14. 桐生静は、2日目の早朝もアレから始まる
早朝。本日も誰も目が覚めてない時間帯から筋トレを開始する。
周回する際に境界線で異常が起きてないかを確認する。問題なし。
魔物が近づく気配もない。ベースキャンプへ向かってくる脅威もなし。
安全確認後の2週目で、ヨゾラが合流。
俺の気配が移動してるのを感づき、何事かと合流してきたヨゾラが単純な質問をしてくる。
『朝から何してる?』
単純かつシンプルな質問に対して、自分自身の弱体化した肉体改善と肉体改造を端的に説明する。
(・Д・)
開いた口が塞がらないヨゾラ。
『なぜ強いのか。謎が解けた』
ストンと疑問が解けて腑に落ちたヨゾラはソレに賛同すると同時に自分磨きで一緒に運動すると主張する。ヨゾラが加わって、何か問題があるわけもなく、即答で「別に問題ない。やるからには途中で抜けるなよ」激励と共に許可を出す。
やる気のスイッチが入ったヨゾラと俺の間に周回どっちが速いか白黒つけようぜ!という1対1の闘いが始まったのは言うまでもない話だ。
結論ヨゾラに圧勝で負けた。
精霊の力を借りていない素の状態の俺ではヨゾラの基礎能力値を上回れず勝るわけがなかった。
『嘘だろ?本気か?』
ヨゾラは結果に疑問を持つが
「本気だ。ヨゾラは圧倒的に速いな。もう完敗だ」
本気で負けたのを悔しがる素振りを見せれば、当然だと言わんばかりに勝ち誇って胸を張る。疑問は一瞬で氷解し、勝利の甘美へ酔いしれる始末。
チョロいな。ヨゾラ。
されど、本気で負けたのを悔しく思ったのもまた事実だ。精霊の力を借りてない俺ではヨゾラに及ばない事実は明白だった。目の前でその事実をハッキリ突きつけられようとしっかりと受け止めて、前へ進まなければいけない。
俄然燃えるとは、このことだ。
白黒ついた時点で、本来の目的に立ち戻る。
限界を迎えれば、癒しの精霊による治癒で疲労と肉体を癒して、もう一度。限界→治癒→限界→治癒の繰り返し行い、弱体化した自分自身の改善に取り組む。ヨゾラも同様だ。
まだまだ向こうにいた頃の元の肉体状態に戻すのに時間がかかりそうだ。だが、神の悪戯でこの身に科せられたバッドステータスの無力・失速・超重が常時発動で働いてる分、いい具合に肉体改造が励める。
重みをつけなくとも既に乗っかっているから24時間体制で、身体を常時鍛えられる。動きや力加減すらも失速無力で、出すべきところで力を出力し、それ以外では必要以上の力み加減は生まれずにオンオフの切り替えが無意識化で行うトレーニングとして、とても最適化して良い。この点を鑑みると既に俺からしてみれば、バッドステータスではなく、グッドステータスと言えよう。ある意味で、着々と肉体改造が滞りなく進めて万々歳だ。
今頃、あの神は俺を見てどう思いどう考えているだろうか?――否、この世界に干渉出来ているか不明だな。場合によっては何も知らずに自堕落な生活を謳歌しているかもしれないな。
頃合いがいいところで切り上げて、一息休息を取る。
木の椅子と木の机がある地点まで歩み、椅子に腰掛ける。
ヨゾラは俺の隣に座る。
机の上には木のコップと木の水筒がある。木の蓋を軽く取り、水筒を持ち上げて、コップに魔茶を注ぐ。
見た目は茶色。まんま茶である。
ヨゾラ用の大きめの皿と大人一人分の大きさはある水筒が風の精霊達によって運ばれてくる。
俺は風の精霊達に感謝を告げ、よくやるねーがんばるねーと褒められた。
ヨゾラも俺を真似て感謝を告げ、ヨゾラいいこーいいこーと頭を撫でられ、他の精霊達からもふもふされる。
ヨゾラも気持ちよさそうだ。
巨大な水筒から皿へ魔茶を注ぎ、ヨゾラへ差し出す。
ヨゾラはガブガブ飲んで、空になった皿に再びドバドバと魔茶を注ぐ。
ゴクゴク美味しそうに飲むヨゾラを観察しつつ、満足気な様子なのを確認して、コップに注いだ魔茶をグイッと一口で飲み干し、
「ふぅー」
体の中の空気を吐き出す。
体の中に魔茶の魔力が加わり、本来ある魔力と溶け込んで循環されていくのがわかる。
この魔茶と呼んでいる茶は、木の根っこから採れたものだ。
昨日皆が頑張って作業してる際に根っこをバッサリ切った者が「根っこから茶色い水が出るぞー」と叫び、ソレを見て喉が渇いていた者が味見で飲むと「魔力を含んだ茶だッ!」というやり取りから見つかったものだ。
オロ爺曰く長年この魔の大森林に根強く残る木々だからこそ、この地の生きとし生けるものから大地へ還ったものの養分と魔力をたっぷりと得て吸うたことで魔茶を生み出したのだろうと。
一般的に普及したものではないため、魔茶の存在は明るみに出ているものの入手経路は謎めいていて、ファミリア王国では高級品の中でも飛び抜けた高級品だと聞いた時は驚いた。
金額を聞けば、なおさら驚愕した。
桁がおっかなびっくりで、正直詐欺レベルでおかしいと初めて思ったのは内緒だ。
魔茶は飲む事で、自身の魔力を微量だが上げる事が判明してる。そう理由を聞いたら詐欺じゃないと秒で理解した。
凄いモノを見つけてしまった手前、第一発見者達はどうしたもんかと頭を悩ませて、オロ爺に即相談して、オロ爺から俺に報告が成され、「何を迷う必要がある。みんなで飲めばいいじゃないか」とバッサリ切り捨てたのが昨日の話だ。
入手経路を知ってしまったからと言って悩む必要はない。売りに出せば、豪遊の暮らしができるだろうがソレがどうした?出したら入手経路の確保を知った者がいるとバレる上に販売してる商会を敵に回すことになる。場合によっては争奪戦が繰り広げられる未来が見えるというものだ。
逆に出さなければ、販売してる商会に把握されることはなく、目をつけられる心配もない。
使い方次第で、争いに発展する可能性はあるが回避は容易で可能。
全ては使い方次第で、どうとでもなるのだ。悪用はダメ。絶対だ。
魔茶を大量に手に入れたからには有効活用しない手はない。俺自身のステータスの魔力10が魔茶を飲む事で、微量だが0から1へ加算されて増えた時は感動したものだ。俺以外の皆にも自力がつくのとないのでは雲泥の差が開けるのは十分分かりきったことで、昨夜の内に魔茶の存在は全員へ伝達した。
全員への手応えは良好だった。
「これってゲームで例えたら裏技だよねッ?」
白石さんは少なからず抵抗があるような言い方をするので、
「不思議な飴は道中でも手に入るだろう?アレが複数手に入るか大量に手に入るかの違いで、裏技じゃないだろう?」
「桐生くんっ、大量に手に入った時点で裏技と言われても仕方ないんだよッ!あと不思議な飴とか知ってるんだねッ!自然に言うから思わずスルーしちゃうとこだったよッ。もっと早く君がそのゲーム知ってるの知りたかったよッ!剣と盾どっちかやってるのッ⁈ねぇ、ねぇーってばぁーッ!」
そんなことを言えば、別の方向に話が大きく逸れた。
ちょっとした場面を思い出していると噂をすれば、なんとやらならぬ思い出しをすれば、なんとらで、白石さんがこんな朝早くからやってくる。
「おはよう。白石さん」
「おはよう。桐生くん。ヨゾラ」
「ガウ!」
俺は立ち上がり、白石さんが椅子に座れるように椅子を後ろに下げる。白石さんが椅子の前に来れば、椅子を前へやる。
腰を下ろして座れば、魔茶を別のコップに注いで手渡す。
「魔茶をどうぞ」
「桐生くん、まるで執事だねっ」
「レディーファーストって日本では言うからな。ちょっとした執事の真似事をしたまでだ」
「レディーファーストって言葉を桐生くんの言葉から聞くとは思わなかったなーっ。学校でもこうしてくれたら花丸あげたんだけどなーッ」
「そう言われると面目がないな。その節はすまなかった」
朝から謝る俺は何してるんだろうな。
「別にいいよッ。今こうしてレディーファーストを桐生くんからしてもらえたわけだしねッ!」
「今後はレディーファーストを心がけることを善処する」
「はいっ。言質取ったよッ!レディーファーストを忘れたら、私の痛ぁーいっゲンコツを受けてもらうからねッ!」
「……わかった。必ずやろう」
「うむ。精進してくれたまえッ!でっ、こんな朝早くから桐生くんとヨゾラは何してるのかなー?」
「俺たちは朝から特訓だ」
「ガゥガーゥ!」
「特訓ッ⁈」
「そうだ」
「ガウ!」
「こんな朝早くからいないと思えば、特訓かーーーッ。君って本当に人が知らないところで特訓とかしちゃう努力家なんだねッ!凄いよッ!」
白石さんに褒められた。
「ありがとう」
素直にお礼を言えば、
「桐生くんって本当に良い人過ぎるよっ。そこはそうだろっ?俺凄いだろッって鼻高くして自慢するところだよッ!」
また褒められた。
「あまりこの手の話はしたことがなかったからな。普段やってることをただひたすら反復してやってるだけで、自慢する話じゃないと俺は思うが」
「そっかっ。そうだよねッ!桐生くんって他の人と比べて物差しで測っちゃダメだったねッ。次元が違うやっ。ついうっかりしちゃってたよッ!」
テヘッとベロを少し出す白石さん。
「それで特訓ってどんなことしてるのっ?」
「そうだな。説明するよりも見てもらった方が早いだろう。ヨゾラさっきのをもう一度やるぞ」
「ガウ!」
俺とヨゾラは同じメニューをこなして、白石さんのところへ戻る。
ポカーンと口を開けて驚いた白石さんが待っていた。
「……桐生くんっ、ちょっと待ってッ」
手でストップと合図する白石さん。
「どうした?」
「ガウ?」
俺とヨゾラは顔を見合わせる。
どこもおかしな点はなかったはずだが。
「特訓ってレベルじゃないよッ!どう見ても特訓の度が過ぎたレベルだよッ!よくそんな異次元な特訓をやれるねッ!強靭な精神力の持ち主じゃないと不可能な領域だよッ!君が足を踏み込んでる領域と私の認識してた領域とではっ、かなりかけ離れてるよッ!簡単な特訓なのかなって軽く考えてた私がバカみたいだよねッ!凄いってレベルじゃないよッ!もう血反吐吐くレベルだよーッ!」
どうやら俺が日常的にやっていたメニューは度が過ぎていたらしい。
半泣きで大声を上げる白石さんを見てしまったら、冷静に自分がやり過ぎていたと気づけるというものだ。
「ガウ?」
ヨゾラは『結構いい運動だけど、それが何か問題でも?』と純粋に楽しんで自分磨きをしているからこそ疑問に思うようだ。
「本当に驚かせてしまい、申し訳ないッ!」
俺は早朝は謝罪から始まったのは誰が見ても歴然であろう。