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2話 桐生静は、ただ静かに奴隷を助ける

 風の精霊の力を借り、無事に王城から脱出することができた。

「すごいな」

 王城の外は中世のような街並みだった。

 王都とあって人々の賑わいがあっちこっちから聞こえる。

 ただ賑わいがある場所には薄汚れた格好をした亜人やエルフといったファンタジーで定番な種族がいる。皆が皆、どこか諦めきったような虚ろな目をして、覇気がない。非道な暴力を受けた痕跡や首には頑丈な首輪が目立つ。食事がろくに行えていないのか、顔や体は細く痩せている。

 精霊たちから聞いてた通り、この国では奴隷制度がまかり通っているようだ。

 身なりが奴隷かそうでないかで、あからさまに違うことに異様を感じる。

 今も道端で肥満の大男が兎耳の亜人の子に手を挙げ、

「このたわけがぁ!ご主人様の言うことがきけんのかぁ!」

「やっ、やめてぇー!」

「やめてとしか言えんのかぁ!」

「「「そうだそうだ!」」」

 近くに待機する武装した護衛の者達も大声で、さも貴方様の仰る通りと従順な犬のように吠えている。

「在庫管理しか能のないお前を高値で買ったのは何処の誰だぁ!」

「「「泣く子も黙るテンデ様にございまぁーす!」」」

「そうだぁ!このテンデ様だぁ!お前を買うためにどれだけの金を支払ったと思っているぅ!」

「「「奴隷100人分でございまぁーす!」」」

「そうだぁ……あぁ⁈バカチン!何が100人分だぁ!安物の奴隷を500人は買える値段だぁバカタレがぁ!」

「「「申し訳ありませぇーん‼︎」」」

「このぉこのぉ!荷物持ちがいらん!家具の配置が捗るぅ!目の保養になるウサミミ美少女と謳い文句を散々聞かされた上で買ったというのにぃ!なぜこうも躾がなっとらんのだぁ!あの奴隷商人はマヌケかぁ!なっとらんものはなっとらん!今日は帰ったら朝までベッドの上でぇ、ヒィヒィ言わせてやるぅ!バナタレ3人の穴を開通させるのも忘れとらんからなぁ‼︎」

「ッ⁉︎」

「「「ヒッ‼︎⁉︎」」」

 地団子を何度も踏んで、大男は癇癪を起こして暴言とともに喚き散らし、護衛の者達は己のお尻を守る為に両手でサッと抑え、亜人の子は自分に待ち受けた未来に顔を歪ませた。

「……誰かぁー……誰かいないの?……誰か助けてぇ……救ってよ……なんでいないの?……この世界に……救いはないのぉー?……ッ⁉︎」

 近くを通った通行人は我関せずで通り過ぎ、屋台で商売する人は何事もなく商売を続け、見回りをする騎士達はわざと目の前を通って大男からチップを貰い、何食わぬ顔で唾を吐き捨て去り、人の良さそうな貴婦人は手に持った温かい飲み物を手渡す仕草をして頭の上からドバドバと勢いよくぶちまけ、まるでそこに最初から亜人の子がいないものとして扱った。

 大男は「これが現実だぁ!」とゲスな笑みで醜く笑い、「「「はははははははははははははははははははははははははは!」」」と自らの貞操とは違う異なる意味で、お尻の穴を守る為に機嫌を直そうと躍起になって馬鹿みたいに笑う護衛の者達。呆れしかないな。

 最後には誰かが手を差し伸べてくれると信じた子には残酷過ぎる結末だ。

「酷いっ。酷過ぎるよッ!」

 白石さんは目の前で繰り広げられる現実を嘆き、受け入れられないようだ。

 どうにか力になってやりたいが――

 じゃーやろうよー助けよーと精霊が囁く。

 そうだな。そうしよう。

「……なにするつもりなの?」

 白石さんの手を繋いでるのを忘れて、握った手に力を込めてしまっていた。

「人助けかな?」

 振り返り、簡潔に答える俺に訝しむ白石さん。人間不信に若干陥ってるように思える。

 通りには屋台が乱立している。火を用いた屋台が多く、火の精霊が辺り一帯にたくさんいる。

 いい目くらましになりそうだ。

 俺の考えは瞬時に波紋となり、共有した火の精霊たちが悪戯するの?混ぜて混ぜてと集まってくる。

 まずは大男お前からだ。

 火の精霊による瞬間最高速の噴射が二つ行われ、一つ目は大男のお尻の穴目掛けて棒状に形取った巨根の火が突き刺さり、二つ目は快晴の空に大きな大きな花火が上がる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!」

 ドパァン‼︎

 同時に響いた音が二つ。

 どちらも音は大きかった。

 しかし空の音が僅かに優った。

 間近にいた人々は「なんだなんだ」と頭上を見上げ、

「綺麗」

「ねぇ、ママお空のキレイなのなーにー?」

「そうね、人の顔かしら」

「人相書き以上の出来だな」

「今日は何かの祝い事か?」

「何も知らないわ」

「他にも聞こえたような?」

「あれ?」

「ん?よく見ると……んん⁉︎」

「みんな見ろ!面白いものが空に上がってるぞ!」

「ははっ、見覚えある顔だ!」

「侯爵?」

「侯爵様だ、ありゃー」

「あれはテンデ・ダーメン侯爵じゃないか!」

 ピクリと名前に反応を示した大男は「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!」声にもならない声を現在進行形で上げ、地ベタにゴロゴロと左へ右へと寝転がって、それどころではない。

 お尻に深々と突き刺さった火は跡形もなく消え、大男の異変に気付いた護衛達は理解し難い光景が目の前に広がるのみで、「「「はぁ?」」」と素の声で困惑。

 今わかることはただ一つ。

 後ろ側のズボンとパンツ両方を一切余すことなく焼かれ、黒ずんだお尻を大勢のいるこの場で公開丸裸にしていることのみだ。

 幸運なことにまだ誰も空を見上げて、大男へ視線を向けることも気付いてさえもいない。それを上回るだけの音が頭上の空で響いているのだ。

 亜人の子だけがすぐ気付いたが、大男そっちのけで王都の空を埋め尽くす花火を見上げている。

 次々とパラパラ漫画の如く次第に変顔に変化していく花火を目撃し、

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!なッ、なんじゃありゃやぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 巨大な自分そっくりの変顔ウインクありに背筋をゾワゾワとさせながら地面を綺麗にフローリングし終える始末だ。

 豪華に着飾った服は地面に落ちていたナニカの糞やナニカの液体で汚れに汚れきり、見る影もない。

 次こそは大音量で響いた声に誰もが耳に届き、声のした方向へ視線を向ける。

「ぷっ!」

 誰かが吹いた。それを皮切りに周囲の人々は嘲笑し、奴隷たちですらフッと口をほころばせる。

 全員が大男のお尻を一点に見続ける。

 一身に視線を浴び続ける大男は顔をタコのように赤くさせ、羞恥でフルフルと身体を震えさせながらどうにかこうにかよっちらせよっちらせと立ち上がり、

「〜〜〜〜〜〜ッ!わ、わしを誰だと――」

 ボフッとお尻の肌に豪快な火が点く。

「――ぁあぁあああああつつつつつつつつつつつつつつつぁあああああああああああつつつつつつつつつつつ!!!!!!!!!!」

 バタバタと足を盛大に上げては転げ上げては転げを繰り返し、勝手に踊り狂う大男。地面に擦り、火を消そうとしても消せない。なぜなら火の精霊たちがキャッキャウフフと楽しそうに遊んでいるからだ。

 周りは何が何だかと理解する暇なく笑い転げる者や大爆笑する者で、いっぱいになる。

「侯爵あんな人だったのか?」

「人は見かけによらないわね」

「日頃とばっちりを受ける身としてはスッキリするな」

「ははっ、楽しませてくれる。いつもこうなのか?」

「いいや、逆さ。楽しみを奪うのが日課だ」

「ホントどうなってんだ?今日」

「何かしらの催し物じゃない?」

 有象無象の一言で、

「あぁーこれは芸と呼ばれるものか」

「なるほど」

「おしり芸か!」

「そうか!」

「お尻芸か‼︎」

「魔物使いが魔物に芸をさせるアレね」

「過激だな」

「お尻が黒焦げだ!」

「丸焼けじゃないか!」

 観る側も勝手に憶測を語る。

 さっきまで虚ろな目だった亜人やエルフたちは意思のある目に戻り、腹から笑い、兎耳の亜人の子も涙目で笑ってる姿を視界に捉える。

 そろそろ頃合いだな。フィナーレを飾ろう。

 風の精霊たちも今か今かと待っていただけにソワソワしている。

 肥満の大男のみ狙い定めた暴風を一点に突き上げて巻き起こし、

「ッぎゃああああああふぅいいいいいいいいい――!!!!!!!!!!」

「「「テンデさまぁああああああああああああああ⁉︎⁈」」」

 大空の彼方へ吹き飛ばした俺は火の精霊による特大の花火を打ち上げと風の精霊を介して、周囲にいる全ての奴隷の首輪を風の刃で断ち切る。

 大男のサムズアップした花火が空に打ち上がるのと首輪がコロンと音を立てて地面に落ちる頃には全て終わった。

 この場にいる全ての人々が空の彼方へ飛んでいった大男に視線を向けていた。護衛達は空の彼方に消えた大男を追ってそそくさと退散する姿を視界の端に捉える。最後のフィナーレで大男が飛んで行くだけでも大爆笑の渦で騒がしくなっているのに対して、次は忽然と姿を消した奴隷達に所有者達は驚きを隠せないでいる。

「バカな――」

「ナニが――」

「ドコヘ――」

「キエタァ?――」

 ざわざわと騒々しく喚く者から慌しく奴隷を血眼で探す者たちで溢れかえる周囲。

「……なにをしたの?」

 信じれないものを見る目をする白石さん。

 なにをしたか?

 結論から言えば、奴隷全員まとめて、周囲の景色に溶け込む風に覆い隠して、王都城壁外へと精霊による安全な空輸を行った。ただそれだけだ。

「あとで分かるよ」

 賑わい続ける雑多の中をかき分け、俺たちは王都を出る直前まで何度も同じことを繰り返し行なった。白石さんはもう何が何だか訳がわからないと言う顔を終始していた。



 この日、ファミリア王国の王都は歴史的に一例のない奴隷大消失が起きた。原因不明の事態に混乱と衝撃が王都に広がり、奴隷を失った貴族たちから暴動が起こるまでに至った。

 王様は敵国の陰謀ではと事態の収拾に追われ、影から監視していた者達は勅命を受け踵を返し、桐生静と白石真琴両名を見失う結果となった。

 後年、この日を『奴隷大解放の日』『勇者降臨の日』『テンデ・ダーメンの日』『ファイアの日』『テンデのお尻祭』と数々の呼び名で呼ばれることになる。

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