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雨ふらしの塔  作者: 石見千沙
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 口論する男たちの声が聞こえる。

「……だから、言ってるだろ。この作戦を成功させるには、こいつが必要不可欠なんだって」

 ユーレンが、何かをまくしたてている。キリの身に、意識と共に感覚が戻ってきた。キリは目を開けないまま、己の状況をひとつひとつ確認した。

どうやらここは建物の中だ。身動きはできるが、床に転がされた状態で、両腕だけ背中側で縛られている。愛用のシャベルはどこに行ったかわからない。

 後ろ頭に鈍い痛みがある。重傷ではないだろう。意識を失う前の記憶からすると、やったのはユーレンに他ならない。

 それから、キリは、聞き耳を立てた。

 話しているのは、ユーレンと、中年の男だ。さかんに言い争っている。

「おめえは、情が移ってるだけだろう。そいつはおれたちにとっちゃ悪魔だぞ」

「悪魔だろうがなんだろうが、利用できるものはするべきだ。塔の内部に放り込んで閉じこめちまえば、キリだってやるしかなくなるよ」

「いいや、問答無用でここで殺すべきだ」

 殺す、という言葉が飛び出してきて、キリはぎょっとして目を開けた。

「おい、起きたぞ、この女」

 頭上からまた別の声がして、ユーレンと男はぴたっと黙った。キリが顔だけ動かしてユーレンのほうを見ると、男がずかずかと歩いてくるところだった。

 男は無言で、キリの頭を踏みつけた。ユーレンが「おい!」と声を荒げ、その腕をつかんで止めようとしたが、振りほどかれた。

「よう、壊し屋。このあいだはよくも、おれたちの村のヰドを壊してくれたな。おかげで、あれから飲み水にも困る毎日だよ」

「……そんなはず、ない。雨ふらしの塔で、充分……」

「不充分なんだよ。だからヰドをこっそり守ってきた。塔の近くの豊かな連中はいいよなあ」

 キリの頭がぎりぎりと踏みにじられる。しかし、そのとき、「やめなさいよ」という女の声が聞こえて、ふいに頭が軽くなった。

 あたりを見回すと、建物の中には、他にも人がいた。男を突き飛ばして止めた女が、腰に手を当てている。

「まだ話し合いの途中でしょ」

「話し合いなんぞくそ食らえ。おれはこいつら、国に尻尾ふってる壊し屋が憎くてしょうがねえんだ」

「どうにかして、もう一人の壊し屋の協力を得る必要があるのも事実じゃないの。せっかく手に入った腕利きだ、殺すのはちょっと待ちなって」

 男がぐっと黙ったとき、ユーレンがまた口を開いた。

「たしかに、キリは、本当はまだ必要なヰドを、かなりの数ぶっ壊してきた。だが、それだけ敏腕ってことだ。適任だってことはおれが保証する」

 その場がしんと静まりかえった。いくつもの目が、床に倒れているキリに注がれる。それらを鋭く見返して、キリは、ついに口を開いた。

「それで、あなたたちは、わたしに何を求めているの?」


 十日間という期限つきで、閉じこめられることになったボロ小屋を、キリはさほど居心地悪いとは感じなかった。

 今でこそ雨ふらしの塔の町で、快適な暮らしを送っているが、子どもの頃の暮らしはこんなものだった。子どもの頃は、周囲の大人が何くれとなく助けてくれたが、これでは生きていけないと思ったから、十二の歳に、住んでいた村にやってきた壊し屋に弟子入りして、身を立てる方法を決めたのだ。

 かびた布団に身を横たえて、キリは、クモの巣のかかった天井をじっと見つめていた。

 小屋の四方は、村に集まった人々のうち、多少なりとも腕に覚えのある男らが交互に見張りとして立っている。丸腰でも素人相手なら対抗できなくもないが、四人も相手にして逃げ出すことは、さすがに不可能だ。

 諦めてひと眠りしようと思ったとき、小屋のドアが軋みながら開いた。

 入ってきたのはユーレンだった。まっすぐ見つめてきたキリの視線を受け止められず、目を泳がせながら、ユーレンは問いかけてきた。

「気分はどうだ」

 キリはそれに淡々と答えた。

「頭がちょっと痛いかな」

「悪い……」

 うつむいたユーレンに、キリは眉をひそめた。

「いきなり殴っておいて、申し訳ないなんて思うのね」

「まあな。ただ、こっちにもわけがあるから……」

「それを聞かせにきてくれたの?」

 うん、とユーレンは頷いた。今度はキリの目をしっかりと見据えてきた。

「単刀直入に言う。雨ふらしの塔を一緒に壊そう」

「それがここの人たちの目的?」

「そう。そして、先月話していた『他の仕事』のことだ」

 キリは黙って考えこんだ。それは、あまりにも大それたことだ。

 雨ふらしの塔は巨大なヰドだ。壊すことはできなくもないだろうが、かなり困難な仕事になる。壊すことができたとしても、国からの懲罰はなまぬるいものでは済まないだろう。キリもユーレンも、確実にお尋ね者の道をたどることになる。

 それだけではない。

 キリが生まれたときにはすでに、壊し屋の仕事は、許可されていないヰドの破壊が中心となっていた。雨ふらしの塔から供給される水を守るためだ。

 雨ふらしの塔の破壊は、これまでの自分の生き方を否定することであるように、キリには思われた。

「……考える時間はないの?」

 キリが静かに問うと、ユーレンは肩を落とした。

「正直に言うと、あんまりない。おまえの処遇を決める期限と同じ、十日ってところだな。それまでに協力すると伝えなければ、たぶん……おまえは、確実にここの人たちに殺される」

 ユーレンは自分の膝に爪を立てた。

「頼む。雨ふらしの塔を壊すと言ってくれ。おれはさ、キリ、おまえを殺されたくないんだよ。おまえは確かに、何も考えず壊し屋の仕事をしてきたけど、なにも人を苦しめようとしてやったわけじゃないのも、小さいときから必死に身を立てようと生きてきたのも、おれは知ってる。おれはおまえに死んでほしくないんだよ」

「ここへ連れてきたのはあなたなのに」

「どっちみち、おまえは壊し屋を恨む連中から狙われてた。おれがやらなくても、いずれこうして、仕事の話にかこつけて……暗殺されてた。おれはそれを知ってたんだ。これが唯一の打開策だった」

 ユーレンは顔を上げた。

「おれたちに協力してくれたら、ひとまずおまえはこれ以上恨みを買わないし、お尋ね者になったって匿ってもらえる。おれも一緒に罪をかぶるよ。だから……」

「わかった」

 キリの短い言葉に、ユーレンは顔を輝かせた。だが、キリはこう続けた。

「十日間、考えさせて。わたしが協力を考えていると、彼らに伝えて」

「……わかったよ」

 ユーレンは笑みをひっこめ、立ち上がった。


 ここの村で壊し屋の仕事をしたのは、一年ほど前のことだったと、キリは思い出した。

 ここに集まっている人々は、もともとここに住んでいた村人たちだけではないらしい。彼らは入れかわり立ちかわりやってきて、何かを話しあっては、毎日交代で帰っていく。雨ふらしの塔の破壊に関する計画はもうずいぶん前から進んでいたらしい。その計画があとは実行するだけというところまできていること、この村が首謀者たちの本拠地となっているということを、最初の数日でキリは知った。

 この村の周辺が、雨ふらしの塔の恩恵をあまり受けられていないというのは本当だった。生きるのにはぎりぎり充分だが、ヰドを自由に使えた頃と比べれば、明らかな差が生まれていると、ユーレンが話してくれた。拘束されてからまず五日過ごしてみて、キリもそれを実感した。

 雨ふらしの塔の近くの地域と、遠くの地域。もたらされる水の量にこれだけ違いがあれば、不満が出てくるのも無理はないだろう。

 それでも、キリはまだ、決断を迷っていた。もう処遇が決定するまで五日しかないが、もっとこのあたりの事情を知りたいと思った。

 出歩くときは後ろ手に縛られた状態で、計画のメンバーの一人が見張りにつく。六日目の朝、背中にナイフをつきつけられながら、キリは村の中を散策していた。

 とうぜん、人々から浴びせられる視線はいつも冷たい。鈍器を手に襲いかかってきた者もあった。

 そんななかで、物陰からずっと、好奇の目で見つめてくる者がいることに、キリは気づいていた。

 その日もその少女は、ある家の前を通ったときにこちらをじっと見つめてきた。なにげないふうを装って、家の前で洗濯物を手に持って、それでも、視線はチラチラとキリのほうを向いている。

敵意が感じられないのが不思議だった。だから気になった。

 キリは初めて、その少女の前で足を止めた。少女に声をかける前に、背後の見張りに問いかける。

「あの子と話がしたいのだけど、かまわない?」

「かまわないが、危害を加えたら、その場で殺す」

「そんなことはしないし、この状態じゃできもしないわ」

 キリがそう言うと、背中をちくりととナイフの先でつつかれた。

「手短に済ませろ」

 キリは肩をすくめ、少女のほうへ歩みだした。少女の視線がしっかりとキリに向けられる。その瞳は、期待と不安の両方を浮かべて光っている。

「わたしに、何か聞きたいことでもある?」

 いきなり切りだすと、少女は驚いた様子で口を何度かぱくぱくさせた。キリが待っていると、少女は小さな声でこう聞いてきた。

「壊し屋って、どんな仕事?」

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