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モブな私としましては。  作者: ちょこ
戦う私としましては。
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 数時間後。

 最初は喚きながら逃れようとしていた勇者も、次第に元気が無くなっていった。


 「はぁ、なんでこんな事に……。魔王が目の前にいるってのに」


 「ディオン、大丈夫?」


 ミランダが勇者に声をかける。初めて知ったが、勇者の名前はディオンと言うらしい。


 「先にあいつを殺しとくべきだった。人族だからと油断したぜ」


 背中から私に対する殺気が出ている。

 勇者は私の正面にいるが、背を向けて倒れているので表情が伺えない。ミランダは勇者の向こう側で、二人の頭がある方、数メートル先にヴァシスが体育座りのような格好で両手を背後についている。

 レヴァンはヴァシスの後方、入り口の辺りで転けている。

 何とも情けない風景だ。


 私はと言うと、両足と両手を地面につけた状態で、非常に体制がきつい。


 「モブキャラだと思って無視したのがいけないんです。まぁ、私もこんな状態になるとは思いませんでしたがね」


 大量の汗をかきながら威勢を張る。

 今は何も出来ないはずだ。お互いに、だが。


 「嬢ちゃん、それ、胸張って言うことじゃないぜ……」


 レヴァンが呆れ顔で言う。彼が一番災難だ。


 「この状況、どうにかしないと、ずっとこのまま魔力が続くとも思えないよ。僕の魔力は多いけど、イル君が言ったみたいな無尽蔵ではないからね」


 「そうなんですよね。とりあえず、時間を稼ぐ為に勇者の身の上話でも聞きましょうよ」


 悪者にも同情すべき点があるのは、ヒーロー物の鉄板だ。

 何か突破口が見えるかもしれないと思って言ったが、私のやる気のない提案は即座に却下された。


 「聞こえてるぞ。俺はお前たちに話す事は何もない」


 「ですよねー」


 「あれは、まだ私たちが小さかった時の事ーー」


 「えっ」


 「ミランダ!?」


 まさか本当に話し出すとは思っていなかったのだが。

 ミランダの言葉に、勇者も驚いて声を上げた。


 「ディオン、こうなったら少しでも気を逸らすしかないですわ。それに、あなたにも聞いてもらいたい事がありますの」


 「やめろ、そんな話」


 勇者が険のある声で制したが、気にしていないのか、ミランダは続ける。


 「あの頃の私たちは、互いに両親も居て、慎ましくも幸せな日々を過ごしていました。私とディオンは幼馴染で、いつも遊んでいましたの。当時は泣き虫だったディオンが、可愛くて可愛くて、仕方ありませんでしたわ」


 ミランダが何を考えているのか分からないが、私たちはそっと耳を傾けた。

 決して、それ以外出来ない訳ではない。はず。


 「そんなある日、ちょうどディオンが五歳の誕生日を迎えた日。全てが一変しましたわ」


 「やめろ! やめろと言ってるのが分からないのか!?」


 やめさせようとしているのか、勇者がもぞもぞと動いているが、残念な事に粘着質な私の魔法に嵌っていくだけだった。


 「その日の夜は、ささやかなディオンのお誕生日会を開く予定でしたわ。でも、私とディオンが家に帰ると中から悲鳴が聞こえてきましたの。尋常じゃないその悲鳴に、窓から中を見ると、知らない人が何かを振り回してましたわ。私たちは中に入る事ができず、大人を連れて来る事にしましたの」


 一瞬、ミランダが声の震えを誤魔化す様に口を閉ざす。

 勇者はどんな思いで聞いているのか、黙り込んでしまった。


 「私たちは町の人々に助けを求めましたわ。でも、誰一人として助けてはくれませんでした。私たちが助けるしかない、そう思って引き返した時には既に遅く、みんな惨殺されてましたの。何度も何度も元の形が分からないくらいに切り刻まれて」


 「そ、そんな……」


 息を飲む。

 家族の無惨な姿を見るなんて、耐えられる事ではない。

 例え間に合ったとして、子どもに何が出来るのだろうか。

 きっとそれを分かっていても、何も出来なかった事を酷く後悔しているのだろう。

 勇者の息が荒くなった。


 「それから私たちは、お金も無く、ただただ乞食の様に生きて行く事しかできませんでしたわ。私たちが持っている物なんて高が知れていて。売れる物なんて、自分の体しかありませんでしたの」


 その生活は私の想像を遥かに超えて、辛かっただろう。年端もいかない少女が、食べるていく為に体を売るなんて。


 「もういいだろ!」


 勇者が悲鳴のような声で叫ぶが、ミランダは話をやめなかった。


 「せめてディオンが成人するまでは、私が支えてあげないと、という、変な使命感もありましたの。そんな生活も何とか安定してきて、ついにディオンが成人を迎えた日。また運命の悪戯がありましたわ。……ディオンが勇者になってしまったの」


 魔王誕生と同時期なはずなので、数年前の事だろう。やはり勇者も、急に勇者になったようだ。


 「最初は勇者になっても変わらないと思ってましたわ。でも、騎士団にディオンを奪われてしまって……私には何もなくなってしまいましたわ」


 当時の王はレヴァンだったはずだ。

 レヴァンに視線を向けると、目を瞑って歯を食いしばっていた。

 それが何を意味するのか、私には分からない。


 「王に会え、と無理矢理連れていかれて、そのまま幽閉だ。俺は勇者になんてなりたくなかったのに」


 ぽつりと勇者が呟く。


 「それでもディオンは何とか抜け出して何度も私に会いに来てくれて……」


 「もう、やめてくれ」


 力なく勇者が言うと、ミランダはそんな勇者に優しい声で言った。


 「ディオンは私を大切にしてくれましたわ。大きくなって、私が何で生計を立てていたか知ってしまったはずなのに。私が汚れきっている事を、知ったはずなのに」


 互いが絶望の中で唯一の光だった。そう分かるほどに、ミランダの言葉には、深い、深い、慈しみがこもっていた。


 「ミランダが汚いはずがない! 全部、全部あいつらが悪いんだ! 俺たちの親を助けてくれなかったくせに、勇者になった途端、手のひらを返して擦り寄ってくる腐った奴らが!」


 火山が爆発したかのように、勇者が大声で叫んだ。


 「ディオン……」


 「人族なんて滅べばいいんだ!」


 きっと勇者になる前は、ミランダと生活を共にする中で、なんとか事実を受け止めようとしていたのだろう。

 それが、勇者という称号を得ただけで、周りの反応が百八十度変わる。

 かなりの精神的負担になったはずだ。

 その上、幽閉はきっと言いすぎだろうが、自由を奪われた事は事実だろう。


 歪んでしまった気持ちは分からなくもないが、沢山の人々を殺した事実は変わらない。


 「ディオン、あなたは私の全てなの。だから、あなたが復讐を決めた時に、私もそれに従いましたわ。あなたがそれを糧に生きられるなら、と」


 「ミランダ……」


 「でもね、私、役所での生活も楽しかったの。楽しいと思ってしまったの。その気持ちに、とても罪悪感を感じてましたわ」


 息が詰まる。

 役所でのミランダは、全てが嘘ではなかった。でも、一番大切な物の為に、それ以外を切り捨てたのだ。

 その覚悟はとても重い。


 「でも、結局は計画通り俺の所へ帰って来てくれたじゃないか」


 「えぇ。私、ディオンの事が大好きなのよ。いえ、愛しているの」


 ミランダが勇者に手を伸ばした。


 「えっ……?」


 魔法は継続中である。

 ミランダを見ると、手からグローブが外れていた。グローブは床に張り付いたままだ。


 「! リコリスさん!」


 ヴァシスもその状況に気づいたようで、慌てて叫んだ。

 ミランダが勇者の顔を撫でる。


 「だから、私がちゃんと止めてあげるべきだった。あなたとしっかり歩んであげるべきだった。本当に愛しているわ、ディオン。だからーー」


 勇者から手が離れ、再び私の視界にミランダの手が見えた時には、刃物を勇者に突き刺していた。


 「ぐぁ……! み、ミラ……ンダ……?」


 「もう、終わりにしましょう? すぐ追いかけますわ」


 とても大切な人に向ける声で、とても悲しそうにミランダはそう言った。




 「嬢ちゃん! 魔法をやめろ!」


 レヴァンの声に、慌てて魔法を消す。

 一瞬で止まっていた時間が動き出した。


 ヴァシスが勇者の元に向かい、レヴァンがミランダを見て走り出す。


 「うっ……。これで、やっと……」


 ミランダは、勇者を刺した刃物で自分も突き刺していた。


 二人が大声で呼びかけているが、私はコマ送りの映像を見ているかのように、思考が止まってしまった。


 「……さん! リコリスさん!」


 ヴァシスの言葉で我に返る。

 真っ赤な染みが広がるその様子に、役所での出来事が脳裏に浮かぶ。

 私の魔法で動きを抑えたせいだ。

 そのせいで、今、二つの命が消えようとしている。


 「う、うぅ……」


 恐ろしさと吐き気と耳鳴りで、ぐらりと体制を崩してしまった。


 「リコリスさん、しっかりして! まだ助かるかもしれない!」


 ヴァシスとレヴァンを見やると、傷口を必死に抑えている。

 屈んだ私にレヴァンが大声を上げる。


 「嬢ちゃん、魔法だ! 魔法を使え!」


 その声に顔を上げると、ヴァシスも切迫詰まった声で叫んだ。


 「グルーで傷口を塞ぐんだ! リコリスさんにしか出来ない、しっかり!」


 そうか、その手があった。


 二人の言葉に強く目を瞑る。全ての感情を無理矢理押し込み、両頬を叩いた。


 「しっかりしろ私! 二人はまだ助かる! 私が助ける!!」


 ふらつく体に脳から指令を出して、二人の元へ向かう。


 「リコリスさん、医学の知識が無くても、この世界なら大丈夫だよ。想いは届く!」


 ヴァシスの強い意志が宿った目に勇気付けられ、大きく頷いた。

 大丈夫、きっと、大丈夫だ。

 口からゆっくりと息を吐き出し、二人を見る。


 「罪の償い方が間違ってます! きっちりと、生きて償ってもらいますからね。だから、だから、お願い……!」


 そう言って、二人の傷口に手を当てたーー。

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