40
「リコリスさん、この書類間違ってるよ!」
「す、すみません」
血走った目のルークに睨まれ、ビクつきながら素直に謝る。
山積みの書類。慌ただしく走る人々。
ルメスの役所は恐ろしい量の事後処理に追われている。
少しの間忘れていたが、私は役所の職員だった。
**********
あの日。
レヴァンがワープした広間は、アグーラの王宮だったようで、すぐに医者を呼ぶ事ができた。
私の止血は上手くいき、二人を助ける事ができたのだ。
二人の無事を確認した後、私たちはすぐに動いた。
まず、レヴァンはレヴァン・ヘーリウスの名で、ヘリウス軍及び各町に向けて事実の公表を行った。
現王が無闇に戦争を引き起こした事や、王の命でアルミスを人族が襲った事。魔族も人族によって襲われていた事。勇者の件はとりあえず伏せたようだ。
そして、現魔王であるヴァシスは、争いを止める為に協力してくれていた事。
レヴァンは現王を処刑し、自分が再び王なって、ヴァシスと平和協定を結ぶと宣言した。
レヴァンは元々支持されていた王だった上に、ヘリウス王国全土が戦争で疲弊していた事もあり、戸惑いや怒りの声もあれど、戦争の終結を喜ぶ声の方が大きかった。
そして、レヴァンは宣言と共に、王宮に集められていた備蓄を各町に送ったのだ。
どうやら備蓄を無理矢理集めさせていたのも勇者の策略で、内乱を狙っていたらしい。もう少し遅かったら、本当に食糧を求めて人と人とが殺し合う事になっていたかもしれない。
話は逸れるが、王の格好をしたレヴァンは威厳に満ちていた。宣言を出す時も、面会を受ける時も、しっかりと王であった。
ただ、私たちといる時は、今まで通りに接する事にしたらしい。
口を開くと原始人が現代の服を無理矢理着せられたかのような違和感が出てしまうので、大変残念だ。
そして、私はルメスに戻った。
一般人の私には、アグーラで出来る事なんかないのだ。
ちょうど役所に居たルークにカイト、イルたち人狼は暖かく迎えてくれた。……最初は。
もちろん、ルメスにもレヴァンの宣言は届いているので、多少曖昧にされている事実を知っている限り話した。
イルと別れた後のどぎつい仕打ちに、ミランダや勇者の話。
ミランダたちの話を聞いている時、ルークとカイトは複雑そうな表情をしていた。
それもそうだろう、私ですら消化しきれていないのだ。
逆に、ルメスでの話も聞いた。
イルが戻った後、すぐに門を開いて他の町の住民を迎え入れたらしい。ルメスは他よりも食料の余裕があるからだ。
そして、人狼たちは各町の役所へと散って協力を申し出たそうだ。
最初は邪険にされていたが、ヘリウス軍が通る場所で食料が奪われたり、女性が襲われている事実を聞いた住民たちは、程なくして協力を乞うようになったとの事。
「ヘリウス軍、結構えげつない事してたんですね」
「彼らも生きるか死ぬかの瀬戸際だったし、分からなくもないけどね。あ、僕はもちろんそんな事絶対しないけど!」
ルークが笑いながら言うと、カイトも眉間に皺を寄せた。
「俺だったら自分で食料調達するけどな。海か山はあるんだし、なんとかなるだろ」
その発想は無かった。
「みんながみんな、カイト君みたいに自活できないよ。それにしても、リコリスさんも大変でしたよね。移動だけでもかなりの距離だし」
「あ、それはヴァシスさんのワープ……空間移動でしてたので、移動疲れはないです。実は、ここへも送ってきてもらったので」
そう言って笑うと、すぐにイルが満面の笑みで書類の山を差し出してきた。
「あの、イルさん、これは?」
「今回、町にかなり打撃が出てるんです。人族をなるべく保護しましたから。土地や人の登録、建築系、他の町との調整もありますし」
「は、はあ。それは分かりますが」
「つまり、人手が全然足りないんです。働いてください」
しれっと言うイルに、私は目玉が飛び出そうになった。
「鬼! 今帰って来たばっかりですよ!? 少しは労われ!」
机を両手でバシッと叩き講義するが、イルは頭を横に倒した。
「ん? リコリスは魔王様の魔力を使って、魔王様の魔力で移動して、王宮でちょっと王の手伝いをしただけですよね?」
「そ、そうですけど」
「リコリスと別れてから、俺たちは交代に仮眠する程度で回してます。そんな俺たちより疲れてるんですか?」
「う……そ、それは」
王宮で過ごした数日間は確かに忙しかったが、甘いケーキでお茶をしたり、夜は長い睡眠を取っていた。
レヴァンとヴァシスが意外と私に甘いのだ。
よく見ると、ルークの目の下にはあるのが当たり前になっている深い隈が広がり、珍しくカイトにまでそれが移っている。
「わ、分かりましたよ、働きますよ……」
そして冒頭に至るのだ。
「なんか、みんなで役所の改善をした時みたいですね」
私の呟きに、ルークが振り返る。
「あの時もかなり切羽詰まってたからね」
苦笑するルークに、私も苦笑する。
「でも、なんだかんだ楽しく仕事してた気がします」
あの時はジーニャにラウロ、そしてミランダもいたが、今は三人しかいない。思い出して俯くと、肩に手を置かれた。
「そんな暗い顔をしないでください。今は俺たちがいるじゃないですか」
顔を上げると、少し口をへの字に曲げたイルがいた。その向こうではモニカとケルンがじゃれ合っていて、それを見ているレヴィが呆れた顔をしていた。
ハンクは物凄いスピードで書類を処理しているし、他の人狼たちも得意ではないであろう事務仕事を眉間に皺を寄せながら手伝ってくれていた。
戦争終結後、人狼たちはタナスに戻ると思っていたのだが、彼らの希望でルメスに残る事になったらしい。ヴァシスから連絡が届いたのだ。
「そう、ですね。何というか、かなり賑やかになってますね」
力が抜けて笑ってしまった。
「まずは俺たちと、これから先の事を考えていきましょう」
イルを見ると、とても優しい顔で私を見ていた。慌てて視線を逸らす。
「ま、まぁ、そうですね。目の前の事から頑張っていかないと!」
「そうそう、その意気です! さぁ、頑張ってください!」
笑顔で書類を積み上げるイルを見て、一瞬固まる。
「が、頑張ります……」
そう言って項垂れる。
ただただ、上手く乗せられた気がしてならなかった。




