10. 桐生静は、知っている
オロ爺の手が空いたのを見計らって近づいて声をかける。
「オロ爺」
「セイ様!マコ殿と一緒にお戻りになられていましたか」
「ああ」
「はいっ」
オロ爺は俺と白石さんを交互に確認して、変化に気づく。
「これはまた……マコ殿なにを成された?」
「えっ?」
オロ爺は白石さんの肩に居座る水の精霊を観察し、
「ふむ。ご自身では理解できぬ現象ですかな。ふむふむ。マコ殿にも見えておりますか。……セイ様ナニがあったのですかなッ⁉︎」
推察して白石さんの瞳に微かな変質を捉えきった。
またわたくしめがいない場所で何してくれてんの⁉︎と言わんばかりのクワッとした表情で言われても俺にはどうしようもできないぞ?今回は俺が発端ではないし、俺がしようと思って出来る事象でもない。あれは精霊の気まぐれのようなものだ。ただの人間には見様見真似をしたところで、無理なものは無理だ。
精霊に気に入られるか好意を持たれないことにはスタート地点にも立てない。人の意思では絶対に手が出せない領域であり、不可能なのだ。
精霊の意思を奪う行為や意思を捻じ曲げる行為をしても同じ事だ。そんな真似をしたならば、いずれはその者には最悪が訪れるのは決定的だ。俺のいた世界ではその行為を繰り返す阿呆な集団がいたのだが……。
話が脱線する前にオロ爺へ語るとしよう。
「オロ爺落ち着いてくれ」
「すみません。かなり動揺したもので……」
「白石さんは水の精霊に気に入られた」
「へぇ?……セイ様、すいません。耳が少し遠くなったのか。あまりにも突拍子な発言が聞こえたもので、すみませんがもう一度言ってもらってもよろしいですかな?」
両耳の穴を小指でほじくるオロ爺。
よほど信じれないらしい。
「白石さんは水の精霊に気に入られたと言ったんだ」
「……‼︎」
オロ爺は白石さんに話しかけた段階から嘘を見破る目を発動している。緑色に光る両眼は俺が嘘をついていないことを判定したようだ。
俺の発言が嘘ではないと判明しても、まだ何処か自分の目を疑い納得できていない様子だ。
こうなったら、水の精霊に一肌脱いでもらうしかない。
俺がなにをしたいかを共有した水の精霊が悪戯な笑みを浮かべる。
「オロ爺信じれなくても当然だろうが、まぎれもない真実だ」
俺の言葉を裏付ける現象が起こる。
「えっ⁉︎なにこれッ⁉︎」
肌で感じ取って驚いた白石さんの両瞳から水が溢れ出す。それはただの水ではない。意思を持った水は形を変えて、小さな小さな小鳥を両瞳から羽ばたかせて飛ばす。
まるで生きてるかのごとく飛翔する複数羽の小鳥をその目で目撃したオロ爺はワナワナと全身を震えさせ、
「なッ!なななななんですとォ――ッ⁉︎」
驚愕も超が付くほど驚愕して、地面に尻餅をつかせる――寸前に土の精霊による簡易的な背もたれの椅子を下から上に作り出したおかげで、なんとか無事に尻餅は回避した。
老人に怪我をさせるわけにはいかないからな。体大事。これ絶対だ。
「……ハァー。セイ様には驚かされてばかり……ですな。セイ様の言葉を疑う必要はありませんかった。すみません。今後はどんな発言も、わたくしめは疑いなく信じます事を誓いますゾ」
「いや待て、オロ爺」
「はて?何か至らない点がありましたかな?」
「どんな発言も疑いなく信じるのはやめたほうがいい。俺は仮にもファミリア王国に住む人間と同じ種族の人間だ。奴隷制度など気に入らんがいつ俺が奴らと同じやり方をする人間になるかわからないぞ?」
「――ッ⁉︎」
「――桐生くんっ、何言ってるのッ⁉︎」
俺の発言が思いもよらない伏兵が混じっていた事で、驚きを隠せないオロ爺と白石さんからの視線が痛い。
「全部を全部信じるのは止せ。どれだけ信じられる人物でも最後まで、そいつが手と手を取り合える良い人物だとは限らない。平気で裏切るかもしれない。一度助けられたからといって全幅を寄せるほど信頼を置くのはやめろ。裏切られた時に……そうだな。仮の話だ。だからオロ爺も白石さんも疑う心は忘れるな。いいな?」
精霊達にその辺でやめよーと話を止められた。オロ爺と白石さんが不安そうな表情をしているのに気づき、ハッとした。俺はどうやら過去の事を今でも引きずっているようだ。
知らず知らずのうちに拳を握る両手に力が入り過ぎていた。
「セイ様、あなたは正真正銘の心優しい方ですな。セイ様と過ごした短い時間の間にここまで誰よりも信じきっていたことに気付かされました。生涯の中でセイ様のような人に会ったことはありません。わたくしめはここまで……あなたを……セイ様の御忠言はお聞き入れします。ですが、わたくしめはセイ様をこれまで以上にこれからも信じる事をお許しください」
「そうだよッ!なんでそんな人が悪い言い方をするのッ!私だって桐生くんがいなかったら今頃牢屋か奴隷落ちになってたかもしれないんだよッ!助けてくれた君が自分を疑えって言うのはおかしいよッ!ここまで私やみんなの為を想って動ける人はいないって思うッ!だから私も疑う心より君を信じる事にするッ!桐生くんっ、君は自分ではそうじゃないと言うかもしれないけど、私達には君はこの中の誰よりも一番に信じれる人なのッ!止せッ、やめろッて言われてもやめないからねッ!あっかんベッーだッ!」
「……そうか。二人は信じる道を選ぶんだな。わかった。オロ爺と白石さんがそう決めたのであれば、もう俺からはなにも言うことはない。……意地悪な言い方をして悪かった」
俺は謝ると同時に心の中で思う。
(信じる道を進めば痛いほど分かる。どれだけ引き裂かれる思いを味合うか。信じた者から裏切られる気持ちが……どれだけ闇に囚われ深い憎悪に変わるかッ。ただ俺はソレを知っているだけだ。だから俺は信じてくれる者を絶対に裏切るわけにはいなかいんだッ!)
腰を落ち着かせたオロ爺は、
「いえいえ。滅相もない。わたくしめの心の気持ちに気づかせてくださり、お礼しかありません。ありがとうございます」
頭を下げ上げると晴れ渡る空中を飛翔する小鳥へ視線を向ける。
「もう君は悪気があってしてないのは今日散々分かったからねっ。許すッ!でも桐生くんっ!これはどういうことかなッ⁉︎私に何をしたのかなッ⁉︎全部今ここで白状してもらうよッ!」
白石さんは両瞳から小鳥達と細い線で繋がりを感じ取れているようで、早々に俺を許すと自分の瞳を指差して、自分自身の変化についての話を聞き出す為にガッシリと両肩を両手で強く握られる。
ニッコリ笑う白石さんの笑顔に抵抗する気力は一切起きない。
その上、深い闇の思考から引き上げてくれた。
俺もまたフッと笑みを浮かべ、水の精霊に助けを求めるがダーメッ!自分の口で言いなさいと叱られる始末。
仕方ないなと思いつつも満更でもなく、俺は白石さんの瞳に起こった現象について説明するのであった。