37. 桐生静の知らないところで話は進み、疑惑は深まるばかり
出力計測器に登録された魔剣からもたらされる情報が突如計測不能と表示される。その意味は――
「結果は出たな」
通信魔術で連絡を取り合っていた画面上に映し出される金髪の5歳児が真顔で言った。
「出ましたねー。自我を残してたのが敗因かな」
出力計測器からの情報は魔剣のみ送るわけではない。魔剣の使い手に関する情報も逐一もたらされる。使い手から引き出される情報を分析した上で、赤髪は敗因を述べた。
「有無を言わさず強制的に命令することもできるんだろ?」
「全然余裕で出来ますねー」
「なんでしなかった?」
「今回ばかりは禁じ手で使えませんよ。だって魔剣の使い手にはサンプルとして自我が必要。憎悪や復讐心を最大限に活かし、かつ出力と黒化が何パーセント出るかが今回の肝で要ですからね」
「実験途中の魔剣を使う面では最高の舞台だったわけか。素質ある使い手と見込んで魔剣を渡したわけだからな」
「そうですそうです。自我を無くしてまで反逆勇者にぶつける必要は皆無です。今回は素質ある人間のサンプルデータが重要ですからね」
「お前の事だからデータ云々は抜きにして反逆勇者の底を測ると思ったがな」
「いやいや、あたしはそこまでしませんって。分別はわきまえていますよ。サンプルを台無しにはできないじゃないですか」
「どうだかな」
「信用ないなー」
「結果だけ教えられたこっちの身を思えば、信用されてなくて当然だろッ」
「あははははははっ。確かに」
「ホントお前は小悪魔だよ。で、お前の想定していた内容と異なっていたんだろ?」
「ですねー。魔剣の影響を受けた黒化は憎悪と復讐心が高い状態で右腕辺りで止まってました。アレが全身まで広がっていたら苦戦を強いられたのは反逆勇者の方でしょうね。謎の力を使える反逆勇者の攻撃力は影響下を受けた状態では力を半分またはソレ以下しか発揮できないみたいですしね。実験途中の魔剣でトドメをさせれば棚牡丹くらいの気持ちでしたが……反逆勇者をなめていたのかなー。棚から牡丹餅で反逆勇者に与えられる特効武器は得られたわけですけどねー。んーなめていたわけではないんですけどねー。ここまで戦い難い相手は初めてですよー。伊達ではない。侯爵の孫と一緒の共倒れを狙ったんですけどねー。台無しかー。まぁーいいです。誰かに激しく叱責されるわけでも恥辱を与えられるわけでもありませんし」
「お前にそこまで言わせる反逆勇者に興味が尽きないな。てか叱責されないって言ってるけど、魔剣1本損失してるからなッ!どう言われるかわかったもんじゃねーぞッ!」
「フッ。王女なら『何をやっているのかしら、このクズ!マヌケなの?無能と呼ばれたいのかしら?呼んで欲しいなら呼んであげるわよ』って言いそうですねー」
「おいおい。声真似すんなよ」
「やがてその怒りが頂点に達したら死刑もしくは徹底的に無視されるがまま何も与えられず永久放置かなー。機嫌次第では王女自らの頭グリグリ。あの華奢な足に踏まれる快感はマゾニストにしか共感できないものがありますねー」
「おいおいッ!お前どういう趣味してんだよッ!」
「趣味云々の話はしてませんよ?決してあたしはマゾではありませんよ」
「まじかッッ⁉︎」
「マジです」
「……」
「あたしとしては生温い。相手が何よりも辛い地獄にしてこそ――『もう知らないわ!勝手にすれば?――わたくし怒ってるのよ。プンプンだぞっ!』というのも実にありですね」
「お前さっきから何1人語りしちゃってるわけッ!王女様で何妄想してんだよッ!王女様がプンプンだぞっ!ってホントに言ってみろッ。ゼッテー背筋ゾクゾクして、その夜眠れねーぞッ!」
「フッ。言われてみたいでしょ?」
「それとこれとは別だッ!そもそもそういう話じゃねーだろッ!」
「自分に正直が一番ですよ?」
「自分に正直で否定して言ってんだよッ!」
「くだらないなー」
「お前のその内容そのものがくだらないからなッ!」
「考えてみてください。あたしが反逆勇者と接触して失敗したと知ったら――『今回は残念だったわね。貴女に任せ過ぎたわたくしの責任ね。期待したのが悪かったわ。次回は結果の伴った喜ばしい報告を期待するわ。頑張りなさい』なんて言われたりして」
「おまっ……それこそ赤髪にとってはただ最高なご褒美じゃね?」
「あはははははっ。あたしは特殊な性癖は持ち合わせてませんよ」
「特殊どころか異次元レベルの性癖してんだろッ!お前寄りに百歩譲って性癖関係ないとしてだ。お前1人で妄想膨らませ過ぎんだろッ!マゾって発言は忘れてねーからなッ!」
「変な事言わないでくださいよ?怒っちゃうぞ?」
「ゾワゾワする〜。なにお前……怒っちゃうぞって変な事言ってんの赤髪の方だろ……‼︎」
「すみません。つい勢いで、テヘッ♪」
「テヘッじゃねーからッ!」
「やっぱりツッコミ担当は君に決めたッ!」
「なにポケットでマスター目指してる少年っぽい台詞を可愛い顔で言ってんだよッ!可愛すぎんだろッ!」
「5歳児チョロい♪」
「チョロくねーしッ!今の発言はわざとついたウソだからなッ!騙されてやんのッ!」
「本心から出た真の言葉に聞こえたんですけど、嘘かーあたし悲しいなー本当に……本当の本当に違いました?」
「ウルッとした目で言うなッ!くっそーーーーッ!本当は嘘じゃねー本心だッ!」
「チョロい5歳児♪」
「くっそーーーーッ‼︎」
「HPゲージ赤になったぽいし、どれにしようかなー。決めたッ!マスターボール使うんで、ツッコミ担当確定ですよ?」
「HPゲージ赤にする必要性を感じないッ!てか俺のHPを削る意味なくねーーーッ!」
「ツッコミ担当は君に決めたッッ!」
「うぉーーーーッ!ってオレはなにやらされてんだよッッ‼︎」
「てことで、話を戻しましょう」
「どんだけ切り替え早いんだよッ!切り替えるにしても早すぎんだろッ!」
「時は金なりですよ?」
「……どの口が言ってんだッ!時は金なりってどの口が言ってんだかッ!」
「フッ」
「吹くんじゃねー」
「リコーダーは吹いてませんよ?」
「もういいからッ!本題を話してくれッッ‼︎俺の負けだーーーッッ‼︎」
「勝った!」
「勝ち誇った顔すんなッ!ホントお前って小悪魔だよッ!」
「それは褒め言葉と受け取っておきますね。では本題に移ります。今回のサンプルデータを研究所に送っておいてください。追記で素質ある者のサンプル選出に殺したくてたまらない殺刃衝動を持つ者から人でなしの暗い淀みがある者を厳選するよう記載しておいてくれますか」
「了解」
「制限は今回同様外した状態で行ってください」
「お前は侯爵の孫に悪影響はあるって言いながら制限外してたんだろ。ホント外道だな」
「じゃー聞きますけど、黒化を手懐けられる早い方法が他にありますか?」
「いいや、ない」
「出力を大幅に上げるために制限の有無は左右されます。使用者がどうなろうとどうでもいいじゃないですか。手懐ける人材の確保が最優先。反逆勇者対策に必須な魔剣の完成もです。腐っても利用できる者はなんでも利用する。人や奴隷も亜人も王族貴族皆一緒の枠組みですよ。あたしは外道。やってることは悪。あたし達は正義の味方ではないんですよ?」
「そうだな。赤髪もオレも同じだッ。つくづくオレの転生先は悪側過ぎんだろッ。ハッ。やってやるよッ!」
「その意気です。では頼みますよ」
「了解」
赤髪は通信魔術を終了して行動を開始する。
……
…………
………………
ユーリが侯爵家の宝珠を介してファミリア王国内にテンデ・ダーメンの件を含めた報せを終了した頃――
(よりにもよって宝珠を使ってきますか。これで国内の目がユーリやダーメン侯爵領に向いてしまった。ここで注目が集まったユーリを始末するのは愚の骨頂。反逆勇者が他にどんな策を講じているか……。不明な点が多いと俄然期待度が高くワクワクドキドキしますねー。でも逸る気持ちは抑えましょう。石橋を叩いて渡るまでは愚かな事はしませんよ。それに……)
赤髪はポケットからあるものを取り出す。それは桐生静のいた世界の現代人であれば誰もが持つスマートフォンに似ている。ただ違う点は画面に表示されているものがドッド絵の地図であり、そこに一点の赤い丸印がピコンピコンと点滅していること。それ以外他にない。
(反逆勇者は敢えて魔の大森林の件を公に発表したのでしょう。これで同じ手は使えなくなった。封じられてしまいましたね。他の貴族連中に話を持って行って了承する貴族は1人としていないでしょうねー。1000の兵士が一夜で消えた危険地帯に手勢を率いて向かう。または同数送り込む馬鹿は出てこない。反逆勇者やってくれましたねッ。ですが事態は動き出してしまった。あたしの個人的な時間はないに等しい。今は事態沈静化に向けて関係各所を回ることが先決です。ただあたしは黙って戻る気は毛頭ありません。仕掛けは既にしてあります。反逆勇者しいては侯爵領には消えてもらいましょう。これは決定事項です。では反逆勇者の活躍に期待しながら――戻るとしますか)
赤髪は不敵に笑みを浮かべて、侯爵領の墓地から姿を消し、次なる行動へ移る。
「「「ここ掘れワンワン。ここ掘れワンワン」」」
あとに残されたテンデ・ダーメン侯爵の護衛3人組は自我を失った状態で決められた言葉を発し続け、せっせと赤髪の命令に忠実に従い動き続けるのであった。
☆☆☆☆☆
ベースキャンプに帰り着く頃には陽は落ちる手前だった。
俺の姿を発見した全員が着地地点に駆け寄ってくる。
「桐生くんっ」
「セイ様」
「セイさぁーん」
「ガゥガーゥ」
「ブロロロロロロ」
「ブロロロロロロ」×50
「……ン」
白石さん達を始めとした面々から迎えられて、「ただいま」と応える。
「桐生くん、おかえり」
「セイ様、ご無事で何よりです」
「セイさん、セイさんが帰ってくるまでの間いーっぱいお手伝いしましたよぉー」
「ガウ」
「ブロロロロロロ」
「……ン」
ヨゾラが飛びかかってきて受け止める。もふもふの毛皮に包まれて癒されつつ、アクセルが体当たりしてくるので片手で受け止めながら立派な角を撫でてやる。カゼマルが負けないぞと言わんばかりに足元からシューッと駆け上って、定位置の肩に。ひんやりした感触が頬に当たってなんとも気持ちいい。
ああ。これだけで1日の疲れが癒されるというものだ。
俺はほんのひと時の休息を取り、白石さん達に本日の出来事を話していたら猫人族がソワソワして待っている姿を視界に入れてハッと思い出す。
下着や服といった生活必需品を購入していたのをついついヨゾラ達から癒されたいがために頭の片隅に追いやっていた。
「色々と購入してきたものがある。本格的な買い物は明日する予定だが大半の面々には行き渡るはずだ」
そう伝え、次元収納腕輪から本日購入したものを全て出して配給する。
猫人族が、
「やったにゃー」
「下着があるにゃー」
「奴隷服とおさらばにゃー」
「清潔感のある下着ばっかりにゃー」
「生活魔法かけても奴隷下着は履きたくないにゃー」
「気持ち的にないにゃー。でも今日から違うにゃー」
「服はシンプルだにゃー」
「大人なパンティーがあるにゃー!」
「すごいにゃー!」
「大人な世界観にゃー!」
「イチゴ柄の下着があるにゃー」
「こっちにはシマウマ柄のパンツがあるにゃー」
「黒の下着がセクシーにゃー」
「セイ様の好みかにゃー?」
「どうかにゃー?」
「違うかにゃー」
「わかんないにゃー」
「子供用のパンツもあるにゃー」
「クマのパンツにゃー」
「喜びそうなパンツにゃー」
「ちびっ子に後で渡すにゃー」
「カラフルな色の服もあるにゃー」
「大人な服もあるにゃー」
「いっぱい買ってきてくれてるにゃー」
「これで解体がもっと頑張れるにゃー」
「そうだにゃー」
「セイ様ありがとうにゃー」
猫人族からお礼を言われた。
「いいや皆のおかげで購入できた部分が大きい。こちらこそありがとう。本当に助かった。まだまだ慣れない部分はあるだろう。必要なものが他にもあった場合はいつでも教えてくれ。すぐに調達する」
「ありがとうにゃー。今後も解体頑張るにゃー」
「ああ。よろしく頼む。冒険者組合の受付嬢が皆のことをかなり褒めていたぞ。なんでも解体がとても良いそうだ。その分、入ってくる納品代が他と比べて高いようだ。今後も無理のない範囲で解体を頼むな」
「やったにゃー!」
「受付嬢が褒めたにゃー!」
「すごいことにゃー!」
「誰にも褒められなかったのがウソみたいにゃー!」
「すごく嬉しいにゃー!」
「納品代が高いのはいいことにゃー!」
「その為にももっと腕を磨くにゃー!」
「頑張って生活をより豊かにするにゃー!」
「えいえいおーにゃー!」
「えいえいおーにゃー!」×50
「ははっ。凄い気合いだな。じゃー今後もよろしく頼む」
その後、ハッちゃんに美味しい食材を全て渡して今後の料理に使ってもらうことに。購入した食材どれもが当たりだったらしく、料理のし甲斐があるとハッちゃんはやる気になる。既に夕食は作り終わっていたようだが一品。否、二品新たに増えたのは嬉しい話である。
夕食を取りながらオロと本日起こった出来事を共有して明日に備える。隣に聞いていた白石さんは「桐生くんは外でも規格外なことしてたんだね」とジト目で言われたが好き好んでしたわけではない。結論俺に非はない。ということにしておく。
ナナセはテンデ・ダーメンの件を聞けば少なからず衝撃を受けるかと思ったが――全くのノーダメージであった。侯爵が消えたことで完全に奴隷の過去から決別できた様子だ。女性は強いと聞くが確かに過去を振り返らない。未来だけを見つめて前を進む強さはある。そうしみじみ思う。
☆☆☆☆☆
その夜、温泉に浸かる3人組。白石・オロ・ナナセは内密に話し合う。
「桐生くんってイチゴ柄のパンツが好きなのかなっ?」
「否定できませぬな。イチゴ柄に留まらずシマウマ柄の下着もありましたからな」
「大人のお姉さんが履きそうなパンティーもありましたよぉー。セクシーですぅー」
「桐生くんの趣味が分からないよッ。ブラのサイズも多種多様で大きいのが好きなのかッ。小さいのが好みなのかッ。全然範囲絞れなさすぎるよッ」
「ぐぬぬ。色々とありすぎて、どれが正解なのか。わたくしめには見当もつきませぬ。大きめの胸をご所望ならわたくしめの出る幕はありませんな」
「意外とシンプルな下着かもですよぉー?大きさは関係ないですぅー。えっへん(胸強調)」
「ナナセさん悪意あるよねッ(泣)」
「右に同じく悪意を感じましたぞッ(泣)」
「悪意はないですよぉ〜。人それぞれ個性があっていい。それでいいじゃないですかぁー。シンプルイズベストってセイさんが先程教えてくれましたぁー」
「うんうん。シンプルイズベストって今回の件に該当しなさそうな気はするけど、シンプルなデザイン多かったよねッ」
「シンプルなデザインと言えば、子供用のパンツはクマさんだらけでしたな?」
「クマがいっぱぁーい」
「子供用はさすがにないと思うんだけどなー。さすがに……ないよね?」
「セイ様は子供に美味しそうな食べ物を渡していた姿を先程見受けられましたぞ?アレは内密に購入した貢物では?」
「セイさんは子供好きぃーですぅー?」
「子供が好きなのかどうかはわかんないよーッ。桐生くんがロリコンかの判別はつかないしーッ」
「やはりわかりませぬな。セイ様の下着選びに他意はない可能性もありますからな」
「セイさんはエロくないですよぉ〜」
「だよねッ。女性に頓着してないイメージがあるんだよねッ。下着はこだわりなくパッと買ったパターンさえある気もしてくるよッ」
「ずばり答えは迷宮入りですな。ハハハハハッ。セイ様は全く読めないお人だッ。ここまで来たら天晴れですぞッ。恐れ入りました。セイ様ーッ」
「オロさぁーん。変な世界から戻って来てくださぁーいッ。オロさんがおかしくなったですぅー(汗)」
「そうなっても不思議じゃないよねッ。桐生くんは誰にも推し量れないってことだもんッ。とりあえずイチゴ柄の下着選んだけど、桐生くんの好みかは解らず終いだよーッ」
「当たって砕けろでぇーす!」
「当たって砕けちゃダメでしょッ!」
桐生静のいない場所に彼の話あり。
その頃の彼はクシャミをしたとかしなかったとか、また別の話である。
今宵の月は三色共にとても綺麗であった。




