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「わぁ〜すご……すぎるいろんな意味で」
門をくぐるとそこは異世界でした。まあ元から異世界なわけだが。
馬車と船を使い、アグーラから三日半の距離。海が近いルメスへと到着した。
ルメスとアグーラの間には大きな川が流れており、ルメスは上流にある。水路を使ってアグーラへと行く場合は、川を下るため二日程度で行けてしまうのだ。輸送を考えると貿易にうってつけの立地である。
が、開発中の町というだけあって、ルメスは本当にギリギリ人が住めるという状況だった。
行き交う人々は忙しなく、町中で聞こえるのは釘を打つ音と怒号。そして、そこに居る人たちに共通しているのは鬼気迫る表情という恐ろしい状況だ。
「なんだろ、フラグ立てたつもりは全くないのに、ブラックなフラグが立ってる気が……」
「おい邪魔だ! つっ立ってんじゃねぇよ!」
「す、すみません」
デジャブ。
あの時は町に見惚れて呆然としていたのに対し、今は悲観的な意味合いで呆然としているのが悲しいところ。
ため息を吐き、改めて町を見回してみる。
至る所にテントのような仮設住宅があり、ご飯は炊き出しなのだろう、女性たちが大きな鍋で食事の支度をしていた。
道は舗装されておらず、荷馬車が通れるくらいの幅は確保されているが、建物用の木材が山のように積まれていた。
確かに衣食住は確保されているようだが、“やっと人が住めるようになった”と“ギリギリ人が住める”では、かなり違うと思う。
とはいえ、まずは目的を果たさねばなるまい。
そう、就職先の役所へ――。
大きくため息を一つ。人を避けながら役所を目指して町の中心へと向かった。
**********
役所は思いの外まともな建物だった。ギルドの扉を叩いた時とは違う緊張をしていたが、就職が決まっいるのだ。後戻りはできない。
意を決して、勢いよく扉を押し開いた――
「ひでぶっ!!」
ら、何かに激しく当たった。
「あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
扉の後ろに鼻を押さえてうずくまっている男性がいた。
なぜ某漫画の断末魔なのか、もしやこの人も転生したのか、いろいろつっこみたいところはあるが慌てて手を差し出す。
「扉の向こうに人がいることもあるんですから……注意して開いてください。あ、大丈夫です」
差し出した手を断って立った男性には、イケメンの面影があった。
モスグリーンの髪に、知的な色を宿した深いグリーンの瞳。今は赤くなっている高い鼻には、萌えポイントの高い黒縁メガネが乗っていた。
イケメンの面影と遠回しな表現した理由は唯一つ。
かなり疲れ切っている様子なのだ。
服も縒れており、少し長い髪も外跳ねしていて、目の下の隈は瞳よりも深い色をしていた。
「す、すみませんでした」
素直に頭を下げると、その男性は目頭の辺りでメガネを押し上げながら私を見た。
「次から気を付けてくださいね。ところで、役所に何か御用ですか? 少々込み合っているのでお待ちいただくことになると思いますが……」
そう言いながら中に視線を動かしたので、釣られて私も中を見る。
そこは戦場だった。
受付カウンターであろう場所に人が殺到していて、カウンターの中では紙が舞い、待っている人たちは苛立ちのあまり小競り合いをしている始末。
「えっと、つかぬ事をお伺いしますが、ここって役所ですよね?」
「はい、不束ながら役所です」
確かに開拓中で大変だと言っていた。
人が集まっている最中とも言っていた。
役所の人間が圧倒的に足りていないとも……。
あれ、そう考えると避けられたフラグだったのか?
ともあれ、推薦を受けてここまで来てしまったわけである。帰るという選択肢はない。そう、逃げ道はないのだ。
「実は私、アグーラで紹介されてこちらでお世話になることになりました、リコリ――」
観念して俯きながら喋ると、急にガシッと肩を掴まれた。驚いて顔を上げると、怖いほど輝いた瞳が私を見ている。怖い。
「ギルドからいらっしゃったんですね!」
「はぁひ」
噛んでしまった。もう一度言おう。怖い。
「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに! さあさあこちらへ」
にこにこと笑顔で手を握られて、カウンターの奥へ引っ張られた。
この世界で初めて父親以外の男性と手を繋いでいるのに、しかも満面の笑みを浮かべたイケメンなのに、このシチュエーションでは全く喜べない。むしろ逃げたい。それも全力で。
「いやー、良かった良かった。人は少ない上に素人ばかり。仕事は多いし上司は無能だし、その上安月給なんだから本当に困っていたんだ。だいたい、この仕事量をどうやったらこの人数で回せるのか教えて欲しいよ。どんな器量の良い人間でも無理に決まってる。あと五人は必要だと思っているくらいなのに。おっと、この部屋だった」
心が付いて来なかったので足が動かず、半ば引きずられる形で着いたその部屋は応接室のようだった。ひじ掛けの付いたソファーが机を挟んで向き合っている。
「さて、改めまして。ルーク・メティス・エスカランテです。よろしく」
イケメンがにこやかに手を出してきた。くっ……この状況でさえなければ……!
「リコリス・モネ・メルクーリですこれからお世話になりますよろしくお願いします」
手を握り返して形式的な台詞を低い声で言う。テンションがだだ下がりなのは許していただきたい。
**********
「この役所は、見て分かったと思うけどあまり上手く機能していないんだ」
そう前置きが入って始まった仕事内容の説明は、所々に愚痴と愚痴と愚痴が入って長かった。つまり九割は愚痴である。
要約すると、大きく分けて仕事は四つ。
一つ目は人口の管理と土地の管理。
開拓中のここでは毎日たくさんの申請が届くため、その精査や登録、対処が間に合っていないらしい。
二つ目は各ギルドとの調整。
商人ギルドや職人ギルド、医療や魔法といった様々なギルドとの調整を行のだが、クセのある相手が多く交渉が難航するのだそうだ。
三つ目は建築や工事などの管理。
まさに今建てている物が多いので、違反している建物がないか、割り振ってある土地は守られているか、道や広場などの公共場所含め、進行状況の管理もしたりする。
四つ目は災害や犯罪に対する予防と処置。
川が流れているルメスでは、もちろん水害を想定しなければならない。そういった災害に対する予防措置や、窃盗、殺人、喧嘩の仲裁などの幅広い事案を対処するための自警団の管理なども行う。
「さて、そろそろお昼の時間だから、午後からいろいろ案内しよう。所々でメルクーリさんの紹介はしていくけど、何分仕事が忙しくてね。役所が閉まった後の時間に、改めて自己紹介してもらう事になるよ」
確かにあれだけ忙しいと、全員集めるのは不可能だろう。
「分かりました」
「それじゃあ町へ行こうか。せっかくだからおいしい物を食べに行こう」
その一言でテンションが一気に上がった自分に少しだけ腹が立ったのだった。