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気づくとそこは戦場の最前線だった。
「あれ? なんかいろいろ過程が端折られた気がする」
荒野にぽつんと、私とヴァシスが立っている。目の前には、勇者を筆頭にヘリウス王国の軍がずらりと隊列を組んでいた。
「さぁリコリスさん! 修行の成果を見せてやろうよ!」
「ちょ、ちょっと待って! さっきまで中庭に居ましたよね!?」
「うん。だから、そろそろ行こうかって声かけたじゃないか」
「いや、確かに言われましたけど! 次の瞬間この風景っておかしいでしょ!?」
中庭で優雅に紅茶を飲んでいたはずなのに、気づけばティーカップ片手に敵の目前に立っている。こんなファンタジーあってたまるか。いや、ここはファンタジーの世界だけれども。
「ワープしました」
ドヤ顔でそう言ったヴァシスに、カップを全力で投げつける。
「なんでそうなる! 心の準備的なものが出来てないですよ! そもそも、そんな魔法があるならもっと前に使うべきタイミングがあったでしょう!」
この時ばかりは温厚な私もブチ切れた。いくらなんでもこの展開は酷すぎる。
「リコリスさんに会って、懐かしくなって昔の資料を見返してたんだ。そしたらこの魔法を見つけてね。数日前まで知らなかったんだよ」
「そうだとしても、なぜこの重要なタイミングで試してみちゃったんですか!」
胸ぐらを掴むとヴァシスが慌てて謝った。
「ご、ごめん……。まさか上手く行くとは思ってなくて。どの道、敵は待ってくれないからどうにかしよう」
ヴァシスの視線を追ってヘリウス軍を見ると、突然現れた私たちに対し、剣を構えて警戒していた。
「ちなみに、魔王軍はいづこに?」
「連れて来てないよ。みんな呼ぶ時間無かったし、来ちゃうと戦争になっちゃうじゃないか」
驚くほどあっさりとそう言い放ったヴァシスに憮然とする。
この状況はどう見てもこちら側に不利だ。不利と言うか、勝てる見込みはゼロである。
「よし、作戦Bで行こう」
「AもBもCも知らないですよ!?」
「それっぽく言ってみただけで僕も知らない」
無駄な会話をしているうちに、勇者がこちらを見据え、良く通る声で叫んだ。
「魔王が単身乗り込んで来たぞ! あいつを倒せば終わりだ、俺に続け!」
「「「うぉーーー!!」」」
無駄な会話をしている間に、ヘリウス軍がこちらに向かって来た。
戦場という場所自体が初めての私は、兵士たちの覇気と混乱でフリーズする。
現実を見ていた目が、どんどんと近づいて来る軍の中に見知った顔を認めた。
先頭を走る勇者の隣にミランダがいたのだ。
彼女は私に気づき、戸惑った表情をしている。
ミランダにも何か事情があったのかもしれないが、私たちを裏切り、ジーニャとラウロを殺した事実は変わらない。
当時の怒りと悲しみと絶望感が私を満たし、更に処理速度が下がったところでヴァシスが私を現実に戻す。
「リコリスさん!」
そう叫んだヴァシスを見ると、彼の足は震えていた。何だかんだ言っても怖いのだろう。
それを見て、不思議と緊張が解けた。
「やっぱり、なんだかんだ私たちは前世の心を忘れられないですね。人殺しなんてしたくない。無駄な血が流れないように、出来る事をしないと」
「……うん、そうだね」
ヴァシスも覚悟を決めたのか、どっしりと構えて前を見据えた。
「無事戻れたら血祭りに上げてやりますよ」
「……はい、すみませんでした」
「しまった、今要らないフラグ立ててしまった気がする」
「俺、必ず戻るから……! って言う奴は必ず戻らないフラグと同じやつだね、分かります」
真面目な顔でそう返すヴァシスに苦笑する。
「とりあえず、私は勇者以外を足止めすれば良いですよね?」
「そうだね。まずは頭を狙おう」
そうすれば、無駄な血を流さずに済むはずだ。
前世で戦争をニュースやテレビで観ていたが、客観的だったあの時とは違う。
今、目の前で戦争が起ころうとしているのだ。そして、私だったら止められる。
震える体を叱咤し、肩の力を抜いて呼吸を整えた。
練習では何とか上手くヴァシスから魔力を貰えたのだ。きっと出来るはず。
目を閉じて、ヴァシスの体内に巡っている魔力を少しずつ外側へ引っ張り出し、私に移動させる。
イメージするのは難しいのだが、前世で漫画を読み漁ってた私の知識は豊富だ。
ヴァシスは魔力が引き抜かれている感覚があるのが、小さく呻いていた。
徐々に全身の血管が膨れるような感覚に陥り、限界まで我慢する。魔力が膨れ上がる感覚は、呼吸を長く止めている時に似ているのだが、これがなかなかに辛い。
「よ、良し。これ以上は私が耐えられません」
「そうだね。かなり持ってかれたみたいだ」
練習の時以上に、ヴァシスから魔力を引き抜けたようだ。膨れ上がった魔力を抑えつつ、地面に手を当てる。
騎兵がすぐ近くまで来ていた。
「もう、誰も傷付けさせない」
戦争では、誰も幸せになれない。
しかも、今回は王が勝手に起こそうとしている戦争である。国民は騙されているだけの被害者だ。
私は人々の、小さな幸せを守りたい。
「いっけーーーーー!」
一気に魔力を地面に流し込む。
これで、みんなを守れる。これで、兵を待っている人の元へ返せる。これでーー。
「リコリスさん、頑張ってるところ悪いんだけど、全然魔法効いてない!」
ヴァシスの声に顔を上げる。そして、重大なミスに気づいてしまった。
「ヴァシスさん、大変です。魔法貰う練習ばかりしていて、実際に使う練習してませんでした!」
「う。そ、そういえば」
先頭の勇者、そして続くミランダが、もう数メートルまで近づいてきている。
「ど、どうしましょう! 私、武術からっきしですけど!」
「仕方ない、プランCに変更だ!」
そう言ったヴァシスに内容を問いただそうとした瞬間、何か強い力に引っ張られる感覚がして、目の前の風景が変わった。
赤い絨毯に豪華な装飾。私の知らない場所だ。
「……何が起こったんだ?」
そう呟いた声の方を見ると、そこには顔を顰めて剣を構えている勇者と、勇者の腕を掴んでいるミランダがいた。




