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「計画に変更があってな。貴様と一騎討ちするために、場所を変えたのだ」
その声に振り返ると、ヴァシスが堂々とした足取りで進み出てきた。口調と威圧感が魔王のそれだ。どうやら魔王モードに入っているらしい。
「お前が魔王か。なるほど、魔王に似つかわしい恐ろしい風体だな」
勇者が獰猛な笑みを浮かべて、剣先をヴァシスに定める。
「ふん。人族風情が」
鼻で笑ったヴァシスに、ミランダもグローブをしている両手で、ゆっくりと二本の短剣を構えた。
どうやらヴァシスがワープをしたらしい。
「み、ミランダさん!」
ミランダは私の声に顔を向け、すぐに逸らす。
「知り合いか?」
ミランダは勇者の言葉に答えず、魔王を見る。
「人質のつもりですの? 私たちには小指程の動揺も与えられませんわ」
ついつい、ヴァシスと顔を見合わせる。
「そうか、まさか魔王と共闘していると思ってもいないんですね」
「なるほど、そういう事か。そしたら、このままリコリスさんを人質に取ってみる?」
「いや、小指程の価値もないらしいですし……」
「何をこそこそと話している! 早く元の場所に戻せ!」
小声で話していると、痺れを切らした勇者が叫んだ。
「元の場所に戻せ? 人族に被害を出したいのか?」
困惑を表に出さず、ヴァシスが勇者に問いかける。
「なぜ魔王がそんな事を気にするんだ。人数多い方が俺に有利だからに決まってるだろ」
「勇者と魔王の戦いに、ただの人族が太刀打ち出来るわけがなかろう」
「そんなのはやってみたいと分からないね。それに魔王軍はどうした? 単身で乗り込んで来るなんて想定外だ」
苦い顔をする勇者に、ヴァシスが余裕の笑みを浮かべる。
「軍を出すまでもないわ」
それを聞いた勇者は、構えを解いた。
「そうか。それなら、ヘリウス軍は生贄にくれてやるよ。食うんでも奴隷にするんでも、殺すんでも好きにしろ」
突然の投げやりなセリフに、ヴァシスも私も目が点になる。
「おいおい、勇者がそれじゃダメだろ……。無駄に血を流してどうするのさ。何のために一騎討ちしようとしてると思ってるの?」
ヴァシスは素に戻ってしまう程、呆れているようだ。
それもそうだろう、勇者の目的が分からない。
「ちっ。こいつは使えねぇ。ミランダ、予定変更だ。魔王を殺してタナスまで攻め込もう。永遠の平和を得る為に、とでも言えば士気も上がるだろうさ」
吐き捨てる様にそう言うと、勇者は剣を構え直した。
「君は何を考えてるんだ? 人族にまで犠牲を出そうとして。憎んでるのは魔族じゃないの?」
ヴァシスの言葉を勇者は鼻で笑った。
そして、憎しみがこもった視線をぶつける。
「俺が一番憎んでるのは人族だ。どっちが勝とうがどうでもいいんだよ」
「それってどう言う……」
ヴァシスが言いかけ、直後、刃物が何かに激しく当たった音がした。
音を辿ると、ヴァシスが防御魔法で勇者の剣を防いでいる。
「無駄話は終わりだ。俺は早くこの地を血で染めたいんでね」
一気に緊張が走った。
血走った目で言う勇者は、とても正気とは思えない。
下から、上から、斜めから。
勇者は絶え間なく斬りつけ、ヴァシスの防御魔法を突破しようとしていた。
「君に何があったかは知らないけど、そんな事して何になるんだ! 落ち着いて考え直して!」
ヴァシスが訴えるが、勇者は聞く耳を持たなかった。
「生憎、もうそんな段階はとっくに抜けてるんでね。俺を止めたければ……殺せ!」
狂気を孕んだ笑顔を浮かべながら、楽しそうに勇者は踊る。踊るように剣を振るう。
体も思考も追いつかず、見ているだけしか出来ない私の視界にミランダが入ってきた。
「ぐっ」
二人からの猛攻撃に、ヴァシスが一歩後ずさる。このままではまずい。
私にも何か出来るはずだ。この戦いを止める何かが。
私の必殺魔法はくっ付ける事しか出来ない。この場合何をくっ付けるべきか。
以前は魔力が少なかったので、地面と靴というピンポイントな方法しか取れなかったが、今、私はこれまでにない程の魔力を保有している。
魔力が多くても出来る魔法は一つ。つまり、やる事は決まっているのだ。
「よし、やってみるしかない」
私は床に手をつけ、魔力を放出する。
失敗しそうなフラグを立てない為に、さらりとやってみると、床が光りだした。
「な、なんだ!?」
「きゃっ!」
「お、お、お!?」
剣を振り回していた勇者とミランダが転けて地面に転がり、ヴァシスが尻餅をついた。
その状態で三人の動きがピタリと止まる。
「せ、成功!」
「貴様! 何をした!!」
勇者が向こうを見たまま、大声を上げた。
「ただの生活魔法です。床に触れた部分は、もう離れませんよ!」
名付けて、ゴキ○リホイホイ作戦。
地味だが一番効果的だ。
離れようともがく度に、接地面が増えて動けなくなってしまうこの魔法。
問題を強いて上げるならば、激しく動く勇者たちをくっ付けておく為に、魔力を流し続けなければならない点だろう。加えて、魔力が大きすぎて上手くコントロールできず、ピンポイントで人を拘束できないから、この広間全てに範囲が及んでいる。更に、私自身も変な格好で動けないのだ。あれ、欠点しかないぞ。
「おっ盛り上がってるな」
「レヴァンさん!」
奇跡的なタイミングで現れたレヴァンに、勝機を見出す。
「ん? なんでそんな状態になってんだ?」
「あああレヴァンさん、部屋に入らないでください!」
「え? ぐぁ!」
注意が間に合わず、既に踏み込んでいたレヴァンは片足が離れずにバランスを崩し、結局転んでしまった。
広間で大の大人が三人、無様に転がり、残りの二人も中途半端な格好で動けずにいる。
「リコリスさん、どうするのこれ」
「えっと、ちょっと待ってくださいね。今考えてます」
クライマックスが近いはずなのに、何とも締まらない状態に陥ってしまった。




