16. 桐生静は、名付ける その2
魔の大森林の中に絶景の滝が流れ落ちる川辺を発見した。苔が生えた岩や木々や草花が調和し合い、神秘的な空間が広がっている。絶景とは、コレらを指すのだろう。
少しの間、神秘的な空間に見惚れる。
「ガゥガーゥ」
ヨゾラが川の水をガブガブ飲む。
ヨゾラにとっては見慣れた景色なのかもしれないな。
「美味しそうに飲むな、ヨゾラ」
俺も手で水をすくい、試しに一口飲む。
「しょっぱくないな」
純度100%の自然水のようだ。
間違いなく透き通った水は美味いと言える。
川の中に視線を向ければ、魚がたくさん泳いでいるのが分かる。
ヤマメに似ているな。
美味い川魚だ。
こちらの世界に来て、初となる魚が本日食べられる。川魚じゅるり。
俺は川の周囲にいる水の精霊に挨拶し、川の注意を受ける。
要約すると滑る危険、足が挟まる危険、深い所に魔物いる危険、靴が流れる気をつけろ!抜げたら最後靴を追いかけるな危険とのこと。
危ないのを重々承知して、水の精霊にイメージを共有する。
今回のイメージは、シャボン玉だ。
イメージの共有が行われ、瞬時に川の中から水玉の中に捕らえられた魚が浮かび上がって来る。透明で綺麗な水だ。汚れは一切ない。環境が良い証拠だ。それらを空中でひとまとめにして空輸しようとした瞬間――川の中から黒い何かが飛び出してきた。
「!」
「ガウ⁉︎」
ヨゾラは入れ替えの能力で回避し、俺は今さっきまでいた場所からバックステップで後退し、飛び出してきたモノの正体を視界に捉える。
その正体はワカメだった。
ヌルヌルしたワカメは川の中から幾十になって浮かび這い出て、目標と認識された俺とヨゾラ目掛けて襲いかかる。
「……!」
視界一面がワカメ、ワカメ、ワカメのオンパレード状態だ。
俺は襲いかかって来る全てのワカメを瞬時に生み出した風の刃で一刀両断する。だが予想以上の大量なワカメの数に風の刃だけで捌き切るのは難しく、死角から迫るワカメに至っては暴風で吹き飛ばし、頭上に伸びきったワカメの水面に浮かんだ根元を断ち切るという対応に迫られた。
しかしワカメは切っても断ち切っても川の中から何度も襲いかかる。辺り一面、ワカメだらけだ。今日はワカメ料理が大量に作れそうだ。
ぶわぁぁぁぁぁぁっ!と物凄い勢いで膨張し続けるワカメに気持ち悪さを覚えるのは歪めない。
俺は風の刃+水の刃を新たに生み出して応戦する。川の水がある限り、水の刃を無限に生み出せる点が大きかった。ワカメは驚異的な数の刃の速度に攻撃の手数が追いつけずにとうとうワカメを出し尽くしきった。
「ガゥガーゥ!」
ヨゾラも無事ワカメ駆除に成功したようで、入れ替えでスタッと俺の元へ。
俺は川の中を覗き込み、川の奥深くに生えている?生息する?ワカメの本体を見つけ出す。怪物と言っても過言じゃない本体は既にワカメを増殖させる体力も気力も無さそうだ。
ワカメの敵対する意思がないことを見定め、本体への攻撃はやめた。いずれ体力気力が回復すれば、再びワカメを回収することができるという一点を考慮するとワカメ討伐は意味を成さない。他にワカメが複数体いるならまた話は変わって来るが、この川の中には今現在1体しか捕捉できていない。近場にいないなら、このまま放置で問題ないだろう。
辺り一帯に広がる集合体のワカメとヤマメ似の川魚達を空輸して、再び移動開始する。
川の流れは緩やかで、それに合わせて進む道をヨゾラと共に歩み進める。
先へ先へと進むとヤギの魔物と遭遇した。ヤギの頭には一角獣のツノが生えており、俺の知るヤギの生態系とは違うようだ。
「「「「「ブロロロロロロ」」」」」
川の水を飲んでいたヤギの群れが俺を発見するなり、唸り声を上げる。
ブロロロロロロという唸り声は少なからずバイクの駆動音っぽく聞こえてしまうのは俺だけだろうか?
ヤギは戦闘態勢に入り、
「「「「「ブロロロロロロ!」」」」」
唸り声と共に突進を敢行してきた。
「ヤル気か。なら――」
分厚い土の壁をヤギと俺との間に作り出す。
急に現れた壁に驚きもかぐやで、
「「「「「ブロロロロロロ⁉︎」」」」」
前方のヤギ全員が急に足を止めることは不可能で勢いそのままツノで壁に穴を開けて、身動き一つ取れなくなる。
「ヨゾラ!」
「ガゥガーゥ!」
言われなくても分かっていると吠えるヨゾラ。すぐに動く。
2列目と3列目にいたヤギ達は1列目の仲間達がツノが壁にめり込んで動けないことを悟ると壁のない左右の空いた道へ雪崩れ込む。
「残念」
「「「「「ブロロロロロロ⁉︎⁈」」」」」
その一言と同時に雪崩れ込んだ全てのヤギが急造の落とし穴にボトボトと落下する。
「ガウ!」
勝ち誇るヨゾラ。合図で俺が何をやりたいか察してくれた。落とし穴を作るためのまとまった土を数秒で丸めて完成させ、ソレと入れ替えを二度繰り返し行ってくれたのだ。
驚いても既に遅い。前へ進めた足は止められない。後方から来るヤギから押されてドミノ倒しで落ちていく。
何が起こった⁈という表情を浮かべるヤギ達は落とし穴の下から見上げる。
見上げたところで、快晴の空が覗けるだけで上へ上がれる階段も坂もない。
それはそうだろうな。わざと左右から攻められる箇所を作ったんだ。まんまと罠に引っかかったヤギ達をアトラクション同様にお疲れ様でした出口はあちらになりますなんて言葉はなければ、逃がすつもりも毛頭ない。
お前達は選ぶ相手を間違えた。
「「「「「ブロロロロロロ!」」」」」
自分達がこれからどうなるかを今更考え始めても遅い。俺は風の刃で全てのツノを根元から折り、致命傷を与える攻撃可能な箇所を取り除く。怪我したヤギ達には治癒をかけておく。
「ガゥガーゥ!」
ヨゾラが徹底して殺す気はない反抗しないでくれと伝える。威厳のある風格を醸し出すヨゾラの言葉に渋々頷いてくれる。
唸り声を上げ続けるヤギ達を生かしたまま、空輸する。反抗する意思はないことは確認済みなので、ベースキャンプに着いても問題ないだろう。もし暴れても攻撃は突撃か蹴るかの二択しかない。全く問題なしだ。
問題なく空輸し終えて、遅れて姿を現わす敵が一体。ヤギ達を束ねている王だ。怒りの形相で、フシューと息を吐き出してこちらを睨みつける。さっきのヤギと違い、一角獣のツノとは別に左右に捻れた太いツノを生やしている。
ヨゾラが「グルルルル!」と唸る。
かなり強い敵と認識したらしい。
俺はその場で動かず、相手の出方を窺う。
「ガウ!」
ヨゾラは自分が戦うと一歩前に踏み出す。
「わかった。ヨゾラ頼むぞ」
「ガウ!」
ヨゾラは大ヤギがどう動くか見定めずに先制で動いた。大ヤギはヨゾラの動きに合わせて、ツノを標的に向ける。
「ブロロロロロロ――‼︎」
「――⁉︎」
瞬間、大ヤギは爆発的な動作で姿を消した。
ヨゾラは一直線に向かって爆発的な加速で襲いかかる大ヤギをかろうじて捉えることに成功し、ツノが己の身体に触れるか触れないかのギリギリの境界線で入れ替えを発動して、ソレを避けていた。
ヨゾラの身体からポタリと一滴の血が流れ落ちる。ギリギリではあったが大ヤギの加速が入れ替えよりも速く触れていたのが証明された。
「ブロロロロロロ」
「グルルルル!」
不敵に笑う大ヤギと苦虫を噛み潰すヨゾラは対極的だ。
ただ俺は2体の戦いを観戦しつつ、大ヤギのあの加速を自分なら避けられるかを考える。初見であったなら土の壁を5層作り出して身動き封じで受け止めるか、その身に暴風を纏って加速回避で避ける時間の猶予はあっただろう。けれど、実際相対して経験してみないことには定かである。
川の水が弾け、風塵が巻く。
今も爆発的な加速と入れ替えが数多く繰り広げられている。
大ヤギはその身にのしかかる負荷と加速に慣れきっている。普段から使いこなす為の準備と実戦を怠っていなかったのだろう。表面に盛り上がった筋肉質な肉体がソレを物語っている。蹄は小さな突起を掴み、速度を殺すことも再び出すことも容易で、地形が変動したとしても難なく進めれるようだ。
どれだけ戦闘に対して真面目に取り込んだ鍛え方をしているのだろうか。
俺は敵である大ヤギに感心すると同時に仲間にしたくなった。
ヨゾラと互角以上に渡り合える魔物はいない。これからも出逢わない可能性大と思っていたが現実は違った。
今目の前でヨゾラと互角以上に渡り合う大ヤギがいる。いたのだ。
ここまで自分自身の長所を活かして、相手に隙を与えずに一撃必中で戦う戦闘スタイルは中々のものだ。
ヨゾラが入れ替えの能力を持ってなければ、確実に一撃必中で仕留めていたに違いない。大ヤギは初見でヨゾラの心臓を一点に狙っていたのだから。ヨゾラが流した箇所を確認すれば、歴然だ。
戦闘を繰り広げ続ける2体がまだまだ体力的に戦いを継続できる強靭な肉体と精神力の持ち主と認め、
「ヨゾラ交代だ」
「ガゥ!」
物足りないと言うヨゾラを後ろに控えさせて前に出る。
「ブロロロロロロ!」
次はお前か?と不敵な笑みで笑う大ヤギに「そうだ。俺が相手をする」と伝えて戦闘開始。
爆発的な加速が襲いかかる。
目の前が黒い影が覆い被さるように真っ暗になる。
巨体が俺の俄然に迫ったからだ。
ここまでの加速度を出せるか。
ワクワクした高揚感で満たされる。
俺も大ヤギに負けず劣らずの爆発的な暴風をその身に纏い、前へ。
「⁉︎」
大ヤギは予想外の展開に慄いた。
俺は大ヤギの一角のツノを掴み、お互いの爆発的な加速同士をぶつけ合う。
風切り音が耳にこだまする。
重圧感が増す。増す。増す。
大ヤギは俺が笑っているのに気づき、
「ブロッッ⁉︎」
サッと表情が強張り、口が震えた。
二つの物体同士の凌ぎ合い。
ソレは時間にして数秒の事だ。
だが感覚的なものでは、数分か。それ以上だ。
大ヤギは自らの誇りである爆発的な加速で押し負け、そのまま物理的な力が加わった投げ技で投げ飛ばされる。
「合格だ」
大ヤギはハッとした表情で俺を見つめ、最後にはお前は強き者であったかと納得して木々にぶつかり倒れる。
「ガゥガーゥ!」
ヨゾラが駆け寄る。俺は優しく頭を撫でて、大ヤギの元へ向かう。
「ブロロロロロロ」
お前の勝ちだ、か。
俺は癒しの精霊を今回も一緒に同行してもらっていて良かったと感謝しつつ、大ヤギを治癒する。緑色の光に包まれた大ヤギは肉体が癒されるのを感じ取り、「ブロロロロロロ!」と唸る。
「どうして、か。それはお前を仲間にしたくなったからだ」
「ブロロッッ⁉︎」
「ああ。大ヤギお前は強いな。強い奴が仲間になってくれれば、安心して仲間を任せられるだろう?」
「ブロロロロロロ」
「お前の仲間も全員無事だ。ヤギ達は乳が出せるだろうと思ってベースキャンプってところへ空輸した。あとヤギの毛皮から服とか作れるんじゃないかと思ってな。だから最初から殺さずにいただろう?」
「ブロロロロロロ!」
「なら最初からそう言えって言われてもな。話を聞く耳持たない時点で話し合う余地はなかっただろう。それにお前が仲間想いだってことも分かった。俺と共に来てくれるのなら心強い。なぁ、ヨゾラ」
「ガゥガーゥ!」
ヨゾラも賛成してくれた。
「ブロロロロロロ‼︎」
大ヤギは高らかに唸り声を上げ、共に来ようと深々と頭を下げた。
「よし。なら名付けだ」
「ブロロロロロロ!」
名付けは危険な行為だが魔力には余裕がある。問題ないだろう。
「お前は爆発的な加速を持っている。だからお前の名前はアクセルだ!」
名付けた瞬間、全身から力が抜ける。
意外とかなり魔力を持っていかれたな。
「ガゥ?」
「ブロロロ?」
ヨゾラとアクセルが心配する。
「大丈夫だ。問題ない。アクセルに頼みがある」
「ブロロロロロロ!」
「今からアクセルを空輸する。先行してベースキャンプにいる他のヤギ達をまとめておいてくれるか?」
「ブロロロロロロ!」
「よし!なら頼んだ!」
俺はアクセルを空輸した。アクセルは慣れない浮遊感に驚きつつも、すぐに慣れたのか不敵な笑みで「ブロロロロロロ!」と先に行くと唸って運ばれて行った。
「ふぅー」
俺はその場で座り込み、
「ガゥガーゥ」
すぐ横に座ったヨゾラの頭を撫でる。
これでベースキャンプに強い守りが増えた。ベースキャンプに魔物が襲来する可能性はほぼないと見てるが、もし万が一があったとしてもアクセルというヤギの王がいる限り、早々遅れは取らないだろう。
俺は川の水を手ですくい、飲む。
「美味いな」
自然の恵みに感謝して、再び休憩を少し挟んだあと先へ歩み続ける。