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「次、リコリス・モネ・メルクーリさん。入室してください」
「は、はひ!」
盛大に噛んだ。
ぎこちない動きで扉を開けて部屋へと入る。
午後の適性検査だ。
「失礼します」
その部屋は試験会場ほど広くはなく、二つの長机に四人腰掛けている。中央に占い師が使うような水晶が置かれている事を除けば、面接会場のようだった。
「これからメルクーリさんの適性を調べます。その水晶は手を置くと属性色へ、そして大きさも魔力の総量に合わせて変化します」
説明してくれたのはサラだった。見知った顔に安堵しつつ、水晶を凝視する。
(お願いだからいい就職先へいけるような結果を出してね……!)
「それでは早速、水晶へ手を置いてください」
部屋の中央へと向かい、水晶の前に立つ。水晶は思いの外大きく、バスケットボールサイズだった。
ごくり。
変な汗が出てきた……。
軽く息を吐き、汗ばんだ手を乗せる。
水晶はそれに反応して淡く光り始めた。
「どうやら無属性のようですね。魔力の総量は……」
色は変わらず、手の中でサイズがどんどん変化していった。そう、どんどんどんどんーー。
「えっと……これは、大丈夫なんですか? いろんな意味で」
変化が終わった頃には、手のひらサイズの可愛らしい水晶になってしまった。
「「「「……………」」」」
「……………」
天使が通った。
「か、過去にはそのくらいのサイズの方もいたので、大丈夫ですよ」
つまり、近年稀に見る小ぶりさという事だろう。試験管の表情も、憐れみの色が強い。
「これ、あまり魔力を持ってないってことですよね?」
「あまりというか、かなりというか、はっきりと言うならば人の半分以下でしょうな」
初老の男性が蓄えた髭を撫でながら言った。
「そ、そうですか……」
しゅん、と肩を落とす。
「スキルによっては魔力をあまり消費せずに高い効果を得られる物もあります。メルクーリさんはどんなスキルを授かりましたか?」
サラが期待を込めた目で言う。私の授かったスキルはーー。
「グルーです」
「「「「……………」」」」
「……………」
もはや天使が通るなんて可愛げな表現は難しい、なんとも居た堪れない空気が流れたのだった。
「グルーとは、広い意味で繋ぎ合わせるスキルです」
「はぁ」
生返事になってしまうのも仕方がない。なんとなく試験管の雰囲気であまり使えないスキルであると察してしまったのだ。
「例えば、そうですね、建築物を建てる際に使われたりします」
「え! 意外と使えるスキルじゃないですか。北も開発中ですし、もしや引く手数多のスキルなのでは?」
拳を握り、ぐっと身を乗り出す。もしかしてもしかするともしかしたかもしれない。神様は私を見捨てなかったーー
「ただ、魔力の総量に応じたサイズの物しか繋ぎ合わせる事ができないのです」
訳ではなかった。
しょんぼりすると、サラが慌ててフォローする。
「他にもいろいろありますよ。メルクーリさんの魔力だと、動物や植物の品種改良、お掃除や書類のまとめなどでしゃうか」
後半になるにつれて魔法がなくてもいい仕事のような。
顎に人差し指を当てながら首を傾げているサラを見て、美人は何をしても絵になるな、くらいにしか思わなかった。
(求人募集にはなかったような部類だなぁ)
果たして就職先は見つかるのだろうか。
「ちなみに、メルクーリさんはどんなお仕事をご希望ですか?」
少なくても前世のような仕事はごめんだ。そう考えると何でも出来る気がした。
「今のところ特にはないのですが、お休みがしっかりあって安定している所がいいなと……」
少し考えてから伝えると、サラが頷いた。
「分かりました。本日はこれで終わりですので、明日の午後もう一度ギルドへいらっしゃってください。その時に結果をお知らせします」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
ぺこりとお辞儀をして退出する。次の人が呼ばれている声を聞きながらギルドを後にした。
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大通りを歩いていると、急に騒がしくなって人垣が割れた。
「勇者様よ!」
「魔物の討伐からお戻りになられたのね!」
「あぁ、いつ見ても見目麗しいわ……」
どうやら勇者様が王宮へ向かう為に大通りを通っているらしい。
揉みくちゃにされながらも野次馬根性で進むと、堂々と闊歩する勇者が見えた。
綺麗な顔立ちにキレのある目、金髪碧眼に程よく付いた筋肉。まさに勇者という名に相応しい容貌だった。背負っている大剣含め、装備品も一級品である事が一目見ただけで分かる。流石は勇者様。
舐めるように見ていると、その澄んだ青い目がふと私を捉えた。驚いた様に目を見開いた勇者はこちらへと早足で近づき、目の前で片膝を立ててゆっくりと手を差し出す。
「君の事をずっと探していたんだーー」
と、もちろんなるはずもなく、普通に目の前を通り過ぎた。そんなお話はご都合主義の乙女ゲームの中だけである。
ネズミーランドのパレード最後尾に人が続くように勇者に続く集団が去った後、対面の路地裏に消えるアランの背が目に入った。
アランも意外と物好きである。
「あ、路地裏のお店……」
アランが消えてしまった路地裏を見つめながらそう呟いてしまった私は、花より団子なのであった。