29. エピローグ 夜明け
ベースキャンプに帰還する頃には微かに残った黒い感情は全て霧散していた。それにより闇精霊は新たな出会いを求めて立ち去った。
まだまだ夜明けには早い。だというのにオロ爺は俺が戻るのを律儀に待っていてくれた。エルフ一同集合してだ。
「オロ爺待たせたな」
地面にフワッと着地する。
「ご無事でなりよりですな」
オロ爺は俺の手を取り、冷めきった手を両手で包み温めてくれる。
人の温もりを感じる。オロ爺の体温は高いのだろう。ポカポカして温かい。
「セイ様は1000人を相手にして1人で勝利を収めたという認識で相違ありませんかな?」
勝利と呼べるかは疑問だが――。
「間違いない」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎」」」」」
エルフ一同万歳して喜びを分かち合う。
「セイ様、あなたはやはり……言い伝え通りのお方ですな」
オロ爺が涙を流す。
「言い伝えとは何の話だ?」
「わたくしめは言い伝えを信じて、ファミリア王国に奴隷として潜入していたのです」
唐突にも程がある。
荒唐無稽な話だ。
「潜入していた?」
「はい。わざと奴隷となっていたのです。あなたという存在が来る日を待ちわびて……。たった数日でしたが人生の中で濃い経験をしましたな。もう二度と経験はしたくありませんぞ」
「オロ爺……あんたは何者なんだ?魔力纏を教えてもらった際に奴隷にしては普通じゃないとは思っていた。奴隷解放した時もだ。数日という答えで合点がいったが。あんただけが怪我をしてなかった。身なりの汚れもだ。あえて聞かなかった。その答えを聞かせてくれるんだな?」
「はい。まずはセイ様に秘密にしていた事をお詫びします。わたくしめの名はオロで間違いありませんが一つだけ訂正があります」
「詫びはいい。なんだ?」
「わたくしめはオロ『爺』ではありません。この姿は仮初めの姿。実在する曾祖父さまのお姿です。本当のわたくしめの姿をやっとお見せすることができます」
オロ爺改めオロは老人の姿から本来の姿に戻る。
全身を覆う霧が発生したかと思えば、霧が晴れる。そこにはロングストレートの金髪の10代後半――俺と同じくらいの年齢だろう――女性がいた。肌はヨボヨボの爺さんだった頃とは違い、真っ白い。白雪の如くだ。
美少女と化したオロは翡翠の瞳で俺を見据える。
「オロは女性だったのか」
「その通りでございます。しかしセイ様は本来の姿のわたくしめをご覧になって、あまりビックリされませんな?」
「いや少なからず驚いているとも」
「そうでしたか。あまりに表情に驚きが表れませんでしたので、そこまでのインパクトはなかったのかと思い至りましたが違って何よりですな」
「わたくしめと最初から言ってたが老人の姿で言うのと違う印象だな。今その言葉を聞くと違和感はないな」
「ハハハハハッ。老人の姿でも意外と通るものですぞ?わたくしめと普段から口にするもので、誰もがそんなもんかと疑いもせずにスルーするのは意外と面白く堪りませんでしたぞ!」
「オロ爺いやオロらしいな。で、話を戻すが言い伝えとはなんだ?」
「そうでしたなそうでしたな。話が逸れてしまいました。わたくしめの故郷には500年前に残された言い伝えがあるのです」
「500年前の言い伝えだ、と?」
余りにも大昔の言い伝えではなかろうか。その話はどんな話なのか、興味が湧く。
「この世界には500年前の時代。精霊王が住まい、精霊信仰が盛んな国々が多かったのです。しかし精霊王は理由は漠然として不明ですが彼の地に旅立ち、精霊信仰は徐々に廃れました。今では精霊を目にする事が出来るのはエルフのみとなり、目にする事はできようと会話はもちろん意思の疎通すら取れません。エルフ以外は目にする事も精霊と話し合う事もできない上に精霊の力を行使する者は今この世界には1人とていませんのです。エルフの故郷の言い伝えにはこういう話があります。『精霊王の秩序無き時代。精霊を忘れ去り、国々が秩序のない混沌極めく時代になった暁には人間の国は奴隷制度を用いるだろう。奴隷には様々な種族が人間の手で奴隷とされるだろう。精霊から愛される者が消え去った時、魔物は活発化を始めて人間の国々を襲い始めるだろう。人間の国同士が争い始めた時、世界の均衡は破れるだろう。世界の混沌はやがて破滅に至るだろう。世界が終焉に向かうのは時間の問題だろう。精暦1500年1の月11の日。ファミリア王国という実力至上主義の人間国に精霊に愛される者が訪れるだろう。その者の元へ集え。その者が世界の秩序を守るであろう。忘れるな。世界は既に動き始めている』以上になります」
「……500年前の言い伝えを信じて、オロはファミリア王国に来たのは理解した」
「はい。わたくしめの場合は精霊に愛される者とお会いするのが目的でしたが早く会いたいがために先走って行動した挙句、奴隷商に捕まった上に奴隷となってしまった仲間達の解放もその中には入っていたのです。両方ともセイ様の行動のおかげで叶う事ができました。再度お礼を言わせてください。ありがとうございます」
オロは深く頭を下げる。後ろに控えたエルフ一同もまた「ありがとうございます」頭を下げた。
「先走った点についてはどうかと思うぞ?日付が決まりきっていたのなら、その日に動けばよかったものをどうして早い段階から動いたんだ?」
「それは単純です。1日でもズレて精霊に愛される者とすれ違ってはいけない。迅る気持ちがわたくしめを含めた全員をそうさせたのです。誰もが言い伝えを信じているわけではありません。わたくしめ達は言い伝えを信じて行動する精霊信仰派です。故郷にはソレとは別に精霊信仰否定派や言い伝えすらも否定する者達が多くいるのです。過激思想派の動きが日に日に増していたのもあり、早い段階から動く必要があったのですぞ」
エルフでも一枚岩ではない、か。
「なるほどな。過激思想派という物騒な連中も居れば、否定派もいる。確かに500年も大昔の言い伝えを信じてのこのこやって来て、奴隷として捕まったらどうしようもない。論外だ。話にならないよな」
「セイ様のおっしゃる通り。面目無いですな。しかし信じたが故にセイ様にお会いする事が出来ました。セイ様が言い伝え通りの方と最初お会いした際に確信を得る事はできましたが信じるに足る相応しい人物かどうかを見極める時間が必要でした。申し訳ありません」
「気にするな。前にも話したが全てを信じるな。疑え。ナナセにも言ったが最初っから信じて全てを打ち明けるのは愚の骨頂だ。誰しも一つや二つ秘密を抱えているものだ。ソレを話していい。そう思える相手なら打ち明ければいい。それだけの話だ」
「セイ様。あなたと一緒に過ごした短い時間は掛け替えのない時間となりました。改めて言わせてくだされ。わたくしめは今後もセイ様の進む道について行くことをお許しください」
「ああ。許可する」
「我ら150名一同も同じく総意にございまする。オロ様と共にセイ様が歩まれる道を間近で拝見しながらついていきまする」
「オロといい、エルフの精霊信仰派の考えは皆一緒か。なら共に来い。どんな景色を見せられるかは俺にも未来は未知数だ。だが信じてついて来てくれる以上、良い景色を特等席で見せてやる。まだまだ俺はこの世界では不束者だ。だから一緒にこれからよろしく頼むな。オロ。そしてエルフの皆」
「はい。わたくしめはもちろん信じておりますぞ。少しでもセイ様の役に立てるように頑張って行きます。こちらこそ、よろしくお願いしますな」
「我ら一同今日より本格的に動き回りまするので、是非よろしくお願いしまする」
オロを始めとしたエルフ一同が膝をつき、頭を下げる姿はとても美しかった。
夜明けが開けようとしている。
二つの太陽が顔を出して昇り始める。
「動き回るならオロや皆も一緒に肉体改造に励むとしようか。まず最初に全員がどこまでやれるか試したい。いいか?」
「承知しました。全力でやらせていただきましょうぞ!皆もよいな?」
「我ら一同ついてまいりまする!」
3日目の朝はもちろん筋トレから始まるのであった。