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27. 名も無き脇役は、桐生静という本質の一端を垣間見る

閉鎖世界(アンロックワールド)


 神秘的に輝く三色の月光がこの世界から消えた。そう錯覚せざるを得ない。満遍なく魔の大森林を照らして降り注いでいたソレゾレ特有の月光がない。見る影すらない。

 あるのは地平線すら見渡す事を許さない暗闇と生涯の中で目にしたことのない神々しく輝く美しい満月のみ。

 見下すように満月が自分を見ている。これは比喩ではない。言葉のままだ。

 深い闇をスポットライトの如く照らす場所には先程までとは雰囲気の異なる少年がいる。真っ黒な髪は風が吹いてないというのに踊り、瞳は冷たい氷の如く理性を孕み、濁りきった黒光を鋭く放っている。全身を闇で体現するかのような黒い毛皮のコートが先程までは何も感じなかったが、今では恐ろしく見えてしまう。

「俺がこの世界の摂理で、理だ。さあ始めよう。彼女への鎮魂歌の時間だ」

 ゾッとする声を発した少年が一歩踏み出す。

 ただ静かに自分達を捉えたまま。

「ほざけぇええええ!」

「なにが世界の摂理だぁああああ!」

「理とか痛いんだよぉおおおお!」

「アホだろぉおおおお!」

「さっきまで避けるしかできなかっただろぉおおおおがあ!」

「最弱が粋がってんじゃねぇええええ!」

「ヒョロヒョロのくせして、なにができるってんだぁあああああ!」

「反逆勇者の首もらったぁああああ!」

「ヒャッハーァアアアア!」

 我慢できず、仲間達が少年に襲いかかる。

 少年は歩みを止めない。

 少年を襲う仲間がどういうわけか、パタリと倒れた。刹那、周りを取り囲むように包囲網を形成した幾人もの仲間が血飛沫を上げてバタバタと倒れる。

「――はぁッ?」

「――どうなってるッ」

 少年の歩みは止まらない。

 一歩一歩進むごとに仲間の血飛沫だけで、視界全体を覆い尽くすのに時間はかからなかった。

「――ありえないッ⁉︎」

「――なにが……起きてるッ」

 最前線は瓦解した。

「「……‼︎」」

 前線もみるみる瓦解し、完全に破壊される。破壊されてしまった。

 仲間達は仲間の血を浴びて、「?」疑問符を浮かべたまま、また一人また一人と減っていく。

「――なんだあれは……‼︎」

「――反逆勇者は最弱では……なかったのかッ⁈」

 ここから立て直せるのか。立て直せても少年の歩みを止められるのか。どう止める。アレでは肉壁すら無駄に思える。至難の業に思えてしまう。

「――総隊長ッ!指示をッ‼︎」

「――前線の隊長達から指示を仰ぐ連絡が……ッ‼︎」

「――臨機応変に対応しろッ!」

「――副総隊長それはあまりに……ッ‼︎」

「――伝令ッ!」

「――総隊長ッッ‼︎」

「――お前達の命は無駄にはしない!だから行けッ!あの反逆勇者の弱点を最後の一瞬まで足掻いて探し出してみせろッッ!首を死ぬ気で取れッッ‼︎」

「――ッッ!了解しましたッッ!」

 前線にいる仲間達は恐怖で顔を歪ませて、誰も彼もが今すぐ逃げ出したいと表情で語っている。

 だがしかし、引けない。引くわけにはいかない。逃げ場はない。逃げたくとも逃げる場所はここにあるのか。

 満月に照らされたここ以外は闇一色。不安が押し寄せる。不安感が増す。

 後方にいる仲間が壁となって退くことはできない。許さない。許すつもりはない。

 少年の歩みは続く。

 ただ歩く。それだけなのに仲間は少年に触れることも傷つけることもダメージを与えることも出来ずに少年の餌食となる。否、なるしかない光景がそこにある。恐ろしい。

 アレはなんだ?

 自分の仲間が倒れていく姿をこの目で見ても理解できない。何が起こってるのか理解できない。脳が思考を停止する。否、思考するのを拒否する。否、思考するのを拒絶する。

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 仲間もまた自分に降りかかる血が誰のものか。どこから降りかかったのか。一体なにが起こったのか。なにが起こっているのか。全くわかってない。わかるはずがない。

 反逆勇者を捕まえる。ただソレだけの簡単な仕事。簡単なお仕事の時間が恐怖の時間に変わる。変わっていた。

「――こんなおかしな話があるのかッ……‼︎」

「――おかしな話かッ。的を得ているなッッ……‼︎」

 自分の時間が残りどれくらいか。考えたくない。考えたくない。考えたくない。

 今すぐ頭を抱えてしゃがみ込みたい。

 穴を掘って隠れてしまいたい。

 この場から逃げ出せるのなら逃げ出したい。

「――あの顔が恐ろしいッ‼︎」

「――どうしてッ……凄惨な状況を作り出してる反逆勇者はッ……あんな顔ができるというのかッ‼︎」

 恐怖の時間に変えた少年は笑わない。無表情で一辺倒だった。動きを止める仲間や武器を振り下ろす仲間に見向きもせず、少年はなにもしない。ただ一歩前に進むだけである。呆然と少年の姿だけを眺めていた仲間達の首が飛ぶ。飛んだ。

 なにが首を飛ばしたか。わからない。わからない。解らない。判らない。

 仲間が身体を捻って見えざるものから逃げようとするが無駄。無駄。無駄だった。仲間の頭蓋が割れた。破れた。壊れた。切れた。斬れた。

「「――ふぁ???」」

 頭が追いつかない。

 言葉が上手く出せない。

 ???

 頭がバカになって、おかしくない。

 血飛沫が上がるのに少年には一切ソレらが付着することはない。綺麗なままだ。わけがわからない。なんだ?なんだ?なんなんだ?わけがわからない。

「「……‼︎」」

 一歩進めば10人、二歩進めば20人、三歩進めば50人、4歩進めば100人の命が儚く消える。消えた。消えてしまった。

「――信じ……られるかッッ‼︎」

「――信じて……たっまるものかッッ‼︎」

 虚勢だ。

 吠えたところで、周りや自分自身を鼓舞することは難しい。それほどまでに恐怖で塗り染められてしまった。

 足が震える。ガクガク震える。立っているか?まだ立っている?立っているかもしれない。まだ視界には少年の姿がある。ああ怖い。ああ恐い。怖しい。恐ろしい。

「「「「「ファイアトルネードッッ‼︎‼︎」」」」」

「「「「「ウォーターブリザードッッ‼︎‼︎」」」」」

「「「「「ウインドブレーカーッッ‼︎‼︎」」」」」

「「「「「アクアトルネードッッ‼︎‼︎」」」」」

「「「「「エターナルブリザードッッ‼︎‼︎」」」」」

「「「「「ジェットストリームッッ‼︎‼︎」」」」」

 魔術師が数多くの魔術を放つ。

「「「「「一斉照射ッ!放てーーーッッ‼︎」」」」」

「「「「「おおおおおおおおおッッ‼︎」」」」」

「「「「「うおおおおおおおおッッ‼︎」」」」」

「「「「「ちくしょおおおおおッッ‼︎」」」」」

「「「「「終わってくれええええええッッ‼︎」」」」」

「「「「「当たれええええええッッ‼︎」」」」」

 弓兵が無数の矢を放つ。

「――いけるぞッッ‼︎」

「――勝てるッッ‼︎」

 魔術と矢が無数に少年へ襲いかかる。

 いけ。イケ。勝てる。コレなら勝てる。勝った。勝ったも同然だ。

「「……‼︎」」

 だが予想できない。できるはずもない現象が起きた。

 ソレらに見向きもしない。

 盾もない。防ぎようがない。防いだところで重症かソレ以上の致命傷を与える攻撃を脅威と認識していない。

 怯えはない。怯える必要もない。

 口には出さないがそう言ってるのかと錯覚したくなる出来事だった。

 無数の魔術と無数の矢が少年に当たる直前で消えた。消えてしまった。跡形も無く。痕跡一つ無く。最初っからなかった。ありはしなかった。

 現実と幻想が混じり合ったかのごとく。

 区別がつかない。

 自分の目を疑う。

 アレらは確かにあった。現に魔術師や弓兵は実際にいる。全員の顔は驚愕に塗り替えられている。

 自分の顔も自分ではわからないが同じく驚愕の面持ちであるに違いない。

 事実だ。事実だった。はずなのだ。

 なのに全てが最初からない。なかったのだと否定されてるようで、悍ましい。

「あっあっあああ……ああああッ」

「うっうっううあ……ああああッ」

 身の毛が弥立つ。

 恐ろしい。ここは夢か。恐ろしい夢なのか。

 現実逃避したい。したくなるのに現実は無情だ。

 少年が右手を上げ、

「消えろ」

 そう呟けば、頭上に黒い漆黒の闇が顕現した。ソレらが雨粒のように地上に舞い落ちた。

 誰もが悲鳴を上げる暇はなかった。上げる時間さえ与えられずに跡形もなく消えた。何故か鎧や武器は破壊されていない。不可思議だ。理解不能。

「「……」」

 悲劇を目撃した誰もが戦うという意思を失った。消失した。心の底から叩き潰された。やめる。やめよう。やめてしまいたい。どうか許して。もうやめてください。お願いだ。今生の頼みだ。

 自分の目頭が熱くなる。涙が流れる。誰もが涙を流す。周りからワァンワァンと泣き声が耳に聞こえる。

 もうおしまいだ。ここに来るんじゃなかった。来てはいけなかった。触れてはいけない。触れるべきではなかったのだ。

 少年は自分達の顔がグシャグシャになっていようとおかまいなしに歩みを進める。止まってくれ。止まれ。止めてください。そう懺悔しても止まることはない。

 自分のいる最後尾まで、あと僅か。

 1000人はいた。いやユーリだけは帰った。あの子だけが地獄から逃れた。羨ましく思えど、時既に遅し。999人がいたのだ。だというのに立っている仲間はもう100人もいない。

 奇妙な空気がこの場を包み込んでいる。

『足掻けッ!』

『己の武勇を信じて足掻けッ!』

『騎士になったあの時を思い出せッ!』

『今こそ奮い立たせる時だッ!』

『自分の積み上げたものを信じて立ち上がれッ!』

『戦場は折れたらそこで勝敗は決するって教わっただろッ!』

 かつての少年時代の自分が目の前に立ち、そう訴えかける。

 ここは奇妙で、不可思議だ。

 ここまで来れば、最後の悪あがきをしたい。してしまえ!

「ぜぇええええいいいいいとととととつつつつつつげげげげげえええええきききききいいいいい‼︎‼︎‼︎」

 雄叫びを上げた。

 仲間達よ。正気に戻れ。戻らなければ、終わりだ。一巻の終わりだ。

「うううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎」」」」」

 副総隊長を始めとした仲間達に届いた。届いた。届いてくれた。仲間達が呼応して雄叫びを上げた。

「不合格だ」

 少年の寒気を感じさせる声が聞こえた。

 次の瞬間、周辺で自分と共に走り出した仲間達が倒れた。微かに見た。見えた。見えてしまった。いくつもの黒い線が空間を寸断するように生み出されるのを目撃した。

 副総隊長は自慢のバトルアックスで防ごうとして、そのバトルアックスがその場で消失した。

「まけてたまるものかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッ‼︎」

 最後まで抗い続けた結果、副総隊長は立ったまま逝った。

「はっはっはっはっ――」

 過呼吸を起こす。

 酸素の供給ができない。

 過度の精神的ショックがそれをもたらした。長年戦場を共に渡り歩いた副総隊長という精神的支柱が折れた。失ってしまったのだ。

 汗がぶわぁぁぁぁぁぁと流れる。流れ落ちる。水分という身体の中のありったけの水分が流れ落ちてしまう。

 枯れ木になった気分だ。

 足を止めて振り向けば、もう自分以外に立っているものはいない。倒れた仲間達の顔は最後の最後には勝つ。勝てる。そう信じた表情のまま倒れていた。眠りにつく暇もない。痛みを感じる暇もない。そのような間を与える慈悲はない。なかった。

 暗闇と見下す満月の世界には屍と化した仲間達の山が辺り一帯に広がっている。満月が笑う。嗤う。嗤った。

 勝者と敗者がどちらか見るまでもないと嗤っている。満月の口が開き、仲間達の屍が宙を浮いて運び込まれる。

 ムシャムシャと満月が咀嚼する。

 大量の血が口から零れて流れる。血が涙を流したように流れ落ちる。

 血の涙を流す満月。

 アレは満月ではない。なかった。バケモノだ。

 無を体現した少年。瞳にはなにを映している。なにを思っている。なにをすれば、こんな存在が生まれる。誰が少年をここまでさせた。自分には解らない。答えに至ることは自分には到底不可能だろう。深淵の奥を覗こうと感情はおろか全てを窺えない。そうに違いない。断言する。彼も人間ではない。なかった。化け物だ。人間の皮を被ったバケモノだ。

 まるで得体の知れない怪物に挑んで潰された。そう表現したいほどにバケモノで化け物だ。

 目の前にやってきた無表情の少年が「――」なにかを言ったような気がした。だがソレを最後に自分の意識はブラックアウトした。




 1秒も満たない永遠の中で、少年の一端を垣間見た。年端もいかない少年と少女が白い空間の中で踊る。仲睦まじく信頼し合った2人が踊る。周りには数えきれない光るなにかが飛び交い、少年は楽しげに少女に語りかける。

『聖ちゃん――』

『――』

 少女は少年の言葉を嬉しそうに、それは嬉しくてしょうがないほどに嬉々として聞き入る。

 場面が切り替わり、少年と少女は先程とは見違えるくらい大きくなっていた。どちらも顔立ちが良かったがその頃以上に磨きかかっている。時間の流れとはなんと速いことなのだろうか。そう思いを馳せていたかったが2人は相対するように距離を置いて立っている。先程と状況がかなり違い、2人は深刻な顔つきだ。少年の顔には楽しさを浮かべていたあの場面の面影はない。自分が挑み敗れたあの少年と重ね合わせて十分な姿があった。ただ違う点を述べるなら哀しみに憂いた弱々しさを持ち合わせ、相手にハッキリ伝え感じさせるだけのダダ漏れなところだろう。相対する少女もまた切なさを滲ませ、両目から涙を流した姿は儚いものを感じる。『ごめんね』と告げる少女は少年を見据えて乾いた笑い方をする。何に対するものかは定かでない。

 もっと見ていたい気持ちはあるがソレ以降は踏み入れるなと暗に示すように見ていた景色全てが暗転し、闇一色に包まれる。

 自分の魂が向かう場所には一つの墓標が立てられ、そこに刻まれた文字は『雨夜聖』解読できない奇怪な言語文字だった。そこになにが書いてあるのか。最後に知りたかったが――ソレすら許してはくれなかった。


 魂が消えゆく中で――この言葉は誰にも伝わる事も残る事も叶わない。そう確信してしまうが魂を燃やして最後の足掻きを投じる。

 どうか、誰でもいい。哀しみに憂いた心すら欠如した空っぽの少年を。我々の国に破滅をもたらすであろうこのバケモノを倒してくれ。そう切に願うばかりだ。

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