12. 桐生静は、威厳もへったくれもありゃしない
ベースキャンプに到着したら空輸スペースに大量の魔物が山の如し数で積まれていた。
山がいくつもある。
大量も大量である。
遠くからでも一目瞭然だ。
オロ爺の前回の発言を活かして、ニワトリやオークと戦って力を示してみたが暴れるだけ暴れて仲良くする意思は一切なかった。場合によっては「喧嘩売ってんのかゴラァ‼︎」とメンチ切って飛び蹴りされるという事案もあった。まぁ飛び蹴りは食らっていないけどな。逆にヨゾラに飛び蹴りで返り討ちに合うという悲惨な末路であった。
ヨゾラと同じか、それ以上の魔物を帰り道で見つけ出すのは意外も意外で簡単ではなかった。力を示そうにも俺の攻撃を一度受けて耐えきれる魔物がほぼゼロでいないのだ。これは困ったと狩っては狩っていくうちにあら不思議と魔物の山がいくつも増えてしまった。
かなり魔物を狩ったからな。当分はあるだろう。人数が多いため、消費する回転率は高いだろうから意外と2日後には綺麗に皆のお腹の中に消えているかもな。
ヨゾラは欲張りだから、かなり食べるのは明白。図体が大きくなった分、胃袋の中にたんまり入るに違いない。
俺とヨゾラがベースキャンプの中へ進めば、皆が驚いて逃げていく。
「おい、キリュウ」
聞き覚えのある声が聞こえる。
ヨゾラの上から下を見下ろせば、犬耳をピンと伸ばして青筋を立てるバギオがいた。
「なにしてるんだ?」
「バカヤロウ!なにしてるんだはオレのセリフだ!こいつはなんだコラ⁉︎」
両腕をこれでもかと上げて、大声を上げるバギオは両手に解体包丁を新たに生み出してヨゾラに向ける。
「ガウ!」
「――ナッ⁉︎」
ベシッとヨゾラがバギオの両手に握る解体包丁だけを狙って叩き落とす。
バギオはヨゾラの動作が目で追えなかったようで、ナニカが自分の前を横切ったのは分かったようだが反応出来なかった。自分の両手に握っていた解体包丁が地面に落ちていることに愕然とする。
ヨゾラは自分に向けられたのが敵意でないと理解しているからこそ、なぜ刃物を自分へ向けるのだと気分が悪くなったのだろう。
「ヨゾラすまないな。バギオも悪気があってしたわけじゃないんだ」
「ガゥガーゥ!」
別にいい。最初が肝心だ。舐められたらかなわんか。
「分かってくれるか?」
「ガゥ!」
ヨゾラは納得してくれた。
次にバギオへ声をかける。
「バギオ大丈夫か?」
「おいおい、キリュウ!こいつは一体どういうことだコラ⁉︎魔物に慣れてねー連中もいるんだぞ!こんなデケーのが来たらビックリすんだろーガァ!」
「バギオすまないな。そこまで考えが至らなかった。それで、わざわざ言いに来てくれたのか。昨日の解体包丁の件と合わせて、お礼を言わせてくれ。バギオありがとう。今後もよろしく頼む」
「バッ、バカヤロウ!オレはキリュウの為に言いに来たわけじゃねーゾ!勘違いすんなコラ!それにキリュウの事だからまたナニカしでかしてきたンだろ⁉︎礼なんていいからサッサとこいつをどうにかしろヨナッ!」
バギオは地面に刺さった解体包丁を拾い、驚いて逃げている皆の耳に聞こえるよう腹から息を吸って言う。
「全員聞けヤァ!こいつは敵じゃねー!ビビる必要はねーゾ!全員の崇めるキリュウが連れてきたンだぜ!ほら見ろヨッ!オレがすぐ近くにいるってのに襲ってこねーゾ!オレらの知る魔物とは一味違うじゃねーかヨッ!」
バギオの大声が届いた皆が足を止めて振り返る。
バギオはヨゾラの真下にいる。足を若干震えさせているのに目を瞑れば、勇敢な立ち振る舞いだ。
全員が全員、ヨゾラがバギオを餌として捕食しないのを信じられないと顔を左右に振る。次にヨゾラに乗る俺を見た瞬間にパァーッと目の色が変わり、青白くなった顔も血色が良くなる。
「セイ様だ!」
「セイ様よ!」
「あの魔物はセイ様の……!」
「あれはウルフか⁈」
「いんやぁー、ありゃバトルウルフに違いねぇ」
「ひぇーまた凄いのを連れてこられた!」
「セイ様の実力の底が知れない」
「あの方についていけば、もう二度と奴隷になることはないッ」
「うぅうぅ、……ありがたやありがたやぁー」
「スゲー。セイ様スゲー」
ざわざわと皆がゆっくりと近づいてくる。感心する者、ヨゾラの生態を知る者、涙を流す者、手を合わせる者もチラホラいる。いつから俺は崇められる存在になったのか。なったつもりはないんだが……。
「ガウ」
目の色が変わった全員の変化に戸惑うヨゾラに「ヨゾラの仲間だ」と教え、バギオの頭にポンと大きな肉球を乗せたヨゾラはお座りして、俺はヨシヨシと頭を撫でて地面へ降りる。
「お利口だ」
「おいコラ!」
バギオは頭に乗せられた肉球を退かそうとするも力で押し負ける。
「ガウ!」
お前はまだまだだなとニヤリと笑うヨゾラに対して、「このヤロウ!」と犬耳と尻尾を激しく動かすバギオは側から見たら仲良しに見えなくもない。
「馬鹿兄貴!」
バギオとヨゾラが戯れ合いを繰り広げていると人混みの中からバギオと瓜二つの顔をした犬耳の女性が現れる。
誰だろうと聞くのは藪から棒だな。
昨日の時点で妹がいるのであろうとは喧騒を聞いて予想していたが、バギオと双子だったか。
俺は黙って様子を窺うことにした。
「なにやってるのッ!」
「おい、嘘だろ?見て分からねーのカッ!」
「ガウ!」
お前この子誰だ!とヨゾラによって髪の毛をグシャグシャに乱されるバギオは抵抗出来ずに「ぐぬぬぬッ」と唸る。
「オレの妹だコラ!なんか文句でもあんのかコノヤローッ!」
「ガゥガーゥ!」
文句はない。妹か。似てるな!とバギオと双子の妹を見比べるヨゾラ。
俄然興味が湧いたとバギオを解放して横に並べる。隣に立たされるバギオは「覚えてやがれッ」と恨めしく言うが、ヨゾラにされるがまま。
「……怖いよ、お兄ちゃん」
ギュッとバギオの服の裾を握る妹。
はぁ?
「おい狼野郎!なにうちの妹を怖がらせてくれてんだコラ!」
妹を庇おうと前に立ち塞がるバギオの勇姿よりも、妹の馬鹿兄貴からお兄ちゃん呼びに変わったのが衝撃的過ぎて1秒も満たないうちに記憶から色褪せたのは言うまでもない。
「ガゥ」
似てると感心するヨゾラ。
「ヘッ、そりゃ双子だから似てるだろーヨッ!って……そういうことじゃねー!」
「……お兄ちゃん」
まるで、別人だ。
幼児退行してないか?
よっぽど、怖かった様子だ。
そろそろ頃合いだろう。
俺はヨゾラにポンポンと優しく叩き、バギオの前に移動する。
姿を見せれば、ヨゾラに色んな意味でいじくり回されたバギオがキッと睨む。
「キリュウ、なに黙って見てんだ!少しは助けに入るタイミング早くてもよかっただろッ!」
「すまない。バギオとヨゾラの戯れ合いをもう少し見ていたくてな」
「バカヤロウ!アレのどこがジャレ合いに見えんだコラ!キリュウの良心は痛まなかったのか?ありゃ、一方的な上下関係の縮図だろーガァ!」
「……馬鹿兄貴!なんて口聞いてんのッ!」
プスッ!
「――アヘッ⁉︎」
バギオは思いもよらぬ後ろからの伏兵によって、アホな面構えでフラフラと地面にグッタリと倒れる。
某少年探偵のおっちゃんの如し倒れ方のようにだ。探偵じゃない俺でも誰が犯行に走ったか予想がつくぞ。
「⁉︎」
「ガゥ⁉︎」
俺とヨゾラは目の前で起きたことに驚愕してしまう。やばいの一言だ。
妹は様なにもなかったように「よいしょっ」と犯行現場からバギオを背中に担ぎ、
「……救世主様、初めまして(ボソッ)……馬鹿兄貴、……兄の妹パルルです(ボソッ)……帰ります(ボソッ)」
聞き取れるか聞き取れないかの中間くらいの小声で自己紹介して、ペコリと頭を下げるとすぐ反転して去っていった。
俺が名乗る隙間はなかった。いや言う隙間はあったが話をさせない気迫がバギオの妹であるパルルさんにはあった。自然とさん付けしてしまった。
ただただ呆然と立ち尽くしていたら、
「セイ様!」
「桐生くんっ!」
「セイさぁーん!」
オロ爺、白石さん、ナナセが駆け足で向かって来る。
3人は今さっきの犯行現場を目撃していない。背筋に悪寒が走る。アレは見なかったことにしよう。
「ヨゾラさっきのアレは見なかった。いいな?」
「……ガゥ」
コクコク頷くヨゾラも俺と同じ考えだったようだ。ソッと記憶の中から抹消したのは言うまでもない。
「セイ様!おかえりなさいませ。魔物狩りお疲れ様でございました」
「桐生くんっ!おかえりなさいッ」
「セイさん!大きいウルフ連れてますぅー!びっくりぃー!おかえりですぅー!」
オロ爺、白石さん、ナナセの3人に迎えられた俺は「ただいま」と無事に帰ってきたのを実感する。
「3人に紹介する。俺が昨日仲間にならないかと誘っていたヨゾラだ。ヨゾラの一件は話していなかったから知らなかったと思う。初耳で白石さんが驚いたのを鑑みるに伝達不足だった。すまない。急な話で驚いたかもしれないが今後ヨゾラはここにいる全員の仲間だ。よろしく頼む。ヨゾラも挨拶だ」
「ガゥガーゥ!」
ヨゾラは3人の頭をポンポンポンと優しく肉球で撫でて、ヨゾラ流の挨拶をした。ポカーンと口を開けた3人の反応は――
「ハハッ。これは流石の一言ですな。セイ様はバトルウルフすら仲間にしてしまうのですから。ニワトリ供を飼うという話も現実味が帯びてきますな」
「確かにその通りだな」
「ガウ!」
ニワトリを飼うなど造作もないと誇らしげに言うヨゾラ。ニワトリ飼育する日は近いなと思えてしまう。
「いずれはここに人と魔物が共存する王国が建国されるかもしれませんぞ!」
「人と魔物が共存する王国か」
「そのような国は世界広しと言えど、ありませんでしょうな」
「もしかすれば、世界の何処かには実現した国があるかもしれないぞ?」
「世界一周した者はおりますまい。もし居れば、わたくしめは聞きたいものですよ。人と魔物が共存共栄する夢の国は実在したのか?世界の果てには何があったのかと。聞いたところでホラ吹き者ならば、そのような国は夢幻よと言われてしまうのがオチですかな」
遠い目をして語るオロ爺。過去に経験したような物言いだな。世界一周した人は俺の世界でも有名な偉人を含め、どれだけの数いるだろうか?世界一周旅行というポスターを何度も見かけたことがあるが世界一周した者がどれくらいの規模いるかは容易に想像がつかないな。俺のいた世界とこの世界では世界の広さは違うだろう。簡単に金を出して行けるほど、魔物や不可思議な力が働くこの世界は甘くないはずだ。
「自分の目で見るまでは夢を持っていてもいいんじゃないか?オロ爺に夢幻よと言う奴が現れようと何事にも信じる者は救われるという言葉がある。だから信じていれば、いつかは叶う。そんな国が見つかるかもな」
「ハハハハハッ!セイ様がそう言われるのであれば、信じましょう。叶うのであれば、セイ様あなたがソレを成し遂げられる姿をこの目で見たいものですな」
期待に満ちた眼差しを向けられる。
オロ爺に期待されたら――
「オロ爺の為に一肌脱ぐのもやぶさかではないぞ?」
「ハッハハハハハハハッ!一本取られましたな。建国される日を心待ちしておきますぞ。その先駆けとなる第一号がヨゾラ殿ですな。バトルウルフであるヨゾラ殿が仲間に加わってくださるなら、これほど心強いものはありませんな!セイ様と共に力を合わせて行きましょうぞッ!」
「ガゥガーゥ!」
まだまだ遠い話だが、脳内メモ帳のやる事リストに追加しておく。
「君って本当にとんでもない事を平気でするよねっ!聞いた時もそうだけど、こーーーんなっ大きな狼を連れて来るだなんて想像してなかったよッ!桐生くんのスケールの大きさは誰も測れないんじゃないかな!ヨゾラくん?ヨゾラさん?どっちかな?どっちでもないのかな?」
「言われてみたら、そうだな」
「ねっ!桐生くんもそう思うでしょ」
「ヨゾラはオスなのか?メスなのか?どっちだ?」
「ガウ!」
「雄だそうだ」
「へぇーそうなんだねっ!それならヨゾラくん、これからよろしくねッ!」
「ガゥガーゥ!」
ナナセはキラキラした目で、これでもかと両手を広げて、ヨゾラを見上げて言う。
「うわーーーーーーっ。大きいウルフと思えばぁー、バトルウルフですかぁー⁉︎」
「みたいだな」
「ガウ!」
キラキラした目で言われたのが、よほど嬉しいヨゾラはもっと褒めろと褒めて褒めてと尻尾を振るが――
「セイさんは突拍子な行動されるお方ですぅー!」
キラキラした尊敬の眼差しが俺へ。
もっと褒められたかったヨゾラは「ガウ」と不服そうだ。
「悪かったな。突拍子で」
「えぇえぇー悪口じゃありませんよぉー!」
アワアワするナナセ。そんなカワイイ仕草を見ている分にはいい。全くもって癒しを与えてくれる存在だ。
「だろうな。あえて言っただけだ」
「セイさんのいじわるぅー!そんな人には――!」
頭を両手でガシッと掴まれ、
「――ッ!」
ボインと柔らかい何かに打ち付けられる。
柔らかい。温かい。何なら気持ちいい。このまま呼吸できなくても、ずっとこうしていたい。そう思わせるほどの強烈な攻撃を受けた。
「そんな人にはウリウリウリウリですぅー!」
ナナセの声が聞こえた次の瞬間、それ以上の攻撃に襲われた。
柔らかい温かい気持ちいい柔らかい温かい気持ちいい柔らかい温かい気持ちいい――以下同文。
まるで、俺の頭の中がミキサーされるかの如く甘くトロッととろけ落ちてしまったのは必然である。
「……すまなかった。許してくれ」
解放されて第一声に言った言葉がソレである。頭の中が今でも――以下省略。
「桐生くんのエッチッ!」
「セイ様あなたはエロ坊主なのですかなッ!」
顔を赤くさせた白石さんとオロ爺に煩悩が消えるまで叱らる始末。
「えっへんですぅー!わたしにかかれば、セイさんにだって勝てるんですよぉー!」
たわわな果実が大いに主張するナナセに対して、不服そうにしていたヨゾラは、
「ガウ⁉︎」
お前凄いな⁉︎と目を丸くしている。
この時、ヨゾラの中でナナセは最強王者ランキングに堂々の1位であった俺を抜いて王座に位置づけられた。ソレを俺が知るのは少し後の話だ。
「えへへへへーっ。セイさんより強いわたしって、かなり強いんですかねぇー?皆さんに自慢しちゃいましょー。ヨゾラさん、セイさんと仲間になれてよかったですねぇー。これから一緒に頑張りましょうねぇー!」
「ガゥガーゥ!」
姉御一生ついていきやす!とヨゾラが吠えた。
とりあえずヨゾラがここでやっていけそうだなと思った。
オロ爺と白石さんによる不甲斐ない俺への煩悩退散!は、このあと夕食挟んで二時間かかった。
ハッちゃんが通りかかった際に
「少年よ大志を抱けニャー」
サムズアップして言った。
ヨゾラはオロ爺と白石さんをランキング2,3位に入れて、決して逆らってはいけないと深く刻んだそうな……。
俺は格付けランキングならぬ最強王者ランキング4位に陥落したのは必然である。
威厳もへったくれもありゃしない……とほほっな今日この頃であった。