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そして運命の日。
朝からそわそわしつつお昼を食べ、ギルドへ向かう。
「こんにちは、メルクーリさん」
ギルドへ入ると、サラが綺麗な笑顔を浮かべながら手招きしてきた。
「こここんにちは」
ぎこちない動きで近づくと、サラが口元に手を当てながらニヤニヤした。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。さあ二階へどうぞ」
案内されたのは適正検査を受けた部屋だった。中には誰もおらず、椅子を勧められた。
「さて、早速メルクーリさんへお願いしたいお仕事を紹介しますね」
「はい!」
背筋をピンと伸ばしてサラを見る。
「北の開拓がされているのはご存知だと思います。今、徐々に人が集まるようになってきてまして」
「は、はぁ……」
建築系は魔力的に無理なはずだが、北の話を出すという事は開拓に関わる仕事なのだろう。私に出来る仕事があるのだろうか。
「人の管理や土地の管理、町の機能を保つ為の仕事に就く人が圧倒的に足りていないのです。そこで、私が是非にと推薦したのですが、北のお役所で働きませんか?」
つまり公務員である。そう、安定した収入があり、お休みもしっかり取れ、みんな憧れの公務員。しかもサラの推薦付きである。応えはもちろんーー。
「喜んでお受けします!」
慎まない辺りが私である。
サラがほっとした顔をして微笑む。
「適性試験の結果がとても良かったのでメルクーリさんにお願いしたいと思ってたんです。役所では魔力より知力ですし。まだまだ役所としての機能も完成していなくて大変だとは思いますが、頑張ってください」
随分と評価をしてもらっているようだ。サラの期待に応える為にも頑張ろう。
「はい! 頑張ります!!」
書類にサインをして軽く説明を受けてギルドを後にした。移動は定期便を使うとの事で、三日後にアグーラを発つ事になった。
帰ったら両親に手紙を書かねば。
スキップしながら大通りを進み、宿へと戻った。
「あら、リコリスちゃん。結果はどうだったのかしら?」
宿へ入るなりモアが話しかけてきた。
「最高です! 北のお役所に勤められる事になりました!!」
「まあ、それは良かったわね! 今夜はご馳走を準備しないと」
モアは両頬に手を当てて、嬉しそうに喜んでくれた。
「ありがとうございます! モアさん(の料理)に会えなくなるのは寂しいですが……」
「そうねえ、リコリスちゃんが居なくなると寂しくなるわね。料理を美味しそうに食べてくれるんだもの。私、嬉しくて」
「お休みもしっかりあるお仕事だし、ちょくちょく食べに来ますよ!」
**********
出発までの三日間はのんびりと過ごした。元々持ってきていた荷物を詰めるだけの作業だったので、引っ越し準備はそんなに時間もかからない。
就職が決まった後、すぐに出した両親への手紙は、そろそろ着いた頃だろうか。喜んでくれるといいのだが…。
「それでは、短い間ですがお世話になりました! 昨晩のご馳走もとてもおいしかったです。ありがとうございました!!」
ぺこりとモアに頭を下げる。
昨晩はチキンの丸焼きに、スモークチーズ、豚のシチュー、スープ、パン……と、とても豪華な夕飯を頂いた。
モアの気合が入りまくった料理の量と豪華さにも驚いたが、何より破裂しそうになりながらも食べ切ってしまった自分の胃袋に驚いた。
夕食をモアと一緒に食べたので、いろんな話ができた。
ブモ亭は元々モアの旦那が仕切っていた宿らしい。息子と旦那が食材の仕入れ先で事故に遭い、帰らぬ人となってしまってモアが引き継いだそうだ。
亡くなった息子が私くらい年齢だったようで、娘ができたみたいだと喜んでいた。
私も家族の話や村の話、初日の夜に迷った事などを話し、二人で笑い合った。
「またアグーラに来る事があったら是非うちに泊まってね。あ、これお弁当よ、北までの道のりは長いしね」
お茶目なウィンクをしながらモアさんが布に包まれたお弁当を渡してくれた。
ありがたく受け取る。これで馬車での道のりも少しは楽しめそうだ。
「何から何まで、本当にありがとうございます。お部屋でとても寛げましたし、モアさんにも優しくしていただいて……」
「今生の別れじゃないんだから、ほら笑顔で元気良くね! 行ってらっしゃい!」
バシバシと背中を叩かれる。よろけながらも笑顔になった。
「はい! それでは行ってきます!」
モアさんに手を振って別れ、馬車乗り場へと歩いていると前からアランがやってきた。
「お? お嬢ちゃん、随分な大荷物だな。どっか行くのか?」
「あーーー! 全然姿現さないんだから! もう出発するところですよ!!」
アラン=裏路地のお店である。結局食べ損ねてしまった……。
「なんだ、アグーラに住むわけじゃなかったのか」
「就職の為って言いませんでしたっけ? まぁちょくちょくアグーラには来ますし、絶対連れて行ってもらいますからねっ!」
なんとも図々しい私である。
「はいはい。出て行くって事は決まったのか、おめでとさん。どこ行くんだ?」
随分とぞんざいな扱いだ。私の勤め先を聞いて驚いてもらおうじゃないか。
「北の町です。なんとなんと役所勤めですよ!」
両の手を腰に当て、踏ん反り返って行ってみた。相手の身長が高くて見上げる形だが。
アランは一瞬ポカンとした後、目を逸らした。
「そ、そうか……まあなんだ、ガンバレヨ」
その反応は想定していなかった。
「あ、あの、北の町について何か知ってるんですか?」
「うん、まあ、その、ガンバレ」
「え、あの、え? ちょっと! ……行っちゃった」
目を逸らしたまま、大股で立ち去ってしまった。不完全燃焼だ。
追い掛けたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて乗り場を目指す。時間が迫ってきている馬車に乗れなかったら笑えない。
アランの反応は気になるところではあるが、行くことは確定しているのだ。考えても仕方がない。
馬車に乗り込み、気持ちを切り替える。
ゆっくりと流れる景色を楽しみながら、これから始まる新しい生活に思いを馳せるのであった。