幕間 - side D -
「ほら、夕食だ。しっかり食えよ」
いつもの看守が持ってきた食事は、いつもの様にバランスの取れた夕食だった。今回のデザートは林檎だ。
林檎を見て、ふと、昔の事を思い出す。
「なんで、なんで!」
泣き叫ぶ僕をミランダが抱きしめた。
「大丈夫、きっと、大丈夫だから」
僕より少しだけ年上なだけなのに、自分だって怖いはずなのに、ミランダはとても大人だった。
「ミランダ……」
「お父さんたちを、私たちが埋めてあげないと。町の人たちは誰も手伝ってくれないから」
「でも、怖いよ。重たくて運べないよ。……誰の体か、分からないよ」
「………」
四人の遺体は切り刻まれていた。誰の体の一部がどこにあるのか、分からない程に。あの光景が頭から離れない。
怖くて、寂しくて、恐ろしくて、絶望で。
「無理だよ、僕には、無理だよ」
「そう、だね。そしたら、大きくなってから埋めに来てあげよう。ディオン、私のお家に行こう」
「うん……」
差し出された手を震える手で掴むと、ミランダも震えていた。
ミランダだって怖いんだ。僕もしっかりしないといけない。
数日後、町の大人達がやってきた。僕たちを家から追い出す為に。
「このお家がなくなったら、私たちは生きていけないわ!」
「でもね、君たちにお金は払えないでしょ? だから出て行ってもらうしかないんだ。気の毒だけど」
僕とミランダは、アルミスの大人たちによってアグーラの孤児院へ送られたが、道中、運悪く盗賊に捕まり、奴隷として売られる事になってしまった。
「ねぇ、ディオン。私の鎖、外れそうなの。二人で逃げ出そうよ!」
「ミランダ、でも、僕たち二人じゃ生きていけないんじゃない?」
「奴隷になったら死んじゃうかもしれないよ?」
「やだよ、死にたくない。逃げよう、ミランダ!」
僕たちは生きるのに必死だった。親が死んだばかりだというのに、悲しむ暇もなかったのだ。
なんとか逃げた僕たちは、アグーラの裏路地に住み着いた。
そこには他にも沢山子どもがいたが、仲良くなる事はない。みんな生きるのに必死だったからだ。
ゴミを漁って、物乞いをして、様々な方法で何とか生き延びていた。
何も食べられない日々が続いたある日。僕は倒れてしまった。
ミランダが、知る限りで始めて泣いた。僕が死ぬと思って泣いたのだろう。
「ディオン、待ってて。何か食べさせてあげるから……!」
「僕は、大丈夫だから。もう少し休んだら、元気に……なれる、よ」
心配させないように言ったつもりが、余計心配させてしまったのかもしれない。
寝かせた僕の隣で俯いていたミランダは、急に顔を上げて言った。
「少しだけ待ってて。私、絶対に何か持ってくるから」
数時間後。
真っ赤なりんご一つを持ったミランダが戻ってきた。
ーー目を真っ赤にして、泣きそうな笑顔で。
その時は何も考えられないくらい空腹だったから、すぐに飛びついた。
それからミランダは数時間、居なくなる事が増えた。
帰ってくる時に持ってくる物は、徐々に豪華になっていって、数ヶ月で肉にありつける程だった。
「ミランダはこんな食べ物、どうやって持ってきてるの?」
ミランダは僕に勉強するように、と勉強道具を仕入れてきた。だから、僕は何もしていない。
「それは……しっかり働いているからですわ」
この頃から、ミランダの口調が変わっていた。僕にとっては口調が変わってもミランダはミランダなので、気にしていなかった。
あの時に気づいていれば、と後悔はするが、実際子どもにはどうする事も出来ないだろう。
俺は何も知らない、無知な子どもだった。
ミランダが身を削りながら生かしてくれた命なのに、そのミランダが俺を殺そうとするなんて、どれ程辛い決断だったのだろう。
俺は何て馬鹿な事をしていたのか。ミランダがくれた命は、くだらない復讐になんて使っていいはずがなかったのだ。
「ミランダーー」
牢屋の小さい窓を見上げながら、彼女を想う。
もし、ここを出ることができたら。
もし、ミランダの隣を歩く事が許されるなら。
今度こそ二人で、慎ましやかな幸せを育もうと心に誓いながら。




