40. バレンタインデー 白石真琴編
バレンタイン前日。
「真琴ちゃん」
「なにっ?ママ」
「今日は帰りに何買ってきたの?」
「色々だよ」
「そのおっきな袋の中には何が入ってるのかママ気になっちゃう♪」
「んーママだしいっか」
「うんうん。教えて」
「明日は何の日?」
「バレンタイン♪」
「そうバレンタインだからお菓子作るの」
「あら〜まあ〜へえ〜」
「何その目」
「ママもバレンタインに合わせてお菓子作ってたな〜って懐かしく思い出しちゃった」
「ママ料理上手だもんね。その時からお菓子作りしてたんだねっ」
「してたわよ〜。ママと同じで真琴ちゃんも料理上手になると思うわよ」
「そうだといいんだけどなー」
「それで、真琴ちゃん。毎年チョコとかクッキーの詰め合わせを買ってきては包装して終わりだったのに……急にお菓子作りって好きな子でもできたの?」
「うん」
「……‼︎」
「えっ⁉︎なんで涙目になるのッ⁉︎」
「とうとう真琴ちゃんにもこの時が……ッ‼︎」
「ほらハンカチ貸すから使って」
「ありがとう真琴ちゃん。グスグス」
「そんな驚くことかなーっ?」
「驚くことよ〜。だって真琴ちゃんは前の時ホットケーキを炭にしたことがあったじゃない」
「ッッ‼︎ママ‼︎」
「あの真琴ちゃんが好きな人のために料理するってだけでママは凄く嬉しいわ〜♪」
「じゃースマホで見ながら作るから座って待ってて」
「は〜い♪」
……
…………
………………
「できたッ!」
「真琴ちゃんお疲れ様〜♪出来立てはどんな感じかしらね〜。どれどれ〜♪」
「えっ。ママその顔は何ッ⁉︎」
「真琴ちゃん」
「どうしたの?ママ」
「このダークマターはどんな料理方法で作ればできるのかしら〜(汗)」
「ダークマターって……たしかにその通りなんだけどねッ!でも味が良ければいいじゃんッ!」
「……まあそうね……ゴクリ(汗)」
「食べたら美味いって」
「そっそうよね。真琴ちゃんのいただくわね〜」
「私も食べてみよーっ」
もぐもぐターイム
「真琴ちゃん」
「言いたいことは大体分かるよッ」
「これは好きな人に食べさせちゃダメなやつよッッ‼︎」
「だよねッ!そうだよねッッ‼︎」
「……真琴ちゃん例年通りいつもの市販をあげなさい。いいわね」
「……」
「真琴ちゃん好きな人に美味しくないものを食べさせたいの?嫌われるかもしれないのよ?」
「……それでもやだッ!もう一回作り直してみるッ‼︎」
「そう。そんなに手作りであげたい本気で好きな人なのね」
「うん!」
「じゃーママもお菓子作りしようかな〜♪」
「ママ」
「手伝うつもりはないわよ?ただママはママで大好きな旦那様のおやつを作るだけよ」
「うん。分かってる。1人で頑張る。だから一緒にお菓子作りしよう!」
「まずお菓子作りに大事なのは分量でちゃーんと測ることよ〜――」
……
…………
………………
「できたッ!」
「できたわね♪試しに真琴ちゃんの一口貰うわね」
「……どうかなっ?」
「一緒にお菓子作りしたのに真琴ちゃんの方が美味しいわ♪好きな人のことを想っていっぱい愛を詰めたのね〜♪♪ママも負けないくらい愛を詰めたけど、真琴ちゃんの方が想いがいーっぱい強く詰まってるのよ♪♪♪こんなに頑張って作ったんだもの。きっと好きな人に真琴ちゃんの気持ちは届くわ♪♪♪」
「ママありがとーーーッ‼︎」
「――こらこら甘えん坊さんね♪」
バレンタイン当日。
「桐生くん、おはようっ」
「おはよう」
挨拶を交わした桐生静は自分の机の引き出しに入れられた異物を席に着く前に即発見し、表情には出さないが警戒心を強めて引き出しに手を入れる。
学園で過ごす中で爆弾の類を仕込まれた経験は一度もない。だが慎重に、クラスメイト達に被害が及ばぬように風の精霊達に念入りにイメージを共有させて異物を取り出す。
「これは――」
誰にも聞こえない小声で呟き、綺麗に包装されたピンク色の『LOVE』と書かれた袋を念入りに確認して開ける。そこにはハート型のクッキーやチョコクッキーが入っている。
毒が入った形跡はないと瞬時に見抜き、席に着いた彼は――メモ紙が中に入ってるのに気づく。
『好きです。この気持ち受け取ってください』
(そうか。そういえば今日はバレンタインデーだったな。なるほど。これはバレンタインで好きな人に送る特別なものか。しかし差出人の名前はどこにも書かれていないな。つまり一方的な贈り物というわけだ。――周囲を確認するがどこもかしこも店やコンビニに売ってある商品をそのまま買って渡された感の強い物が目立つ中、これだけは手作り。……凸凹や歪みや綺麗なクッキーと見た目は個性豊かで相当な時間と労力を使って作られているのが分かる。差出人がどこの誰かは別に対して気にはならないが『この気持ちを受け取ってください』とはハート型のクッキーを指しているのだろう。このクッキーに悪気はない。受け取らない選択は差出人を無下にすること。ならその気持ちに応える以外に選択肢はない。差出人に感謝して頂くとしよう)
ハート型のクッキーを1枚手に取り、口に運んで味を確かめる。
「美味いな」
それは自然と出た言葉だった。
桐生静――彼はこの時気づかなかったが隣の席に座る白石真琴はその言葉にピクリと反応して、とても嬉しそうに喜んでいたのであった。