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19. 桐生静は、予期せぬ邂逅す

 帰り道を進んでいる時に耳に音が流れ込んできた。

『……誰か……』

『……やめてくれっ……』

『……国が許さ……』

『……知らな……』

『……ファミリアの犬め……』

『……命だけは……』

『……助けを……』

 精霊を通して聞こえる声。どれも弱々しくか細い声だ。

 拾えた声は小さい。

 聞き取りづらいがファミリアという点は見過ごすわけにはいかない。

 声のする場所を視る。

 情報量が山のように流れるが必要な部分だけを選び選択する。

 誰もが地面に倒れ、呻き声を上げ、理性のある目がどんよりとしたものに変わり、血色のいい人の肌が灰色に侵食される光景がそこにあった。

 なぜそうなったかの要因は不明。

 ヨゾラに接続して、俺たちは目的地へ急ぐ。



 辿り着いた場所には馬車が3台。どれも大きく破壊されている。複数の馬は魔物に噛まれた痕が酷い。馬車に乗っていた人々の身なりは平民の格好をしているが全員の手には武器が強く握られている。負傷や欠損した箇所が目立つ。この辺り一帯の木々は根こそぎ倒れており、どうやらここで戦闘が発生したことは間違いないようだ。

 ただ一点だけ拭いきれない不可思議な点がある。

 ソレは馬も人も動いているのだ。

 ゾンビの如く。

 血色の良かった肌は見る影もなく、灰色の変色しきっている。

 俺たちが姿を現わすとソレらは意識を取り戻したかのようにグルンと顔だけをこちらに向ける。首が捻れて、目鼻口から血を流して、女性が見たら悲鳴を上げるレベルだ。仮に映像として映し出すならR18禁指定マークが表示されるだろうな。

「ガゥガーゥ!」

「……!」

 ヨゾラとカゼマルがヤル気だ。

「任せる」

「ガウ!」

「……!」

 ヨゾラとカゼマルは俺の合図で動き出す。ヨゾラは入れ替えで背後から奇襲。ソレらは顔を明後日の方向へ向けていたが手に持つ剣や斧や槍などの武器を振りかぶり、奇襲に対応する。

「!」

 ヨゾラは奇襲が成功すると考えていたようで、ソレらが振りかぶった武器が俄然に迫る寸前で入れ替えを行使して、さらに背後へ出現して強襲。

「ガゥガーゥ!」

『ナメるな』とヨゾラが吠えた。

 攻撃で重心が前に出ていたソレらは今度こそ対応出来ずに強襲を受ける。

 ヨゾラの爪がソレらの身体をバラバラに引き裂き、行動不能にさせる。

 カゼマルは疾風ダッシュよろしくで、ソレらの足元をスッスッと目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。

 駆け抜けた後に残るのは足を斬られたソレらが胴体ごと地面にゴトゴト落ちる音のみだ。

 馬に至ってはよじ登って、寸分狂いなく細切れにするほどだ。

 ヨゾラとカゼマルに行動不能にされたソレらは動けなくなったとしても身体の一部分が磁石に引き寄せられるようにゆっくりと動く。

 見ているだけで、気味が悪いとはこのことだ。

「ヨゾラ、カゼマル下がれ」

「ガウ!」

「……!」

 火の精霊の力を借りて、ソレら全てを跡形もなく燃やす。

 後に残るのは禍々しく黒く淀んだ魔石と武器だけだ。

「よくやった。ヨゾラ、カゼマル」

「ガゥガーゥ!」

「……!」

 ヨシヨシと頭を撫でる。ヨゾラは毛並みが触り心地よく、カゼマルはヒンヤリして気持ちがいい。

 和んだ空気が流れる中、異物が混ざるのを俺は見逃さない。

 即座に風の刃で氷柱を砕く。

 砕いた音が響き、

「「⁉︎」」

 ヨゾラとカゼマルもソレに気づく。

 キラキラと降り注ぐ氷の結晶。

 見惚れる綺麗さはあるがソレは見惚れたら最後串刺しだと瞬時に悟る。

 俺を中心にヨゾラとカゼマルを覆う風を展開し、即時高速回転。ソレと同時に頭上から氷弾の雨が降り注ぐ。

 風の回転と氷弾の雨がぶつかり合う。

 削って削って削り合う。

 一瞬にして、気温が下がる。

 下がって下がって下がり続ける。

 息が白い。

 吸い込む空気が冷たい。

 肺に痛みが生じる。

 凍えさせる気か。

 相手の狙い通りにしてやる義理はない。

 風の中の気温を即座に温める。

 急激な温度差を感じつつ、止まない雨が降り注ぎ、どちらかが折れて根負けするまでソレは続いた。

 やがて氷弾は降り止み、覆った風を解除したら全面雪景色と化していた。

 ヨゾラとカゼマルがガクガクブルブルし出す前に表面を熱で覆って温める。

 気温はマイナスを超えてるだろうな。

 いつの間にやら視界の端に姿を見せた人物が1人。

 全身白ずくめの赤髪の女性はパチパチ手を叩いて、この場に登場した。

「……やはり君でしたか」

「お前は誰だ?」

「グルルルル!」

「……!」

 ヨゾラとカゼマルが唸る。

「あたしは君を知っていますが君はあたしを知らないのは当然ですね」

「質問に対する答えじゃないぞ」

「申し訳ない。お前は誰だと問われて名乗る名前は持ち合わせておりません」

「だったら俺を知っているとは、どういう意味だ?」

「言葉の通りですよ」

「つまり俺が知らない間に面識を持ったということか?」

「ご名答!流石は反逆勇者と呼ばれるだけはありますね」

「反逆勇者?」

「はい。君はファミリア王国の王都内で反逆勇者と呼ばれているのは当然知らない話題ですよね」

「……あの場にお前はいたのか?」

「ええ。いましたとも。君が目覚める前の話ですが」

「なるほどな。だから面識がないのに俺のことを知っていたわけだ」

「よくお気づきになりましたね。なぜ気づいたかお聞きしても?」

「簡単な事だ。俺の顔を知っていて、なおかつ王都内に広まる反逆勇者と呼ばれる人物と俺を重ね合わせられる人物は王の間にいた奴だけだ。人相書きの線もあるがこの時代の文明レベルではあの短時間で俺の人相をバッチリ描けられるわけもなく、人は時間が経てば経つほど顔が曖昧になる。結論、俺のいた世界と違って文明レベルの低いこの世界でピンポイントにソレらを繋ぎ合わせることは不可能。よって俺と反逆勇者を結び付けられるのは、あの場にいた面々に限定される。導き出せるのは容易だ」

「これはお見それしました。ご推察の通り、人相書きは実物とは大きく異なる別人。絵師が描いたか疑う域を超えたのっぺらぼうです。アレでは人相書きを手掛かりに素人達が探すのは難しいとしか言えません。本当に探す気はあるのやら、笑えますよね。ここまで顔立ちがよろしいのにのっぺらぼうなんですから。……そう睨まないでくださいよ。反逆勇者は謎の力だけでなく、頭もキレるとは……お姫様は見る目がない。良い人材悪い人材選出が長けていないのが現時点をもって明らかになりましたね。反逆勇者とこの場で会ったのも何かの縁と思い、お互いに情報交換と行きませんか?」

「……何を企んでいる?」

「ただこのご縁を今後活かしていきたいという理由だけでは不足ですか?」

「ああ。全くもって信用できない」

「悲しいなー」

「悲しいのはこっちだ。完全に敵を倒して油断したほんの一瞬を狙われたわけだからな。俺以外の奴なら歓喜の渦中で死神の鎌に引き裂かれていただろう。アレはそういう人が喜ぶ場面で嬉々としてヤル類の輩じゃなければ、狙ってできないものだ。違うか?」

「……なんてことでしょう。反逆勇者、君も此方側の人間でしたか。そうでしたかそうでしたか。なるほどなるほど。勇者召喚で呼び出された若人達は自身の魅力的な力に今最も溺れている時間を謳歌する真っ只中とは違い、君は自身の力が何も無い底辺だったというのに腐らずにソレどころか謎の力であの場を潜り抜け、この魔物犇めく魔の大森林を1人で活動している。誰がこんな事を予測できるでしょうか?否、誰も予測していませんよ。君が此方側の人間だということも、魔物がいる場所に平気でいることも、魔物と手を取り合っていることすらもッ!俄然このご縁をより良いものにしたくなってくるというものです――」

「お前変わってるな」

「……失礼しました。つい熱に浮かれて長ったらしい口上を述べてしまいました。では先程の情報交換の話に戻させていただき――」

「断る」

「……即答ですか。困ったなー。でしたら、悲しい思いをさせてしまった反逆勇者への誠意として此方の情報を与えましょう。これを聞いて、かなり下がってしまったであろう好感度をうなぎ登りで上げてもいいのですよ?」

「話次第だ」

「わかりました♪では早速あたしがこの場に赴いたのは勇者召喚の日に王都全域で奴隷が大消失してしまった件で、1ヶ月前からずっと泳がせておいた敵国の患者達が合わせたように次の日に王都を出るじゃないですか。上層部はコレを黒と判断して、こうして雲隠れされる前に誰も近寄らないこの場所まで逃げ道を塞いで逃げ込ませて拷問紛いのことして聞き出してたわけです。ただ上層部の判断とは見当違いの全く関わってない白でしたけど……。あたしは違うと進言したのに聞く耳を持ってはくれない頭の固い上層部の誤ちですね」

「あのゾンビが件の患者なのは把握した。だが腑に落ちない。どうやって、アレらをゾンビに変質させた?」

「それは内緒です。……と言いたいところですが現物の証拠が残っている以上はちょっとだけお教えしましょう」

 赤髪の名無しは地面に転がった禍々しい魔石を手に取り、ソレを指差して語り出す。

「この魔石は所謂人工魔石と呼ばれるもので、人に植え付けると植え付けられた人間は魔物に変わっちゃうんです。凄くないですか?アレ?あんまり驚かないってことは少しは頭の中で想像してたと考えていいようですね。反逆勇者の想像通りです。正解扱いにしておきます。1P獲得おめでとう。で、人工魔石の欠点は作り出せる魔物のバリエーションが――、すみません。これ以上はうっかり口を滑らせられない案件なので許してください」

「腑に落ちたから欠点など言わなくていい。次だ」

「ありがとうございます。人の優しい反逆勇者には大大大サービスでお教えします。今現在王都ファミリアでは貴族達奴隷持ちが大衆を集めて暴動を起こしています。奴隷が消えたのは他国の陰謀だとかナントカで、王様姫様は王城から一歩も身動きが取れません。勇者達に至ってはソレらの情報は一切伏せられている状態で、知らぬは勇者達のみで王都内で起こる全ての現実が見えてないと言わざるおえませんね。如何様に情報を得ようと思えば簡単に手に入るのですが溺れた者達にはそのような思考は期待するものではありません」

「王都では暴動か。それは大変そうだな」

「反逆勇者は冷たいですね。まるで他人事のように言われる王様姫様、同郷の彼ら彼女らが悲しく見えてきますね」

「そんなのはどうでもいい。次だ」

「これ以上機嫌を損ねないうちに話を変えるべきですかね。わかりました。次は裏組織が血眼になってナニカを探している件は反逆勇者には関係ないですよね」

「その件は俺には関係ないが話せ」

「意外ですね。同郷人の話はあまり興味がないのに裏組織に対しては興味がおありの様子ですか。あたしが把握してる部分はそのナニカは奴隷で、オークションの市場出身で、特別なナ・ニ・カを持っていることぐらいですよ」

「他にはないのか?」

「ありません。裏組織の情報網はタダで教えられるほど、生易しくありませんので」

 今以上の話を聞きたければ、対価を差し出せと言いたいようだ。あまり得られる情報はほぼないか。

「そうか。なら別にいい」

「反逆勇者その点は悪しからずです。ただ一言だけ大サービスします。裏組織には追跡屋がいます」

「追跡屋?」

「申し訳ありませんがソレに関する質問はタダより安いものはありませんよ?」

「今のは独り言だ。質問ではない。忘れてくれ」

「反逆勇者のイケズ!」

「他に情報は?」

「反逆勇者は情報を貪りますね。情報クレクレ野郎と呼んでもいいのであれば、もう一つくらいはあげなくもないです」

「ああ。情報クレクレ野郎でも何でも呼び名は構わないから情報をよこせ」

「はい。チンカス野郎ですね。了解しました。えーっ、何その目はッ?何でも呼び名オッケーと言ったのはチンカス野郎、君ですよ。嫌な顔されながら話を聞かれるのも意外と背徳感がありますね。では最後に一つ。本来今頃勇者召喚を発表して盛大なパレードを王都で催す予定でした。だが現実はシミュレーションとは異なり、大きく予定変更を余儀なくされました。チンカス野郎もお分かりの通り、奴隷大消失という大事件のせいです。近いうちに暴動は収まるでしょうから、その時には先駆けで発表された勇者達の威光を王都中に知らしめる為に盛大なパレードを予定通りに王様は行う予定のようです」

「勇者の威光を知らしめるか。あの王は勇者を利用する為に勇者召喚をしたのか?」

反逆勇者(情報クレクレ野郎)申し訳ないけど、ソレは別途料金が発生します」

「お前教える気あるのか?」

「かなり情報提供したじゃないですか。これ全部タダで聞けただけでも満足してくださいよ」

「ああ。お前から聞かなければ、知らない話ばかりだった。ありがとうな」

「へぇーお礼を言う律儀さも持ち合わせてるか。……同じ境遇の者同士だと話し合いより手が先に出ちゃうから最後まで話し合いで終わるのは信じられない話ですね。ズバリ反逆勇者はこれからどうするつもりですか?」

「言うわけないだろう」

「あっちゃー。まだまだ好感度爆上げにはならなかったようですね。こればかりは仕方ないですね。今後もご縁があったら情報交換してくれますか?」

「一方的な情報交換ならな」

「まあ進展と思っておきましょう。では最後に一つ質問です。もう1人の反逆勇者とは一緒じゃないのですか?」

「答える義理はない」

「そうですか。それを聞けて安心しました。一応一言二言話したご縁でしたので、確認できてこれ幸いでした。では反逆勇者さらばです!」

 赤髪の名無しは瞬きをすれば、その場から消えていた。

 まるで、最初からいなかったかのように。

「本当に変な奴だった」

 俺は精霊を通して周囲に隠密で隠れた存在がいないかを確認するが問題はなかった。

 名無しは発言通りに帰ったのだろう。警戒していたが取り越し苦労だった。

 ヨゾラとカゼマルに「待たせたな」と伝え、壊れた馬車は何かに再利用出来る可能性があるため、武器と一緒に空輸しておく。あの人工魔石を回収しようと思っていたが、名無しがちゃっかり全部回収して持ち去っていた。本当に最初から最後まで気が抜けない奴だ。

 情報もかなり手に入った。有用な情報もあるにはあった。だが全ての情報を信じるわけにはいかない。あの手の輩は本当の話に少しの嘘を混ぜるのが得意だ。全てではないにしろ、何かしらの嘘が混ざっているに違いない。信じるか信じないかは貴方次第ですと言われようと話半分信じるぐらいで、残り半分は頭の片隅に留めておくくらいで十分だ。全部信じるのは相当なお人好しか阿呆のすることだ。後に待ち受けるのは破滅の道のみ。正しい情報かどうかは現状精査することは困難極まりないが、いずれ分かることだ。

 今は手に入らなかったはずの情報を得ただけマシと思っておこう。

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