちが無事であるかを考え――止める。

 どれだけの時間の流れが進んだのかを手下の記憶から読み解き、少女は知った。時の流れとはなんと速いことだろうと打ちひしがれた。

 既に兄弟たちと会えないと知ってしまったが為に少女は全ての怨念を生き残った生者へぶつけて跡形も無く粉々に破壊した後、自分も後を追おうと胸中寂しさで渦巻く。

 少女は怨念塗れだった心でもって生者や裏切りのダーメン領を破壊し尽くしたが憂さ晴らしは晴れない。この時代の人々は何も知らない。当時の連中は誰一人生きてはいない。ぶつけたい思いを受け止める資格を持つ者はいない。時間だけが過ぎ去った。破壊を始めた時は思いもしなかった。こんなにも虚しい気持ちだけが胸に残るのを。その裏腹に大切な繋がりを感じられた心に穴がポッカリと空いてしまったのを痛く感じた。

「もうすぐいくのです」

 ポツリと零れた声に反応を返す者はいない。




 地下下水道からの奇襲と同時刻――墓地の壁は破壊され、隣接した区画に人に非る者が雪崩れ込む。一瞬にして近場にいた者から飲み込まれ、黒帳発生後はあちらこちらに闇がわだかまって広がり、暗闇に目が慣れない視界は晴れと比べて非常に見え難く悪い。そんな中で数多くの生者が喰われ襲われ、人に非る者へと化す。

 微かに残った兵士は成す術なく敗れ去る。兵舎には兵士一人いなくなった。


 時間経過。


 自宅に息を潜めて隠れる人々。

 力自慢の男衆と頭脳戦を得意とする戦術家の共同戦線で大切な人を必死に守り抜く人々。

 逃げ道が断たれて武器を手に取る人々。逆に入り組んだ裏路地に入って息を殺して逃げ延びようとする人々。

 三者三様。墓場から隣接した区画で様々なドラマがあり、名も知れない物語が始まり終わる。数々の物語の中に共通して突如終焉が舞い降りた。

「ウォオオオオオオオオッ‼︎」

 外套を羽織った一人が両手に握る二刀の大剣で人に非る者の壁を一気に切り込み打ち破る。

 力任せであるが効果抜群と認めるしかない大回転斬りを連発して、圧巻の人数相手に道を切り開く。

 上下左右に両断された人に非る者は何かが燃え移ったわけでもなく自然と生まれた火で焼かれ、燃えに燃える。

 外套で性別不明の一人が開いた道には業火に焼かれて灰となる人に非る者で埋め尽くされ、最後には何も無くなった道が続く。

 自宅の窓から見ていた人々は言う。

「俺は夢を見ているのか?」

「私も同じ夢を見てるみたい」

「あの化け物を容易く屠る人物は誰なんだ?」

「誰でもいいッ!この街には紛れも無い英雄がいたんだッ!」

「わたしたちはきっと助かるのだわ」

「ええ。そうに違いないわ」

「怯えていたのが馬鹿らしく思えるわ」

「本当にそうね。今生存してる誰もが伝説を目にして見てるはずよ」

「この目でしかと目に焼き付けよう」

「英雄の活躍をッ!」


 共同戦線で大切な人を守り抜き、籠城を成功させていた人々の元へ――百足骸骨の群れが迫る。

「あれはまずいッ」

「筋肉はもう限界だッ」

「筋肉が……筋肉さえあれば……ッ」

「戦術家の端くれッ!どうすればいいッ⁉︎」

「――くっ、アレを撃退するには武器が……武闘派の男衆が疲弊してなければ……戦鎚がこの場にあれば……」

「だから端くれッ!」

「――おいッ!もうそこまで来てるぞッ!」

「――すっ、すまない。武闘派諸君!命をもってアレを――」

 倒せッッッ!という言葉は戦術家の口から出なかった。力自慢の男衆達が犠牲になるから途中で言うのをやめた。何もしたところでどうしようもないから言うのをやめた。そういう話で言葉が出なかったわけではない。

 百足骸骨の群れと籠城する共同戦線の間に割って入った外套の一人と銀翼の仮面を付けた少年二人組の登場で思考が止まり、出し掛けた言葉が出なかっただけだ。

「プレデターやれ」

「主人ノ心ノママニッッ‼︎」

 二刀の大剣を軽々と振り払い、目の前に迫った百足骸骨を後方へ吹き飛ばす。轟音が響き渡るのと同時に地面に二刀の大剣を突き刺した外套の一人は丸腰で駆ける。

「(外套の下に何か持ってるのか?)……ゴクリ」

 言葉が出ずに固唾を飲み込む戦術家は両拳の打撃だけで百足骸骨の群れを粉々に砕く光景を目にして、

「(ヒッッッ‼︎⁉︎)……‼︎⁉︎」

 内心と表面どちらも驚きで既に容量オーバーだった頭は知恵熱とは別の意味で蒸発し、ふにゃふにゃと腰を抜かす。だが圧倒的な光景から目を離さないと戦術家は己の矜持で窓際に身体を預けて、目まぐるしく変わる状況一つ一つを見逃さないように目を見開いて刮目する。

 銀翼の仮面が暗闇の中で微かに光りを放つが外套の一人とは打って変わって何もせずに棒立ちの少年には男衆達や戦術家を始めとした面々は理解不能。

 一緒に戦うのではないのか?

 素朴な疑問が脳裏をよぎるが誰も言葉には出さない。

 ただただ現実離れした外套の一人の活躍に目が勝手に追ってしまう。身震いしてゾワゾワする身体は武者震いか人知を超えた次元を見せられて恐怖からくるものかは誰一人として断言できる者はいない。

 籠城で奥に隠れていた女性から子供までも怯えたまま轟音が気になって物陰から顔を出して覗き込む。普通なら止める者が一人現れてもいいのだが誰も止めようとはしない。誰も彼もが外の状況を知りたいが為にその目で眺め、理解不能な現実を頭の中で整理がつかずに目を奪われる。

「ここの安全は確保した。プレデター先へ行くぞ」

 外套の一人が百足骸骨を全て破壊し終えたのを確認した少年が地面に突き刺した二刀の大剣を軽々と引き抜き、重さを微塵も感じさせない投げ方で投げ渡す。

「ワカッタッッ」

 ハァハァと息切れを起こした外套の一人はしっかり受け取り、人間離れした速さで誰の視界からも消えて見えなくなる。

 少年は追いかけるように一瞬で消え、後に残ったのは百足骸骨がいた痕跡が一切無く消えた事実のみだ。

 遠くから激しい戦闘音が耳に届いた男衆達や戦術家の誰もが言う。

「あの二人は何者なんだッ?」

「筋肉から尊敬するッ」

「筋肉一尊敬ッ!」

「筋肉で片付けられない化け物を倒したあの人こそ筋肉一最強じゃないかッッ!」

「アレは戦術家の必要性を感じない。戦術家の端くれとして言ってはいけない。だけど、言いたい。あの外套の人こそ戦術すら通用しない人の域を超えた英雄だッ」


 逃げ道が断たれて武器を手に取った人々は戦闘経験はろくになく崖っぷちに立たされていたが――

「ドラァァアアッッッ‼︎」

 二刀の大剣の猛威に助けられ、

「俺が視ている中で人に非る者(お前ら)の蛮行を放置するつもりはないぞ?」

 ヤられる寸前で見えない風に守られて助かる。

 目を瞑り、目の前の現実に諦めて受け入れようとした人々に希望の光が射した。目を開ければ、ゾンビから進化した数多くの異形の化け物は一人残らず全て倒されていた。

「助かった」

「俺は助かった?」

「助かったに決まってるッ」

「あの人達は……すごいッ」

「戦闘のど素人でも分かる。ありゃ英雄の類いだ……‼︎」

「英雄がいたのか。口が渇いて笑えないが……生き残ったッッ……‼︎」

「英雄は遅れてやってくると伝承に書いてあるのを読んだことがある」

「儂も読んだぞッ!あの伝承は誠であったッ!」

「英雄は遅れてやってくるか……本当にありがとう……‼︎」

 誰もが安堵して、ヘナヘナと地面に座り込んで手に握った武器を落とす。金属音が辺り一帯から同時に響いた。


 入り組んだ裏路地に入って息を殺して逃げ延びようとしていた人々は呻き声とは別の発生音に「なにっ?」とボソリと呟き、急に轟く激音に身を震わせたが――次第に耳に聞こえる音が止み、静寂が訪れる。ビックリしたが好奇心から恐る恐る状況確認で裏路地を出てみれば、遠くまで燃え盛る業火の一本道を目撃して思わず、「うわぁあああッッッ‼︎」と叫ぶ声は一人だけではなかった。

 多くの人が「あっ、ども」と声を掛け合い、「英雄が倒してくれたんですッ!」と顔を真っ赤にして興奮する一人の女性の言葉を受けて――あの激音は戦闘音であったのを全員が理解する。同時に「助かったー」と緊張感から解放されて地面に寝そべる。

 墓場と隣接した区画で色々な物語を紡ぎ生き残った誰もが思う。

 この短く長い暗闇はもうすぐ明ける。

 人々の心中で英雄となった外套の一人――プレデターは自分が英雄と思われているなどつゆも知らない。今はただ自分の限界を超え続ける為に必死に目の前に広がる敵を屠る。ただそれだけしか脳裏に浮かばない。

 彼ら彼女らの数々の物語は英雄の登場で幕が降りる。


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