1話 桐生静は、異世界召喚されたが出遅れて登場する
次に目覚めるとそこは白一色の世界だった。
ボヤけていたのもあって、よく観察して見るとそこが白一色の天井かと思えば、天幕だと把握できる。ふわふわの柔らかい枕から頭だけを動かして左右前後をキョロキョロと見渡せば、俺は豪華なベットに横になっているようだ。
体を動かそうとすれば、今までに感じたこともない倦怠感が苛まれる。
重い。
まるで何十トンもの重りを付けられているかと錯覚してしまう。
せめてもの救いは視界に自分と昔からの腐れ縁とも思える精霊たちと似た波動を持った精霊たちが宙をふわふわと舞っていることだ。
精霊たちは俺の存在がさぞ気になっているようで、興味深そうに周囲をふわふわと周回してはキャッキャと騒いでいる。
とても好意的で友好的だ。
「はじめまして、俺の名前は桐生静です。俺もとても仲良くしたいと思ってます」
まずは挨拶だ。挨拶は大事。
名前を言えば、精霊たちは俺の名を復唱する。忘れないように。深いところに大事な友人の名を刻み込むように。
「これからよろしくお願い……うん、わかった。よろしく、みんな」
堅苦しい言葉はいらない。そう言われた。
俺の知る精霊たちと同じで、とてもフレンドリーだ。
他愛ない会話などをもっとして親密になりたいが今現在自分が置かれている状況をまずは知りたい。
「みんな――」
自分が体験した出来事を簡潔に説明した。
精霊たちは俺の境遇を聞き、哀れみや強い怒りや悲しみの感情を表に出して、ざわつき出したが次第に落ち着きを取り戻して伝えてくれた。
懇切丁寧な説明で理解するまでにそう時間を要しなかった。
この世界が俺のいた世界ではない事。
この世界で勇者召喚が行われた事。
勇者召喚で呼び出されたのが、俺を含めたクラスメイト全員(欠席者除く)+新任の先生である事。
今いる場所がファミリア王国の王城で、勇者召喚を行ったのがこの国の王様と王女だという事。
関係ない話のようで重要度の高い話が、このファミリア王国は実力主義の国らしく実力のない者は認めない許さない。お前らカスは奴隷落ちをモットーにした非常に残忍極まりない王族のいる国に俺たちは来てしまった。ぶっちゃけ非常に日本人としては倫理や道徳に反した行いをしているようで、危機感を感じざるおえない。
意識を失っていた俺だけが王様の温情という名目で、ここに運ばれた事。王様は表面上はカエルの皮でも被っているんじゃね?と精霊たちが疑うくらいに絶賛勇者たちの様子見中らしい。
他の面々は今現在勇者として責務を全うできるかどうか確認という名目で、全員のステータスを開示させた上に使えない者と使える者とで選別が成されているそうだ。王女は現段階でニコニコした表情はしてるものの、使えない者にはあとで貴族関係の誰添えに奴隷にやろうか?戦争地域の前線にぶち込んでやろか!と頭の中で絶賛計算中だったりと油断ならない。
精霊を経由して、王の間にいる王様と王女を視た。
王様めちゃくちゃ膨よかで温厚そうな顔してるよ。括り上げた白い髪の王女なんて美人芸能人でも絶対にしないだろう全開スマイルだ。あの微笑みを見た瞬間、背筋に鳥肌が立ったわ。クラスメイトの男子全員見惚れてる場合じゃないぞッ!と叫びたい。が俺のクラス内の発言権では信用はないだろう。言ったところで誰も信じないのがオチか。
この時点で、俺は決意する。
王様や王女と邂逅してはならない。
何が何でもだ。
俺は軋む体を動かして、ベットから下りて立ち上がる。
「……ハァ……ハァ」
立ち上がるだけで、息が上がる。
俺の体はどうなってる?そう疑問符は付かない。完全にあの神様の仕業に違いないからだ。あの発言と現状の体の具合を察するに身体能力の低下が罰か?その程度で済ましているとは到底思えないが……。
近くにかけてあった上着の制服を手に取り、王の間の状況を再び確認する。
他の面々はほぼ即戦力として使える者枠に全員選ばれてるそう――あっ、今最期の一人使えない者枠に選ばれた。
「あの女子は確か俺の隣の席の……」
隣の席ってだけで、毎日顔を合わせる。会話はない。どんな子かも詳しくは知らない。ただ休み時間に机にスケッチブックを出して、綺麗な絵を描いてる姿は何度も見たことがある。精霊たちも絵を描いてる彼女を好んで見守っていたっけ。無邪気に描いてる姿はとても見ていて好感を覚えた記憶がある。そんな彼女が今はクラスメイトたちから嘲笑を浴び、王女から罵倒を受け、王様は「使えなくてもいいではないか……使えんカスがぁ(ボソッ)」温厚そうな顔の裏で嘲笑っている。
助けないの?
精霊たちが俺に囁く。
「そうしよう。予定変更だ。助けに行こうか」
バサッと上着を着用した俺は大きな窓から飛び降りる。
風の精霊の力を借り、瞬時に流れに身を任せて、その勢いのまま王の間へ――。
王の間を守る誰もが我が目を疑う。
扉が大きく開け放たれる甲高い音と共に清々しいまでの風が王の間を駆け巡り通り過ぎたかと思えば、一人の少年が立っていた。
勇者召喚で呼び出されたものの、意識が覚醒せずに眠ったままだった少年がいつのまにかそこにいた。ただただそれだけで、この場にいる全員が驚いた。先程まで、この場に支配されていた嘲りの空気が消えた。
王女は自分が作り出した楽しい楽しい場が、ただ一人の少年の登場で壊された。それも勇者召喚で一向に覚醒しない使えない存在とカテゴライズしていた少年による行いとあって、王女は全開スマイルすら忘れて、オーガーですら慄いて逃げてしまうような形相でフルフルと怒りで身震いする。
王様は「ほぅ」と感嘆の声を上げ、同じく勇者召喚されたクラスメイトたちは、
「あれ?あいつ起きたの?」
「カックイイ」
「なんかイラっときた」
「登場の仕方よ」
「あー名前が出てこない」
「わりかしイケメンなのに残念系だから」
「その割に影薄くて、すぐに誰も興味失せたよね」
「つーか、なんで白石さんの隣に立ってん?」
「速報!桐生氏、状況把握できずに自動的に使えない者入り」
「草」
それぞれ各々の意見感想を述べた。
言葉は出さなかったが視線を向ける者、驚き理解できずにいる者、諦観や関心のない視線を向ける者もちらほらといる。
新任の先生はアワアワと自分の許容範囲をゆうに超えてしまったことで、そうなってしまったのかは不確かだが「ドウシヨウドウシヨウ」とカタコトでポンコツ化している模様。
俺登場!とカッコつけるつもりはない。断じてない。他の連中の発言から想像するにかなり度が過ぎた登場の仕方だったか。
黒髪を二つ結びにしている女子の隣に立つ。名前は……白石さんかな?クラスメイトがそう呼んでたし、ごめん。本当にごめん。
心の中で謝罪した俺に待っていたのは、
「お初にお目にかかります。ファミリア王国の王女サンファ・N・ファミリアと申します。ようこそ勇者様」
王女の満面な笑みの歓待だった。
「どうぞ、こちらへ」と白石さんから遠ざけようと使える者枠に入ったクラスメイト全員側に呼ばれる扱いだ。
「どうしたもんかな?」
髪を軽くかく仕草をしながらも精霊を通して、360度全体を見通す。驚きから立ち直って元の職務に忠実に戻る立派な騎士はもちろん、魔法使いの格好をしたそれっぽい人たちも多い――あっ、なるほど。精霊たちが教えてくれた宮廷魔術師って役職のお偉いさんたちらしい。全体的に申し分ない過剰戦力がこの場に集結しているわけか。
一挙一動を見逃さない。ギラついた目つきのゴッツイおっさんも王様の隣に立っている。あれは騎士の中の騎士って感じだ。
「さぁー早くこちらへ」
王女のウィンク付きで歓迎されるが、正直鳥肌が立つだけなんでやめてもらってもいいですか?とは言えない。
言っちゃいなよと精霊たちは言ってるけど、それ言ったらこの場にいる全員敵に回るの確定なんだよなぁー。
俺の気持ちを汲み取った精霊が俺に重大な事実を今この場で教えてくれる。
「――ッ」
俺はその場で顔の表情を険しくする。
これはまずい。だが上手く使えば、白石さんと一緒にこの場を自動的に退室できそうな――もしもの時は精霊みんなが頼りだからね。よしっ、それじゃいっちょやるか。
気合いを入れて、
「俺のステータスを開示する」
その一言で、この場にいる全員に俺のステータスが公開される。開示と宣言した場合、俺が任意で認めた相手にだけ教える事が可能だという。今回は王の間にいる全員へ公開だ。
――――――――――――――
桐生静 16歳 男 レベル:0(永久)
職業:なし
筋力:10(-10000)
体力:10(-10000)
耐性:10(-10000)
敏捷:10(-10000)
魔力:10(-10000)
魔耐:10(-10000)
スキル:異世界言語
バッドステータス:枷・無力・失速 ・超重
――――――――――――――
「「「「「‼︎」」」」」
王の間にざわめきが広がる。
「まさかッ⁉︎」
驚愕した王女はステータスと俺の顔を交互に見つめ、
「なんだこれは⁉︎」
王様は化けの皮が剥げた。クワッと目をひん剥き、今日一番の強面を晒す。
「理解されたでしょうか?」
取り繕った敬語で話してみるが、王女は我は意を得たりと我が物顔に変化した。ツカツカと音を立て、俺の目の前までやってくる姿は王女然とした堂々たるものがある。
精霊たちが王女から距離を取るために俺の後方へと下がる。これは――
「あっは!あなたカス以下じゃない」
侮蔑の視線。
「そこにいるカスより雑魚よ」
隣にいる白石さんを指差す王女は気持ちの良い声で発した。
「あーなんて嘆かわしいのかしら。嘆かわしい嘆かわしい。勇者召喚で名誉ある勇者として呼んだのにこの一般人以下のステータスで勇者と名乗れると思ったッ‼︎」
俺の肩を強くど突く。ステータスが王女の言う通り、一般人以下の俺は地面に尻餅をつく。
ビクッと体を震わせる白石さんの瞳が揺れる。
「ざまぁ!」
「ぷっ、登場からの急降下乙」
「こいつやべーわ!」
「あぁーマジつえーやつだったらどうしよう内心ビビったけど、ウンコだなお前」
「大草原」
「彼もまた選ばれなかった側」
「ギャハハ、俺は選ばれた側」
「いうないうな、影薄の存在価値はとうにないぞー」
「悲報!桐生氏、異世界で無事詰んだ模様」
「それにしてもえげーつねーステータスだぞこれ」
「桐生あんた、この世界でも見放されてるーウケるー」
「「「「「アハハハハハハ」」」」」
王女の言葉に呼応するようにクラスメイトたちからは嘲笑される。中には笑えないと口を固く結ぶ女子や腕に力を加えて我慢する女子、我関せずで目を閉じる女子がチラホラいるようだ。新任の先生に至っては「今は夢の世界。ワンダーランド。ここはきっとワンダーフルーな世界なのよーーー」現実逃避に入ったらしい。
「あっははははは‼︎」
腹筋でも崩壊したのか?と問いたくなるほどに王女は腹に両手を当てて爆笑した後、
「本当にいらない者が二人も混ざってくるなんて……クソ役にたたないわ。無駄な不燃ゴミは要らない。少しかっこよく(ボソッ)……クソはクソ、カスはカス。弱者は弱者。弱者はいつまでも弱者なままなのよ。今世紀最大のミジンコ……いえミジンコに失礼ね、超がつくド最弱ステータス持ちなんて、最初っから日陰の雑草と思って見下すべきだったわね。このクソカスザコな雑草がぁ‼︎」
顔に痛烈な衝撃が走る。
意識が飛ばされないように食いしばる。
痛みが何度も体中に襲いかかる。
耐えるしかない。
精霊たちがざわつく。
なぜ反撃しないのかと。
そんなことできるはずがない。
今ここで何かをすれば、後々の火種になりかねない。王様も興味深そうに前のめりで見ている。いつでも俺が抵抗すれば、自分が動き出せるように。自分も王女と一緒にいたぶりたいと考えてる顔つきだ。
こうなると何か反論してもダメ、抵抗してもダメ、負の連鎖しかない。最悪即座に処刑もあり得る。
王女の足蹴りを俺はただ受け続ける。
「きゃーーーーーーー」
クラスメイト複数人の女子たちの悲鳴が王の間に響く。
「栄誉ある王女からの言葉を聞いて、その眼はなんだッ⁉︎心の中で私を笑っているのか?そうなのか⁈」
「……」
髪を持ち上げられ、顔と顔が間近になるまで目の奥底を覗き込まれる。
王女には俺の目はどう映っているだろう。
数秒後、
「絶対に屈服させてやるッ‼︎」
ドン!と床に頭から叩き潰される。
これが答えだ。
気絶しそうだ。
「そのまま頭を垂れて、王女様ワタシメは勇者の資格すらないクソザコ世界一最弱底辺です。道端にも生えていない、人の目にも止まらない、クソまみれな雑草ですと言ってごらんなさい‼︎」
プチンと何かが切れる音がした。
それは堪忍袋だったかもしれない。
やばい。これは最初っから最後まで、まともに取り合ったらいけない人だった。敬いは最初からないが、これほど気持ちよく自分の気持ちを暴力という形でさらけ出す人は珍しい。でも俺にも自尊心がある。ここで自分自身の意思を捻じ曲げられて王女へ頭を垂れるつもりはないし、あんな中傷的な言葉を自分の口から言葉として発したくもない。
「やめた。俺は――」
「誰が口を開いていいと言ったの⁉︎そこの騎士たち、この雑草に誰に口答えしようとしていたか思い知らせてやりなさい‼︎」
「「「「「ハッ‼︎」」」」」」
こうなるか。ここに来る前に可能性として少しは予想していただけに残念だ。精霊たちの話を全部聞いた上で、自分の目と耳と体で確認してみたが暴力は働く口は悪いプライドが高い傍若無人極めてる。これは度が過ぎて目に余る。こんな場所には長居していられない。
「白石さん、動くよ(ボソッ)」
「!」
「ッ⁉︎」
白石さんと青筋を立てた王女がピクリと反応する。
まず近づいてくる騎士たちへ風の精霊の力を借り、暴風を叩き込む。
「「「「「ナッ⁉︎グァアアアア‼︎」」」」」
急な出来事に理解が及ばぬ騎士たちは数メートル空中に巻き上げられ、壁に激突して戦闘不能に陥る。
こちらの世界の精霊たちは伝達速度が速い。例えれば、水滴が水面に落ちた時に波紋ができ、広がるさまをイメージすると分かりやすいだろう。水滴が俺で、水面が精霊たちだ。俺の考えを精霊から精霊へと共有され、無から有が生み出されて一つの力になる。それは大きければ大きいほど、精霊たち全てに思考共有行き来が大事なのだ。伝達速度が高い上に正確性があれば、即座に事象として発生させられる。まだ何を考え何を思うお互いの関係性は浅はかだった精霊たちと繋がりを通して共有したことで、相互理解が深まった状態だ。
「ェ?何が……貴方達何をやってるの‼︎王女の命令に従わないつもり⁉︎」
「馬鹿だな。もう気絶してるよ。次は王女あなたの番だ」
「……嘘よ、どうして……」
ワナワナと震える王女。
急激な変化には弱いか。
強めのお痛が適切だろう。
俺の考えに同意してくれる精霊たちも怒っている。
教室内で行った時以上のスパイラルトルネードを王女の胸に押し当て、
「遠慮はいらないよね?」
「お、覚えていなさいよ」
ニッコリ笑うと青ざめヒックついた表情のまま王様の座する煌びやかな場所まで吹き飛んで行った。吹き飛ばされる際に王女の身に付けているエメラルドグリーンの宝石が光った。察するに身を守る護身用か何かだろう。
「行くよ、白石さん」
茫然自失の白石さんの手を握り、駆け寄って来る他の騎士たちを暴風で吹き飛ばしながら王の間の出口へ向かう。
「「「「「グワァアアアア‼︎」」」」」
「「「「「ガァアアアア‼︎」」」」」
この人達は悪くない。されど、上司が王女だったのがいけなかった。
眼を血走った目で、こちらに向かってこようと手加減はしない。怯えや恐怖といった感情を出されても手加減はしない。恨むなら王女を恨んでくれ。
邪魔に入る全ての騎士を片付ければ、次に来るのは宮廷魔術師だ。
精霊たちが相手は大きな魔法を行使しようとしている。発動される前に先制攻撃と勧めてきた。
邪魔の一手。
宮廷魔術師が一箇所に群がっている地点に真下から竜巻を起こす。
「「「「「ブツブツブツブツ――ッ⁉︎」」」」」
呪文を詠唱するのに集中していた宮廷魔術師たちは皆一斉に「うわぁああああああああああああああああああああああああああああ」と叫び声を上げて天井までグルグル回されたのち、そこから急降下で床に激突する。
鈍い音が何度も何度も響くのを他所にクラスメイトや王様含めた全員の意識が落下する宮廷魔術師に一点に向いた一瞬の間に俺と白石さんは風の精霊の力を借り、光学迷彩の応用であたかも姿が消えたように風のヴェールに包まれる。
「白石さん行くよ」
「う、うん」
白石さんにだけ聞こえる小声で呼びかけ、状況をイマイチ理解できないでいるが今はこの場を離れることだけを最優先に行動した。
「ククククッ、フハハハハハハハハハ」
王様は腹から笑い、
「どうされますか?」
隣に立つ騎士長が問えば、
「よい。面白い余興だった。その褒美として今だけは安らぎの猶予を与える」
満足そうに答え、
「……ッ!あの雑草は!どこ⁉︎あのクソザコな最弱はどこに行ったぁああーーー‼︎」
王女の叫びだけが忌々しく王の間にこだましたのだった。