15. 桐生静は、教わる
「セイ様、朝から精が出ますな」
オロ爺がゆっくりとこちらへ。
途中から白石さんも混ぜて、肉体改善に取り組んでいたわけだが。白石さんも俺と同じメニューをこなしているわけではない。白石さんには水の精霊がついており、そちらのほうでワンツーマンでレクチャーを受けている。
俺とヨゾラはあいも変わらず、ぶっ通しで同じ事を繰り返していたわけだがオロ爺がやってきたので中断する。
「オロ爺、おはよう」
「ガゥガーゥ!」
「おはようございます。セイ様。ヨゾラ殿」
手を挙げ、挨拶するとオロ爺は深く腰を折って挨拶してくる。
本当にオロ爺は礼儀正しい見本のような人だ。
「では体が温まっているセイ様には昨日の夜に話していた実践をしてもらいましょうかな」
「オロ爺よろしく頼む」
俺もオロ爺に習って頭を下げる。
「任せてくだされ」
「ヨゾラはそれまで好きにしていていいぞ」
「ガウ!」
ヨゾラは駆け出して、中断していた続きを続行するようだ。
「ヨゾラ殿はセイ様と似ていて動かれるのが好きなようですな」
「そうか?」
「側から見れば、そのように見えてしまうものです。セイ様に負けたのがこっぴどく効いているのではないでしょうか?」
「そうだろうか?」
「負けず嫌いな性格だとわたくしめはヨゾラ殿を最初に見た際に印象付けられましたな。セイ様に負けない為に自分はどのようにすればいいか?劣らない為にはどう強くなるべきか?をよく考えておられるようですぞ」
「ヨゾラが負けず嫌いか。確かにそうかもしれないな。オロ爺は魔物の性格でさえ把握できるんだな?」
「いえいえ。わたくしめはただそう印象付けられただけでございますよ。魔物の性格を千差万別見分けられたら、わたくしめは今頃魔物の王になっていたかもしれませんぞ?」
「的を得ているな」
「ハハハハハハハハッ」
「ははははははははっ」
「ではそろそろ実践に参りましょうかな」
「ああ。よろしく頼む」
「昨日温泉に入っていた際に感じたという波動は魔力にございます。それは昨日話したので解ってあるでしょうが、魔力は己の体内に存在しております。温泉の中に含まれた魔力と呼応して、セイ様の肉体から流れてるほんの少しの魔力を感じ取れたのです。その魔力を意識的に捉える事は難しい反面、魔力を増幅させる魔茶を飲む事で、だいたいは掴めたのではないですかな?」
「ああ。オロ爺に言われた後から意識して魔茶を飲んだら魔力の流れを掴むことができた。今朝も魔茶を飲み、魔茶の魔力と俺の中にある魔力が溶け合って混ざり合うのを感じたところだ」
「それは吉報ですな。ではセイ様、己の肉体に流れる魔力を感じ取ってくだされ」
「わかった」
言われる通り、瞑想状態から体内の魔力を感じ取る。
「オロ爺、問題ない」
「次に肉体に流れる魔力の向きを変えるのです。内から外へ出すように」
内から外へ出すように。
意識を魔力へ集中する。
ぶわぁぁぁぁぁぁと魔力の本流に飲み込まれそうになる。だが、その本流に抗わずに流れに乗るように動きに変化をつける。
「流石ですな」
オロ爺の発言で目を開ければ、俺の身体に纏わりつく魔力が目に見えてわかる。
「最初の1発目で成功なさるとは……セイ様には感服致しますばかりですな」
「これはひとえにオロ爺の教えが素晴らしいという証明だろうな」
「……‼︎……ゴホン。セイ様、不意打ちはやめてくだされ」
オロ爺の顔が赤い。
急にどうしたのだろうか?
不意打ちなどした覚えはないぞ?
「それでは気を取り直して、次に移りましょうかな」
あまりにも不自然に体を180度回転させて、向こうを向くオロ爺。
その行動は謎極まりない。
「セイ様は今は意識を向けておられるから魔力を肉体に纏うことができております」
「その通りだ。別の事に意識を向けたら一瞬で消えるようだ」
俺はオロ爺の謎行動などに意識を向けた瞬間に纏った魔力が消えたのを確認済みだ。これはなかなか難しい。
「無意識化でソレを行えるようになれば、肉体的な活動の幅が広がります。わたくしめが実践でお見せ致しましょう」
オロ爺の全身に魔力が瞬時に纏わりついたと思えば、その場から一瞬で姿が消える。
「このように」
ポンと後ろから肩を叩かれる。
後ろへ振り返れば、オロ爺がニコッと笑う。
「凄いな」
驚いた。
今の一瞬を目で追えなかった。
精霊を通して視れば、問題なく捉える事は容易だろうが今の俺は素の状態で自分の目で見ている。だからこそ、捉える事はできなかった。
「こんなこともできますぞ」
オロ爺が右腕を上げ、右手を空中へ向けると魔力が弾となって飛んだ。
弾が見えなくなるとパタリと地面に何かが落下した。
「……!」
落下したのは、小さな鳥だった。
ピクピクと痙攣している。
「このように魔力を拳から飛ばして、空を飛ぶモノを撃ち落とすことすら造作もないですな」
ただただ驚いた。
「無意識化で行うことができれば、戦闘や肉体労働においても朝飯前に使いこなせるのです。これらを一般的に魔力纏と呼んでおります。空中へ飛ばしたのは魔力弾ですな」
「魔力纏に魔力弾か。ソレいいな」
早く俺もオロ爺みたいに無意識化で使えるようになりたいな。
「まずはセイ様には自然と魔力纏を使えるようになってもらいます。日常的な動作を確認しなくてもできるように。魔力纏を日常的な動作として意識的に擦り込んで、日々の生活で無意識で使いこなすまでが課題ですな」
「無茶難題な課題だな」
「セイ様ならもちろん難しいことではないとわたくしめは確信しております。セイ様ならこの無茶難題いえ無理難題な課題であっても屈することなく、やり遂げられると思っておりますぞ」
めちゃくちゃ期待されてるな。
ソレに応えるためにも1分1秒無駄にする事はできない。
「それとは別の話になりますが魔と付くものは魔力を持っていると覚えておいてください。魔物や魔族、悪魔や魔剣など例に挙げたらキリがありませんが……。魔力纏を習得した暁には武器にも魔力を乗せて戦えますので、是非頑張ってくだされ」
オロ爺監督の元、朝食の時間が来るまでの間、魔力纏の特訓に励む。
朝食後。
「桐生くんっ!」
白石さんに捕まった。
「また行くんでしょ!」
確信めいたものがある目だ。
「どこへ行くのか聞く必要ないよねっ。ヨゾラ連れて行くんでしょ⁉︎」
「ガウ!」
『よくわかったな』と隣にいるヨゾラが頷く。
「やっぱりッ!」
ジト目で睨まれた。
「どうして、君ってやつは冒険が好きなのかなッ!男の子だから気持ちは分かるよッ。分かるッ。異世界に来たらまだ見ぬ冒険心が疼くんだよねッ?冒険しなきゃいけない病なんだよねッ?そうだよねッ?絶っ対そうだッ!」
最終的に決めつけられた。
「はい。白石さんのおっしゃる通りにございます」
反省を込めて発言すれば、
「なんで丁寧語なのかなッ?やっぱり、私に内緒で行くつもりだったんだねッ!」
軽いデコピンを受けた。
「いや言うつもりだった。それより先に――」
「言い訳はよくないよねッ。桐生くんの良いところは素直なところだよねッ。グダグダ言い訳を述べる人ってどうなのかなッ?素直な人が一番いいと桐生くんだって思うよねッ!」
弁明しようとしたが既に手遅れ。
「はい。ごもっともです。白石さんのおっしゃる通りにございます」
「うむ。よろしいッ。今後は私より早く行くなら行くって報告することッ!」
デコピン2回目。
「はい。白石さんに報告します。させていただきます。それで問題ないでしょうか?」
「うむ。よかろうッ。あと丁寧語はしなくていいからねッ。なんか私が悪代官みたいじゃんッ!」
いや、よかろう発言がまんま悪代官だぞ?とは口に出してはいけない約束だ。
「わかった」
「桐生くんと一緒に冒険に行きたいところは山々なんだけど、昨日のゴブリンの一件で私はついていかないほうがいいよねっ。ダメダメな私がいると足引っ張っちゃうしと思っちゃったッ」
「そんな風には思ってないぞ」
「ううん。桐生くんがよくても私がそう思ったのっ。だから私は私で水の精霊と一緒に自分自身の特訓に集中するよッ。そして自分の身は自分で守れるぐらい実力つけて、桐生くんの足を引っ張らないと思えたら今度は一緒に冒険しようねッ!」
「そうか。ならそれまでは一緒に冒険はお預けだな」
「うん。そう決めた以上は有言実行するよッ!今日からダメダメな私から少しずつでも素敵な私になれるように頑張るッ!それでいつか桐生くんの隣に立てる自分になりたいッ!」
有言実行するか。白石さんの意思の強さを目の前で見せられた気分だ。
「自分自身への決意表明だな」
「あっ!今笑ったッ!クスッて笑ったでしょーッ!」
自分でも気づかなかった。
俺は笑っていたのか。
ここまで真っ直ぐな白石さんを見ているとあの頃の忘れていた記憶を呼び起こしてしまう。
真っ直ぐな白石さんとあの頃真っ直ぐだった誰かと重ね合わせてしまったのかもしれない。
いつか俺もそう言える自分になれるだろうか?変われるだろうか?
そう自分自身へ問いかけて、返ってくる答えは一つ。
『いいや変わらない。変われるはずがない。桐生静はどこまで行っても、桐生静のままだ』
あの日言われた言葉だ。
俺は心の奥底から這い出る黒いモノをそっとしまい込む。
「白石さん行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃいッ!気をつけて行ってくるんだよーッ!」
白石さんに見送られつつ、ヨゾラと共に魔の大森林へ向かうのだった。