11. 桐生静は、名付ける
白石さんに水の精霊と繋がりが出来たことで精霊の補助があれば、結びついた両目から水の力を引き出す事が出来る。まだ補助があったとしても弱い出力しか出せない。水の精霊と共に日々訓練し続けていくことで、補助なしで己の手足のように自分の意思で発動することが出来ると教えた。
白石さんには分かりやすく説明に例え話で自転車の乗り方の話をした。
最初は補助なしで二輪のみで走るのは身体が慣れていないから難しい。補助を付けてもなお難しい厳しいと思う反面もある。だけど、諦めずに日々の努力を怠らなければ補助ありで楽々と離れた場所まで行けるし、身体がソレに慣れてしまえば次は補助なしで走るのは造作もない。遠く離れた場所までも自分の足で行くことが可能だ。
要は慣れが大事だと伝えた。
慣れるまでは果てしなく遠くとも、自転車とは違い、補助には精霊が付いていてくれる。水の精霊が白石さんと行動をずっと共にする予定である以上はワンツーマンで個別指導も24時間体制で可能だ。あとは白石さんの頑張る度合いで早くも遅くもなりえる。
俺の個人的な感想だが、白石さんは想像力が豊かに育まれている。前にも話したが白石さんは絵が上手い。つまり見ている世界観が綺麗に目で捉えられていて、それを白紙のキャンパスにイメージ通り描けている証拠である。精霊とイメージを共有させるには想像力も必要だからこそ、白石さんには打ってつけで斜め上へハマる可能性が高い。短期でどこまで行けるか楽しみで仕方ないのが正直な話なのだ。
「うんっ、頑張るねッ!」
「白石さんならきっとできる」
白石さんを鼓舞して、昨日の大狼と会う時間が迫っている事実に気づいた。
「白石さん」
「なにっ?」
「今からまた魔の大森林に行ってくる」
「えッ?」
「昨日戦った大狼に会いに行ってくる」
「えッ⁉︎大丈夫なのッ⁉︎」
「大丈夫だ。昨日戦った後に俺と共に来ないか?と誘ったんだ。その答えがイエスかノーかを確認してくる」
「……初耳だよッ。君って本当に教えてくれてないこと多いよねっ。もーーッ!わかったよッ。初耳でこんな驚かされるのは桐生くんぐらいだよねッ。君は驚かせるのが特技なのかなッ?私もついて行きたいけど、一人で行かないとダメなんでしょ?」
「すまない。俺一人で行くつもりだ」
「そっか。わかったッ。ただその代わり、あんまり無茶しちゃダメだからねッ!そこら辺に落ちてるモノも拾い食いしちゃダメだよッ!」
俺はそこら辺に落ちてるモノを拾い食いするように見えてるのだろうか?心配してくれているのだろうが生まれてこのかた拾い食いなんてしたことないぞ?そんなことしたら腹壊すだろ?絶対にやっちゃならんことではないか?犬や猫と同じ扱いか?よくわからないが買い食いはあっても拾い食いはないとは口に出して言うことでもないな。
「わかった。無茶しない。拾い食いもしない」
「桐生くんっ、行ってらっしゃい!」
「行ってくる」
俺は白石さんに背中を向け、水の精霊が気をつけて行って来なさいと心配はもとよりしてない様子だ。軽く手を挙げ、そのままベースキャンプ外に飛んだ。
昨日戦いを繰り広げた戦闘跡地へ着地する。
周りを空から見渡したが件の大狼の姿は見当たらなかった。
俺のほうが早かったか。
かなり急いで来たため、まだ待ち合わせ時間より少し早いかもしれないな。
少しの時間ただ待つ。
棒立ちで、ただ大狼の姿が現れるのを待つ。だが、一向に姿を現さない。
痺れを切らした俺は風の精霊にイメージを共有する。
全方位に拡散されて離れた場所にいる精霊に共有されて情報が俺の元に集まってくる。
膨大な情報から必要な情報だけを選び抜き、大狼の姿を見つけ出す。
「そこにいたか」
俺は待ち合わせ時間より遅く待たされるのが嫌いだ。されど、それに理由がある場合は話が変わる。
状況を理解し、直ちに飛んだ。
戦闘跡地から2キロ程度離れた場所に大狼はいた。
身体には血が大量に流れ、瀕死だ。
俺と戦闘した時点で、かなりのダメージを蓄積していたのは自明の理だ。
あの時、癒しの精霊がその場にいたら話は違っていただろうがあの場には癒しの精霊はいなかった。だから俺は大狼を治癒出来ずに見送る事しか出来なかったのだ。それがかえって、大狼の立場と状況を悪くしたのは明白か。
大狼の周囲には狼に乗るゴブリンが数十匹とゴブリンの上位種であるホブ・ゴブリンが複数いる。
狼は大狼の仲間じゃないのか?と疑問が浮かぶが今は敵対関係に発展したのは目に見えて分かる。理由は大狼が弱りきっていたことが一因か、ゴブリンの襲撃を受けて自分達の身の可愛さを優先して敵に回ったと言った形だろうか?予想しても事実は不明。後回しだ。
地面の至る所に返り血や逆襲を受けたゴブリン達の亡骸や大狼の流した血が水溜りとなっており、ギリギリのところで入れ替えを行なって敵の攻撃を躱して反撃していたのだろう。
大狼の勇敢な姿に感動すると同時に大勢で寄って叩くホブ・ゴブリン集団に無性な苛立ちと不快感を覚える。
俺は上空から数秒でそれらを分析して大狼達のいる真上から真下に急降下し、大狼にトドメを刺す一撃を暴風の壁で防ぎ止め、無数の風の刃の雨を降らす。遅れるように降ったソレらに即座に反応したホブゴブリンは上空を忌々しく一瞥して周りにいたゴブリンらを掴み、ゴブリンの肉壁で身を守り、反応が遅れたゴブリンや狼は無残に切り刻まれる。
大多数の肉塊が散らばる中、複数のホブゴブリンのみ致命傷を雲泥の差で凌ぎきり、その場に満身創痍で立ち上がる。だが、身を守る為に装備していた防具は役目を果たして跡形も無く壊れ落ちている上に腕や脚を失っている者もいる。
苦虫を噛み潰したような表情で、上空から着地して降り立つ俺に視線を向ける。
真横に降り立った俺に大狼は驚き、
「……⁉︎」
なぜここに⁉︎と目を見開いた。
自分の身が危ういというのに、
(´⊙ω⊙`)
こんな表情をされたら拍子抜けもいいところだ。
よしよしと頭を撫でつつ、
「クゥーーーン!」
癒しの精霊の力で全快まで治癒する。
「これで大丈夫だ」
「……‼︎」
自分自身の身体の変化に驚く大狼。
「血を流し過ぎたな。もう動くな」
分かったと頷いてくれた。
サッサと終わらせるべく一歩前へ足を踏み込み、
「ギィギィヤァアア⁉︎」
「「「「「――‼︎」」」」」
一瞬で目の前に出現した俺にビクッと恐怖の色に染まるホブゴブリンの首を落とした。
理解出来ない。
何が起こったか理解不能。
誰だ?
人間がなぜ⁉︎
お前は――何者だ⁉︎
そう目で語りかけるホブゴブリンに語る言葉はない俺は全てのホブゴブリンに無言で貫き通して瞬殺する。
後に残ったのは全滅したホブ・ゴブリン達の残骸だけだ。
ホブゴブリンとゴブリン達の残骸を容赦なく燃やし尽くし、狼の毛皮は何が何でも手に入れたいリストに入っていた為、寸分狙いを外さなかった頭無し狼のみ先行して空輸した。全てを狙い外さずに仕留めたいのが正直なところだった。だがしかし、背中に乗るゴブリンが邪魔で狙った箇所に当たらなかった狼に至っては剥ぎ取れそうな毛皮の部分もなかった。無残の一言だ。
ハッちゃんの要望で狼の肉も料理に使えるそうだから傷ついていても燃やさいこと、かなり損傷しているのは難しいから燃やすのはよいが他のは肉だけは解体で何とかなるから送って欲しいと言われた以上、グチャグチャになった狼以外は空輸する。同時に回収した魔石も全部空輸しようとしたが大狼がソレくれワンワンと言いたげな目線を寄越してきたので、全て与えた。
ガブガブ噛み砕き、血を大量に流した分、血を欲していたようで同族の狼の肉塊もペロリと食いやがった。なんならゴブリンの肉塊も食べたかったと言わん顔をしても後の祭りだ。
「お前って欲張りだな」
思ったことをそのまま感想にして口に出せば、
「ガゥ!」
たまたまだと口の周りについた血や小さい米粒の肉を几帳面に舌で舐め回す。
「そういう仕草を欲張りなんじゃないか?」
「ガゥガーゥ!」
いいや違う。これは習性だと何故か知らないが大狼が言ってる言葉が自然と理解出来てしまう。どうなってるんだこれ?とは言ったところで、誰かが答えてくれるわけでもない。気にしてるだけ時間の無駄か。
「よし。なら帰るか……って勝手に決めたら駄目だな。お前はどうしたいか決めたんだよな?」
「ガーゥ!」
決めたか。
「なら教えてくれるか?」
「ガゥガーゥ!」
一緒についていくか。
「よし。それなら今日からお前は俺と共に来る仲間だ。仲間には名前を付けるのが必須だよな」
「ガゥ!」
大狼の名前は何にするか考える。
そうだな。全身の毛並みが真っ黒で、眼は黄色い。なんとなくだが夜空に浮かぶ星を連想してしまうのは俺だけかもしれないが……。
「決めた。お前の名前は暗闇に浮かぶ夜と星を埋め尽くす空と書いて夜空だ!」
そこら辺に落ちてた木の枝を拾い、夜空と地面に書いた。
「ガウォーン‼︎」
見たこともない日本漢字に意味を見出したヨゾラが吠えれば、周囲の木々がざわめく。
精霊達はヨゾラに名前をつけたことに驚きと心配と困惑を隠せないでいる。ハラハラしたものを感じ取れば、何かしら俺がやらかしたのではないか?と思いを巡らせれば、ソレは共有で筒抜けになってバレバレである。
精霊達が俺の様子を窺って問題ないのが分かれば、だいじょうぶだいじょうぶ、きにしないでーと今度は逆にキャッキャ嬉しそうに飛び回る。
何故だろう。何かやらかしたようで、やらかしてなかったような言いようのないものは……。
「ヨゾラ、帰る――ぞ?」
「ガゥ?」
隣にいるヨゾラを見た瞬間、ハッとさせられた。
ヨゾラは普通の狼より大きかった。だから大狼と呼んでいたのだが。
今視界に映るヨゾラはさらに一回りふた回り大きくなっていたのだ。
訳がわからないとは、このことだ。
どういう理屈や原理で成長したのかは不明に思えば――精霊が魔物の名付けについて説明してくれた。
――なるほどな。名付けをしたからヨゾラは大きくなったわけか。それと魔物の魔石を大量に取り込んだのも原因していたのか。二つの要因が重なって、更に一回り大きく成長したということか。
名付けは名付け親の魔力を必要とする。つまりステータス上の俺の魔力は10のままであれば、もしかしたらヨゾラに魔力を全て吸われて危険だったわけだ。幸いハッちゃんの料理スキルで、+100上乗せされていた。これがなかったら詰むまでは行かずとも、精霊の緊急的な介入が必要だったかもしれないと聞いてしまうと俺のやらかしにゾッとしたものを感じざるおえない。
今後は慎重に名付けはしなくてはならないと深く思った次第である。
「ヨゾラ帰るぞ!」
「ガゥガーゥ!」
帰りはかなり大きくなったヨゾラの背に乗せてもらって、遭遇する魔物を蹴散らしながら食糧を空輸しつつ、ベースキャンプを目指す。
入れ替えの能力も飛躍的に伸びており、視界に見える位置にあるモノならなんであろうと入れ替えが可能であることが魔物を蹴散らした際に判明した。
全快して血を摂取して万全の状態のヨゾラはホブゴブリンに遅れを取ることもなく瞬殺した時は、やはり蓄積されたダメージや怪我を負っていなければ、俺の介入がなくとも一人勝ちならぬ一匹勝ちしていただろうな。
改めて強力な仲間が出来たことに心強く感じる。
その帰り際、ヨゾラに先程のホブゴブリン集団の話を聞いてみたら案の定予想した通りだった。弱りきったヨゾラを群れの王にしておくことをよく思っていない狼が多く、弱りきった今が好機と考えた狼はホブゴブリンと手を組んで襲いかかって来たそうだ。仲間意識はなく、群れの中で強い狼の王に従うのみで、いつでも蹴落としはあるのが日常茶飯事だと。ただ他の群れと違い、ヨゾラという王が強過ぎた為に下克上は今までに起こったことはなかったそうだ。日和見主義だった狼がこぞって今回下克上を画策するも後一歩の境目で、予期せぬ俺の登場によって破綻したという話だ。そんな話を聞いてしまうと狼はやはりただの狼で、群れない一匹狼でしかないのだ。一匹狼という部分だけ見ると何処か似た境遇を感じてしまうのは心の中での秘密だ。
道中に同族に遭遇しようと躊躇わずに殺したヨゾラに「平気なのか?」という俺の問いに「同族を煮ろうが焼こうが食おうが好きにしてくれて構わない。裏切ったのは向こうだ」と言った時は、ヨゾラはこれから同族に心を開く事はないのだろうなと裏切られた気持ちを知る俺は悟ってしまうのであった。