9. 桐生静は、喧嘩腰に睨まれる
ベースキャンプに帰り着くとオロ爺を筆頭に今やれる事を皆一人一人が真剣に向き合っていた。
生活居住区は完成しても、家の中には生活感溢れるものは一切ないのだ。
俺のいた日本に比べると色々なものが足りなさ過ぎて殺風景なものだ。
飲食住は必要だというが、この三つが揃っていても足りないものは足りない。服や靴、食器や調理器具などなど、まだまだ揃えられていない。
飲み物は水魔法という便利な摩訶不思議なスキルによって、魔力がある限り生み出し続けられる。昨日飲ませてもらったが新鮮な水と変わりなかった。
異世界から来た俺と白石さんは飲み物といえば、水じゃなくてジュースだろう?とまず真っ先に考えてしまうがこの世界に果物で作った果汁や炭酸水はあるかないかは以前不明のままだ。今は炭酸水が飲めなかろうが水で問題ない。場合によっては魔の大森林の中に果物が実っているかもしれない。もしあれば、そこから果汁を絞り出せて、水以外の飲み物を獲得できる。それに話を聞けば、白石さんは炭酸水はあまり飲まないことが判明してる。よって炭酸水は今の時点で、優先事項下位辺りには羅列する。
食もまた飲み物とは違った意味で、魔の大森林の中にベースキャンプがある以上、一歩外に出れば魔物が沢山いる。昨日のオークや今日のニワトリのような魔物を狩れば、いくらでも食の問題は解決する。ただし人数が人数なだけに山の量が必要とされるが。
住居は先程かいつまんだ通り、殺風景を気にしなければ生活において問題なしだ。
元奴隷の身なりを速やかになんとかしたいところだが、どうにもならない。木の葉で覆い隠すという考えもあるにはあるが、木の葉で大事な部分を完全に隠しきれるわけはない。
昨日遭遇した狼の毛皮を使えば、意外と服に関してはいけそうな気がする。昨日燃やしたことが悔やまれるが終わったことは仕方ない。次会ったら傷つけずに狩って燃やさないと決意する。というわけで、皆にはもう少し我慢してもらう他あるまい。
食器や調理器具に至っては既に行動を起こしている。オロ爺と相談した上で、ベースキャンプ拡張の生活居住区を完成させた時のあの木々から木材の食器を作り出すことが決定して、今俺の視界の先ではせっせと大きな大きな皿や器が一つずつ作り出されている。本当は俺が一人でする予定だったのだが、オロ爺が「皆が手伝いたいと申し出ております。何から何まで、セイ様お一人にさせるわけにはなりません。そちらの一件は任せてくだされ」言う以上は皆の希望に沿った。
最後に解体スキル持ちの猫人族は今も朝からの続きで、乱獲したニワトリを解体している。解体する為に必要な刃物はどこから持って来たのか?について回想を踏まえて説明したいと思う。
刃物は武器生成という稀少なスキル持ちの犬人族の青年が生み出したものだ。
青年の名はバギオ。
回想
俺が狩ったオークに誰もが喜ぶ中、
「おい、キリュウ」
犬耳をピンと伸ばし、尻尾をブンブン振り回しながら喧嘩腰に近づいて来たと思えば、
「エモノはあるのか?」
オークを親指の爪で刺し、
「まだオレはキリュウを信じたわけじゃねぇー。だけどな、キリュウが狩ってきたオーク共は信じれる。どうなんだ?」
深く淀んだ黒の双眼が俺の目を覗き込む。それは光を食らうブラックホールのように見たら最後奥まで吸い込まれてしまうのではないか?と思ってしまうほど、吸引力がある目力だった。
俺は確固たる意志の眼差しで、バギオの目を見返してこう言った。
「ああ。俺を信じようと信じないと好きにしてくれていい。俺はこのオークが食べれるかどうか分からなかった。だが食欲をそそる匂いが良かった。だからここに全て運んできた。全員の反応の良さから察するに食べられるんだろう?あとは食べれるなら食べられる部分を教えてくれるか?」
「そうかいそうかい。じゃーキリュウを信じる云々はオレの好きにさせてもらうぜ。フン!キリュウの鼻はいいらしいなー。その食欲に免じて、オレからサプライズだ。見たところエモノがないんじゃあー話になんねーからな。ほらよッ!」
バギオは自然な動作で右手と左手に解体包丁を何処からともなく出す。
「――⁉︎」
俺の驚く表情を見れたのが堪らないのか、もっと驚かせてやるぜと言わんばかりの表情で両腕をスッと振り抜き、地面に解体包丁を次々と突き刺していき――剣山ならぬ包丁山ができた。
タネも仕掛けもない。
また摩訶不思議なスキルの力か?
まさかまさかの事態に、
「犬人族の者よ。一体何をしておるんじゃ⁉︎」
「ちょっ、何考えてるのッ⁉︎」
「ヤバイ人ですぅー⁉︎」
血相を変えて慌ててバギオに駆け寄るオロ爺。
すぐ近くにいた白石さんは声を荒げ、ナナセは「恐いよぉー!」と俺の身体に抱きついてくる。豊満な胸が俺の身体に押し寄せ、沈む。沈むッ!
「ケッ、これだから頭の固いエルフは話が通じねー。そこの二つ結びの女も横からキャンキャン割ってくんな、キリュウに抱きついた誘惑兎人もだッ。オレはキリュウのその驚いた顔が見れて満足だ。そこらのエモノは好きに使ってくれていいぜ」
「……(邪念と葛藤中)」
「頭が固い――じじいですとッ⁉︎」
「はぁーキャンキャンって――なによッ⁉︎」
「ふぇえぇー⁉︎――ビッチィってなんですかぁあぁー⁉︎⁈」
バギオは俺を含めた四人に指差して言い終え、背中を向けて去って行くが数歩進むと足を止めて振り向く。
「ったく、名前も聞けねーのかコラ!オレはバギオ!一回しか言わねーからな。キリュウ覚えておけヨッ!」
「わかった。バギオだな。たった今記憶したから二回言わなくていいぞ。それと解体包丁ありがとうな」
「フン!ったりめーだ。ただしキリュウの為にしたわけじゃねーからな。そこんところはちゃんと理解しとけよコラ。……けど、まぁなんだ。礼を言われちゃしかたねー、オレの武器生成スキルに永遠と感謝しとけコノヤロウッ」
バギオは不満気なのか満足気なのかよくわからない曖昧な表情で言い残し、他大勢の中にズガズガと紛れて姿を消した。
「馬鹿兄貴⁉︎なにやってんの⁉︎」
「おわっ、おぃ、やめろコラ」
「救世主様になんて口を利いてるの⁉︎」
「おぃ、やめ、やめろよ」
「助けてもらっておいて、あんな口の利き方をする馬鹿兄貴には……」
「な、な、なんだよ」
「口を利いてあげないッ」
「……‼︎お、おぃ、それだけは――」
「もう知らないッ!」
「――ま、まて、ちょっ待てよッ!」
こんなやりとりが遠くから耳に聞こえた。
「……うぬぬ。じじい……わたくしめは……頭が固いじじい……‼︎……とほほっ」
眉間に皺を寄せたオロ爺は目元を揉み解しながら嘆いた。目元から一粒の雫がポロリと落ちたのは見なかったことにする。
「犬耳にキャンキャン言われたわたしって……そんなにうるさいのかなッ?違うよねッ?誰か違うって言ってよッ」
半泣きの白石さん。二つ結びの黒髪が犬っぽく揺れていたことは内緒である。
「ビッチィってなんですかぁあぁー⁉︎」
二つの柔らかいものが身体へ激しく押し寄せる。邪念を打ち払う為に何度己自身と戦えばいいのだろうか?これは何の修行なのだろうか?思春期真っ只中にいる俺にここまでの刺激を与えてくるナナセはバギオの放ったビッチという言葉に強く反応したものの、その言葉の意味は知らないようだ。ナナセの純粋な心を穢さないために俺は頑なにビッチに関して聞かれようとその意味を口にすることはなかった。
そのあとは前にも話した通り、猫人族による解体が行われたのだ。
少し時間経過後、何処からかビッチの意味を聞いてきてしまったナナセは赤面したまま、「セイさん、わたしはビッチなんかじゃありませんよぉー!勘違いしないでぇえぇー!」と叫んで走り去ったのは鮮明に覚えている。
回想終了
バギオのおかげで、解体に必要だった刃物の問題はあっさりと解決した。
猫人族の皆は切れ味のある解体包丁をとても気に入っているそうで、本人としては悪い気はしないだろう。
次に顔を合わせたら、もう一度お礼を言おうと思っている。