【新春ショート】アイドルゴッドがやってきた!
「あなたの頑張りに応えて、あたしが何でもお願いを叶えてあげる!」
自宅に帰り、部屋のドアを開けた途端、そんな声が飛び出してきた。
あまりに突然すぎて一瞬呆然としていた俺はふと我に返ると、そっと自室のドアを閉めた。すると、ドアが内側から勢いよくバーンと開かれ、
「ちょ、ちょっと!閉めないで話聞きなさいよ!?」
と言いつつ、声の主が顔を出した。
そこにあったのは、少女の姿だった。
歳は俺と同じくらいに見える。ぱちりと大きく開いた目に、可憐に整った顔立ち。つやのある亜麻色のショートヘア。着ているのはセーラー服だろうか。だが、その上に纏っているのは、ふんわりとした不思議な羽衣だった。
俺は、こちらを睨むブラウンの瞳を見つめ返して訊いた。
「…………あんた、誰?」
「あー、あたしは……っていや居直り強盗とかじゃないからね!?そんな疑念度マックスな目で見ないで!」
少女はいかにも心外だと言うように、少し泣き顔になって言う。と、何を思ったか、彼女は俺の背後に目をやって、
「ちゃんと許可は得て上がってるから!ね、お母さん!」
「は!?オカン!?」
勢いよく振り向くと、そこにはいつの間にか、リビングにいたはずの母親の姿が。
「えぇ!テラちゃんの頼みならお安い御用よ!」
「何で!?え、オカンの知り合いなの!?ていうかこの子、誰!?」
「それじゃあごゆっくりね、テラちゃん」
「ありがとうございます!」
「聞けよ人の話!」
母は少女に微笑みかけると、振り返ってリビングへ戻っていった。もう何がどうなっているのか。混乱する頭を振って、俺は顔を上げる。
「はぁ………まぁ、とりあえず部屋入れよ」
「あれ、急に殊勝になってどうしたの、具合でも悪いの?」
「違うわ!とりあえず話聞かないと始まらないだろ」
いい加減この状況に突っこむのにも疲れてきたところだ。少女は何故か母親にえらく信用されているので、泥棒の類でないことだけは確かだろう。
俺は少女を押し込むようにして部屋に入る。自分の部屋とはいっても、机とベッド、あと本棚がひとつ置かれているだけの、殺風景な部屋だ。余分な椅子やクッションなんてものが全くないので、ひとまず少女をベッドに腰かけさせ、自分は机の椅子に座った。
「………で、お前誰?」
とにかく目先の疑問からぶつけてみることにした。
「あたしの名前は、天野テラ。言わずと知れた、アイドルゴッドよ!」
「知らない」
「そこは生返事でもいいから流しときなさいよ!」
正直に言ったら叱られた。そんなこと言われても。
「いや、アイドルゴッドって何」
「読んで字のごとく、神々のアイドルよ!」
聞いてみても分からなかった。
「神々?」
「そう、天に住まう神々にとってのアイドル。つまりあたしは神様ってわけ」
「………え?」
「聞こえなかった?あたしは神様なの」
いやそこは十分よく聞こえたのだが。話がいきなり想像の埒外からスタートしていて、俺の頭は思考停止気味だった。
「神様」
「そう、英語で言うとゴッドね」
「なんで神様が、俺の部屋に」
「あなたがやたら頑張って参拝してくれたからよ」
「………え、そうなの」
言われても頑張った覚えはさっぱりなかった。
……いや、先ほど神社に参拝はした。今日は一月一日、元日。家でダラダラしていたら、友達が近所の神社に初詣に行こうと誘いに来たので、何人かで連れ立って拝みに行ったのだ。
そういえば、参拝の前に友達とふざけて何かやっていたな。その神社は小さな山の上にあり、お参りするためには長い階段を登らなくてはならないのだが……運動部の友達が「これはいい感じに鍛わりそうだ」とか言いだして、そのせいでなぜかみんなで階段ダッシュすることになってしまったのだ。普段悠々と帰宅部で活動している俺は、びりっけつで階段ダッシュを終わらせて、息を切らしながら参拝したのだった。
少女はまさかそのことを言っているのだろうか。
「物凄く息を切らして、死にそうになりながらも強くお願いをしていった参拝者がいるってその神社の担当神に言われてね。心配だから様子見ついでに願いを叶えてきてあげなさいって、非番だったあたしに話が回ってきたわけ」
「神様も勤務交代とかあるのか」
突っ込みながら納得する。なるほどそういうことだったのか。
というか神様に心配されるほど死にそうだったのか、俺は。穴があったら入りたい気分だった。
俺は恥ずかしさを誤魔化そうと質問を重ねた。
「ちなみに、君って何の神様」
「呼び方に困らなくても、テラでいいわよ。……あたしは、この世のあまねく全てを明るく照らし出す神よ!」
「つまり太陽神?」
「まぁ近いものかも知れないわね」
自分のことなのに、なぜかはっきりしない答えだった。
「で、太陽神テラとうちのオカンとはどういう関係が」
「どういうも何も、三分間だけ会話した仲よ」
「えらくインスタントな関係だな!?」
神がかってるとしか言えないコミュニケーション能力。カップ麺よりも早くあんな厚い信頼が得られるなんてどんな会話をしたんだ。とにかくこの少女は想像の範囲を軽く超えてくる。
「……っと、まぁ説明はそんなところかな。あ、あと、あたしは神様だけど崇め奉られるのはあまり好きじゃないから、普通に呼び捨てでテラって呼んでね。……ところで、あなたのお名前は?」
テラは首をかしげて俺を見つめてきた。その仕草に胸が高鳴り、思わず目をそらしてしまう。
声が上ずってしまわないよう気を付けつつ、答える。
「俺は……神谷和輝っていうんだ」
「わ、ちょっと根暗な感じなのに、ものすごく神々しい名前ね」
「うるさいわ」
そこは自分でもわかっている。前髪にかかるほど長い髪、ひょろりと痩せた体、猫背に眼鏡。どうひいき目に見ても、暗そうなオタクにしか見えないのは重々承知している。そしてその見え方は間違っていない。だから少しばかり、自分の名前は嫌いだった。
そんな思考まで見通したのか知らないが、テラはすっくとベッドの上に立って、俺を慈愛のこもった笑みで見てきた。実に神様らしいのだが、ベッドの上に立つなと言いたい。
「……さて、では神谷和輝さん。あなたのその頑張りに応えて、この天野テラがあなたの願いを何でも叶えてあげましょう。さあ、願いを言ってみなさい」
「ん。じゃあこの間出た新作ゲームを近くの電気屋で買ってきてよ。お金は出すから」
「いやパシリ!?あなた神様を何だと思ってるの!?」
結構真剣なお願いだったのだが、涙目で否定された。
「いやだって外は寒いし。家から出たくない」
「そうじゃなくて!もっと他に願いはないの!?ほら、お金が欲しいとか彼女が欲しいとか、異世界にスライムとして転生してチートスキルで自分の王国を作りたいとか」
最後だけやたら具体的だな!
「いやだって、俺そんな欲しいものとかやりたいこととかないし」
「なんで悟りを開いちゃってるのこの人!?」
「そんなこと言われても」
嘘偽りの一切ない本心だった。
お金とか、そんなふとしたきっかけで消えてしまうような脆い何かなんていらない。
彼女とか、こんな俺を好きになる奴なんている気がしない。仮にできたところで、その子を喜ばせてあげられる自信もない。
だから俺はただ、日々を楽して楽しく生きたいだけなのだ。
そんなことを目の前の神様に告白できるはずもなく。場に気まずい沈黙が下りてきた。
と、テラが何事か考えていた様子だったが、ふと顔を上げた。その顔には、何かを決心したような色があった。
「…………よし。じゃあ、あたしが一緒に探してあげる」
「…………………は?」
「あなたのやりたいこと、欲しいもの、求めているもの…………それを一緒に、探してあげる」
「いや、だからそんなのないって」
「そんなことない。誰しも胸の奥に何か求めるものを持っているはずよ。それがたとえどんな小さなものであったとしても、何かを求める気持ちは必ず持ってる。あなたはきっと、まだそれが何かわかってないだけ。だから、しばらくあなたと行動して、あなたの願いを見つけて、叶えてあげる」
テラは、俺を真っ直ぐ見つめてそう言った。
何か求めているもの。
そんなものが自分にあるのだろうか。
この少女と一緒なら、見つかるのだろうか。
迷う俺に、テラはそっと手を差し伸べて、俺に笑いかけて言う。
「ね、探してみよう?あなたの『願い』」
その輝く瞳に吸い込まれるように。
俺は、手を伸ばして、テラの手を握り返した。
テラの笑顔が、パァッとひときわ輝いたように見えた。
「よし!それじゃ、早速街に出て色々見てみよっか!意外なところに『願い』があるかもしれないし!」
「えー……。だから俺、外に出たくないって………」
「問答無用!こんな部屋の中にいちゃ、わからないって!もっと外の世界を知らないと!」
「俺はかごの中の小鳥かよ……」
「グダグダ言ってないで、ほら、行くよ!」
そう言ってテラは俺の手を引く。
俺は彼女に引っ張られるように、部屋の外へと駆け出した。




