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33. 桐生静の知らぬ場所に赤髪の影あり

 ベースキャンプを離れて留守にする俺は出発する前にヨゾラ達に言い聞かせる。

「ヨゾラ」

「ガウ」

「ベースキャンプの外から近づくモノはなんであろうと入れるな。敵意を持つモノなら始末していい」

「ガゥガーゥ!」

「いい心がけだ」

 ヨゾラの頭を撫でる。

 気持ちいい触り心地だ。

「アクセル」

「ブロロロロロロ」

「アクセルは爆発的な加速が切り札だ。仲間と連携した活躍が期待できる。巡回は頼んだぞ」

「ブロロロロロロ!」

 アクセルの仲間達も「ブロロロロロロ!」気合を入れる。

「カゼマル」

「……ン?」

 カゼマルは俺の声に反応する言葉を覚えた。昨日まではフルフル身体を震わせての無言でアイコンタクトだけで語り合っていたが言葉を学習する知能を持っていた。これには驚いた。

「カゼマルは疾風の如く俊敏な動きで敵を翻弄することも敵に気づかせずに仕留めることも仲間に即連絡する速さも持ち合わせている。カゼマルのみで対処できない場合はヨゾラやアクセルにすぐ連絡。連絡できない場合はオロに知らせること。いいな?」

「……ン」

 カゼマルは頷いた。

 優しく撫でると冷たくて柔らかい。モミモミ触ると弾力のある触り心地だ。

「俺の留守にここまで到達出来る輩はいないと言える。だが100%ではない。必ず到達出来ないと断言できない以上は油断せずに力を合わせて、ベースキャンプにいる皆を頼んだぞ」

「ガゥガーゥ!」

「ブロロロロロロ!」

「ブロロロロロロ!」×50

「……ン!」

 ヨゾラ達が納得し、

「散」

 告げれば、自分の役目を果たすべく行動を開始する。

「カッコイイねっ!」

「素晴らしいですな」

「すごいですぅー!」

 白石さん達が近寄って来る。

「3人とも少しの間任せる」

「桐生くん、私は私で頑張るから君は君にしか出来ないことを頑張ってきてねっ」

「わたくしめがセイ様の代わりにヨゾラ殿達と共にこの場を守り抜きます。後方の憂いありませぬ。心配せずにセイ様が行動方針を果たしてくだされ」

「セイさん、わたしに任せてくださぁーい。セイさんが帰る時まで、みなさんのお手伝いを頑張りますぅー」

「行ってくる」

 ふわっと地面から浮き、風の精霊達と一緒に飛ぶ。

「桐生くん、いってらっしゃいっ」

「セイ様、ご武運を」

「セイさん、いってらっしゃいですぅー」

 ベースキャンプを見渡せば、誰も彼もが手を振って見送る。俺は軽く手を挙げて、ソレに応えると魔の大森林の上空を一直線に飛んだ。




 途中から魔物狩りをしつつ、ダーメン侯爵領目指して自分の足で歩く。

 わんさかわんさかと魔物が俺を狙って襲いかかってくるから全て返り討ちにして空輸する。

 ゴブリンやホブゴブリンは燃やす。魔石だけは空輸するんだが。

 ヨゾラ達のような力がある上に魔物の中で仲間としての合格ラインを与えられる魔物は今の所いない。仲間になるか?と試しに戦闘を行う前に意思の疎通を試みたがそう簡単な話ではなかった。俺を餌としか認識しない魔物はどこまで行っても理解し合えない。俺の事を敵わない存在と認識した賢い魔物であろうと仲間になるか?は戦々恐々の様子で、手と手を取り合えるはずがないと決めつけ、その言葉を信じきれずに拒絶する。『いいえ』を連発する魔物が続出した。瞳の中に怯えを持つ魔物は此方から願い下げだ。大多数の魔物狩りを進めていくうちに遭遇する魔物の方から逃げて行くようになる。とりあえず仲間の血肉となってもらおう。

 全ての魔物は余すことなく空輸ベースに空輸した。

 魔の大森林から開けた草原に出る前に魔道具で偽りの自分(仮初めの面)になる。




 ☆☆☆☆☆




 ダーメン侯爵家に赤髪の名無しが訪問する。

 テンデ・ダーメンの件で大慌ての騒動を繰り広げる侯爵家の家族は訪問を拒絶する。「そう言わずにお願いしますよ〜」と名無しは扉の前から一歩たりとも動かず引き返す気は微塵もない。

 満面の笑みを浮かべる名無しに対して、恐怖を覚えるテンデ・ダーメンの子供夫婦達はたじろぎ、ただ1人だけが違った。

 テンデ・ダーメンの孫にあたるユーリその人である。ダーメン侯爵家の中で唯一貴族の生活に甘えず自分の意思で反対を押し切り騎士の試験を受け、ファミリア王国を支える騎士の1人となった経緯がある。貴族にして貴族にあらず、異端の存在である。

「どういったご用件でしょうか?」

 面と向かって応対するユーリ。

 ユーリの瞳の奥には疑心がある。

 反逆勇者の彼――桐生静の警告が頭の中で警鐘を鳴らす。

 反逆勇者の警告が真実であれ嘘であれ、警告した存在が目の前に現れた以上は自分の目で口で確かめざる得ない。

「テンデ・ダーメン様はご在宅でしょうか?」

 ニコニコ顔が如何にも怪しい。

 そうユーリは思うが顔には出さない。

「今は不在です。本日は多忙を極めるため、お引取りを願えますか?」

「あれ?テンデ様は本日は一日中いると伺って訪問したのですが……急な予定が入られたのですかね?」

「伺って訪問したと言われましたがお祖父様とは何用で伺われたかの理由を求めていいですか」

「それはテンデ様との2人だけの機密事項になりますので、お答えするわけにはいきません。急な予定が入られたのですか?こちらの質問に答えてください」

「申し訳ない。そちらが応える気がないのならお答えする必要はありません。出直してください」

 ユーリは扉の取っ手を掴み、閉めようとする。しかし名無しの足が邪魔をして閉める事は不可能。

「何を考え――」

「テンデ・ダーメン様は殺されたのではないですか?」

 名無しは見透かすような眼差しをユーリに向け、

「……‼︎」

 確かな手応えを感じ取る。

(反逆勇者は予想通り来てましたか。侮れませんね。先手を取って然るべき相手と認めましょう)

「あなたのお名前はテンデ様からよーく聞き及んでます。ユーリ様ですよね?」

「どうして、ボクの名を――」

「あたしはなんでも知ってます。ユーリ様の秘密はテンデ様から直に打ち明けられて聞き及んでます。お互いに信用された仲です」

「秘密だとッ!お祖父様が軽はずみでそのような戯言を言うかッ!」

「テンデ様が誰に殺されたか当てて挙げましょうか?」

「何を馬鹿げた――」

「反逆勇者」

「――‼︎」

(反逆勇者が犯行に及んだと彼女は知っている。目撃した存在がいたのは朗報ですね。こちらにとっては有益な情報源。有難い)

「当たっていたようですね。他にもユーリ様が所属する部隊や他の部隊が大部隊となって真夜中行軍した事やユーリ様だけが帰還した後に起こった悲劇の一部始終を知っています」

 その発言を受けて、ユーリは焦りを募らせる。表情には出さないが今現在ユーリの仲間が帰還した報告は未だにない。悲劇と聞けば、つい聞き入りそうになるがユーリの自制は確固たるもの。

「何を戯けたことを――」

「ユーリ様はソレら全てを知りたくはないですか?」

 タイミングよくピンポイントにユーリの耳元で囁く名無しは第三者が見たら悪魔の形相であると思ったであろう。少し離れた位置から様子を窺う子供夫婦達は皆恐ろしいものを目撃して、背筋を震わせて奥へ逃げたのはテンデ・ダーメンの血を色濃く受け継いでいる証明と言えよう。

 ユーリの頭の中では警鐘が鳴り続ける。反逆勇者の警告と名無しの誘惑が天秤となって、反逆勇者へと傾いていたものが同じ平行線に戻り、再びどちらかに傾こうとする。

 グラグラと揺れるユーリへ追い討ち。

「あの厳しくも優しかった総隊長や厳しい鍛錬をものともしない剛勇の副総隊長がどうなったのか気になりませんか?あの場で反逆勇者が何を成したのか?知りたくはありませんか?」

 悪魔の囁き。

 警鐘が鳴り続ける――が答えは出た。

 グラグラと揺れるユーリの天秤が完全に傾き、名無しの誘惑に負ける。

「お聞きしましょう。中へお入りください」

 扉の取ってから手を離して、ユーリは招かれざる客――名無しを迎い入れる。名無しの表情はウキウキで、新たな遊び道具を見つけて堪らないと書かれている。

(さてアレの使い手は彼女に決めた)

 案内された客室には平凡な見た目のお年寄りが1人いるだけで、他にはユーリと名無しの2人のみである。

 お年寄りの執事がティーカップに紅茶を注ぎ、お互いが手に取れる最善な距離に音を立てずにスッと置く。

 執事然としたお年寄りは誰がどの角度から見てもセバスチャンと呼べる風格を持ち合わせた人物である。

「ユーリ様には先に謝っておきます。テンデ様に助言したのはあたしなのです」

「というと?」

「反逆勇者が魔の大森林にいる。反逆勇者を捕縛すれば、賞金額の全てを手にすることができる。そう進言したことで、テンデ様は動いた。孫のユーリ様には申し訳ない。このとおり――」

 名無しは地面に両手をつけて、床に思いっきり頭を擦り付けて土下座する。

「「‼︎」」

 ユーリとお年寄りは誠心誠意の謝罪に対して驚愕する。

 この突拍子な行動で、2人の閉ざされた心がゆっくりとこじ開けて開く音が名無しには聞こえた。

「あなたのせいではありません。顔を上げてください」

「……いいのですか?」

「あなたはただ進言しただけではないですか。お祖父様がソレを聞き行動したのはお祖父様自身の判断。あなたが悪いわけではない」

「……ありがとうございます」

 名無しは顔を上げて、再び2人は驚いた。なぜなら両目から涙をポロポロと流していたからだ。

 ここまで涙を流す人物に悪人はいない。そう判断せざるを得ない2人は閉ざした心を完全に開いた。

(チョロい♪)

 名無しは内心高笑いする。

「早速ユーリ様にはあの後に起こった悲劇を含めた反逆勇者がどれだけ残虐で酷い悪業たる人間かを知ってもらいましょう」

 スッと立ち上がり、ユーリの真横に座る。この一連の流れは自然で違和感はない。名無しは躊躇なくユーリの頭に触れる。

「お願いします」

 確固たる意志を持つユーリ。

(チェックメイト♪)

「接続」



 数分後。



 目を開けたユーリに確固たる意志は微塵も残ってない。感じ取る事もできない。

 あるのは憎悪と復讐心のみ。

「お祖父様だけでなく総隊長や副総隊長や仲間達までもッ!許せないッ。ボクを謀ったなッ!反逆勇者ッ!反逆勇者だけは許せないッ!許すわけにはいかないッ!」

「そうですそうです」

 拍手する名無しは訪問した際から持っていた縦長の白い箱を机に置き、中身を取り出す。

「そんなユーリ様に朗報です」

「なんですか?」

「まだ試作段階のものになりますが――きっとユーリ様の敵討ちのお役に立つであろうモノを持って来てまして」

 取り出した中身は禍々しい長剣。

 見た目だけでソレが普通の長剣ではないことが解る。

 お年寄りは警戒心を感じるがユーリが何も物申さない以上、出しゃばるわけにもいかない。ただ静かに様子を窺う。

「コレを使えば、反逆勇者に復讐できますかッ!お祖父様の敵討ちが取れますかッ!」

「はい。ユーリ様の復讐に十分なお役立てできます。実験途中でまだまだ改良の余地は残ってるんですが――ユーリ様の憎悪と復讐心が高ければ高いほど、この魔剣は力を発揮するでしょう」

「それは素晴らしいッッ‼︎」

 ユーリが名無しから魔剣を受け取ろうとする手前で――

「ユーリ様!失礼を承知で愚考いたします!ソレは自分自身に対しても悪影響を及ぼすような代物に見えます!どうかお考え直し下さい」

 お年寄りが待ったをかける。

「ラットム。その愚考を聞いた上で告げる。考え直す必要はない。この魔剣でなら復讐が果たせるのだッ!従者は従者らしく、主人であるボクに従えッ!」

「しかし……‼︎」

「すみません。従者の方が心配するのは重々承知ですが魔剣には使い手に悪影響を及ぼす場合は必ずではないにしろ、確かにあります。悪影響と言ってもそこまで酷い状態ではありません。影響を受けた場合は治せる範囲内で強制的に止まりますので、治癒師や神官に頼るのをオススメします」

「……」

「信じれませんか?困ったなー。従者の方が信じれないというなら――この話はなかったことに」

「――ラットムッ!ボクを信じろッ!ここまで言ってくれているのに信じないとは従者として失格だと思わないのかッ⁉︎」

 激昂するユーリ。

 お年寄りことラットムは今までに一度足りとも見たことのないユーリの姿に困惑を隠せない。

「ユーリ様!従者として主人を信じられずに申し訳ありません。自分が間違っていました。どうか寛大なお心で再考の――」

「従者の方はこう言っていますし、ユーリ様は許されてはいかがですか?」

「そうですね。ラットム、許す。二度目はないと思えッ」

「――‼︎……ははっ!ユーリ様の寛大なお心に感謝致します。ですが、一つだけ言わせて下さい」

「なんだッ!」

「ユーリ様の復讐を磐石なものにするために自分も話し合いに混ぜて下さいますか?ユーリ様の身を案じる者の1人として、その復讐に一枚噛ませて下さい」

「……」

 虚ろな目をするユーリに只ならぬ不安を巡らせるラットム。従者としての覚悟が名無しには不必要であった。だがしかし、ラットムの平凡な見た目に反して底知れぬモノを感じるのもまた事実。下手にこの場で事を荒立てるのは得策ではない。今後に支障を来すのは自分にとって利はないと名無しは瞬時に判断する。名無しは「いいのではないですか?ユーリ様」と不満を内に留めて答える。

「分かりました。ラットムも一緒に反逆勇者への復讐を考えてくれますか?」

「ありがとうございます」

 その後、名無しの話す内容にユーリの身に危険が生じないかをラットムは吟味しつつ、ユーリの安全面を重視した復讐へと方針を固めるのであった。

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