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「さて、と。じゃあリコリス、頑張ってくださいね」
「善処します」
「頑張れよー、そこそこ期待してるからな!」
レヴァンが私の肩を叩く。痛い。
昨日の会議で、レヴァンはルメス経由でアグーラへ向かい、イルはルメスでルークたちと共に人族の救出をする事となったのだ。
もちろん、私は魔法の練習である。
「イルさん、レヴァンさんをお姫様抱っこで連れて行くんですか?」
そう言って茶化すと、イルが不快そうに顔を顰める。
「野郎を抱く趣味はありません。仕方ないので、背負って行きますよ」
「俺としてはお姫様抱っこでも良いんだけどな」
ニヤニヤとするレヴァンに、イルが冷たい視線を向けた。
「やっぱり簀巻きにして引き摺りますか」
「じょ、冗談キツイぜ人狼君」
後ずさるレヴァンに、冷たい視線のまま、イルが眉間に皺を寄せる。
「いい加減その呼び方やめてもらえませんか? ルメスには人狼がたくさんいるんですけど」
「悪かったよ、よろしく頼むな。イル!」
レヴァンが盛大にイルの肩を叩くと、イルがふらついた。人狼にダメージを与えるとは、さすがレヴァンである。
「やっぱり引き摺るか。いや、ぶん投げるという手も……いっそ道中で襲われたと言って海に流すか……」
イルは恨めしげにレヴァンを睨み、ぶつぶつと物騒な事を言っていた。
「あの二人、大丈夫ですかね?」
「大丈夫大丈夫、二人とも戯れてるだけだよ」
そう言って笑うヴァシスだが、笑い声が掠れている。不安だ。
「あ! イルさん、この手紙をルークさんに渡してもらえますか?」
忘れるところだった。
手紙を差し出すと、イルがたじろいだ。
「……恋文ですか?」
「んなあほな」
少しの間の後、ぼそりと言ったイルについつい素が出てしまった。
私が帰らないとルークとカイトが心配するだろうと思い、状況と報告を書いたのだ。
「まぁ、詮索はしませんよ」
「え、あ、はあ。もう何でもいいんでとりあえず頼みましたからね」
いろいろとツッコミ要素はあるが、めんどくさいのでスルーした。
「じゃあ二人ともよろしくね」
「おう! 任せとけ!」
「それでは魔王様、行って参ります」
二人を見送り、私とヴァシスは城の中へと戻った。
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「へー、田中さんはゲーム会社に勤めてたんですか」
「うん。新作を作ってる最中だったんだけど、どうなったかずっと気になってるんだよねぇ。佐藤さんは広告代理店だっけ?」
「そうですよー。上司が使えなさすぎて、ストレス死ですよ絶対!」
魔法を練習している間の休憩中は、前世の話をしていた。
その間は前世の名前で呼び合っている。田中と佐藤なんてありふれている苗字なのに、ここではかなり新鮮だ。
「ははは、広告系は上下関係も大変そうだね。僕もここに来る少し前に、代理店に依頼してさ。太ったいかにも偉い人って感じの人が来たんだけど、酷いプレゼンだったよ」
その時の事を思い出したのか、ヴァシスが苦笑する。
「そういえば、私の上司もゲーム会社にプレゼン行って大失敗したんですよ。しかも、その責任を押し付けられまして」
これだからゆとりは、と言う奴ほど使えない。私の持論である。
役職に胡座をかいてるやつもいるが、これだから団塊世代は、と言うゆとりは居ない。
かく言う私はゆとり世代なわけだが。
夢で制裁を加えてやったとはいえ、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
カップを持つ手に力が入る。
「うわっそれは酷い。この世界なら魔法でぎゃふんといわせられるのにね!」
口をへの字に曲げていたが、真面目にそう言ったヴァシスを見て、耐えきれずに笑った。
「ぎゃふんて、死語ですよ!」
怒りが嘘のように溶けるのを感じて、持っていたカップを口に運ぶ。
お茶菓子はヴァシス製たい焼きもどきだ。甘くておいしい。
「そ、そうかな?」
ヴァシスはかなり落ち着いているし、もしかすると結構年上なのかもしれない。
「年齢は聞かないでおいてあげますね! それで、結局その人は追い返したんですか?」
「流石にお引き取り願ったよ。でも、後から若い子が来て、かなり強引に企画書を置いてってさ。その企画が良くて、結局そこにお願いしたんだ」
「へー、その若者はやりますなぁ。ちなみに、どんな企画だったんですか?」
「お、職業柄気になる? うち、若い会社でさ。スマホって分かる?」
「え? あ、はい」
一瞬、さすがに知らない人はいないだろうと思ったが、少し考えて納得した。転生した者同士では、生きていた時代が違う可能性もある。ヴァシスもなかなかに転生物を読み込んでいるようだ。
「と言うことは、生きてた時代も同じくらいだね。で、うちはスマホゲームで急成長した会社だったんだけど、結構いろんな事に手を出しててさ。企業イメージを確立するために、代理店に依頼したんだけど……」
口に含んでいた紅茶を勢いよく吐き出してしまい、慌てて口元を押さえる。危うく鼻からも出る所だった。
「ちょ、ちょっと待った! その話、なんだかすごく知ってる気がします。いや、このご時世そんな会社いくらでもあるんでしょうけど……ほんと、ものすごーく知ってる気がする!」
「ははは、これで頼んだ代理店が佐藤さんの会社だったら面白いね。なんて所に勤めてたの?」
「そんな偶然あったら驚きますけどね。結構大手だから知ってると思いますよ、博楽堂ってところです」
そう言うと、笑ったままヴァシスが固まった。
「……佐藤さん、最後の記憶では何年でした?」
「確か二千十八年の八月十七日、です」
「……。僕は二千二十年だ。被ってるね。もしかして、辻君って知ってる?」
「懐かしい! 後輩ですよ……ってまさか」
「うん、企画持ってきた子が辻君だよ。半泣きになりながら、必死に資料を押し付けてきたよ。先輩が作った資料を見てください! ってね」
後輩は彼しかいなかったので、かなり可愛がっていた。もちろん、仕事の上関係で他意はない。イケメンだったが、やましい気持ちはない。断じてない。
まだ入ったばかりの彼は、そんな大きな仕事に関わっていないはずだ。そういえば、私が上司に提案した企画は、彼にも共有していたはず。
「……それってもしかして、いろんな媒体を使った謎解きゲームだったりします?」
「えっ、もしかして、あの企画作ったのって」
「多分、私です」
「……」
かなりの衝撃だったのか、ヴァシスは黙り込んでしまった。
辻は死んでしまった私の遺作を届けてくれたのだろう。そして、まさかそれが採用されているとは。しかも、ヴァシスの会社だったなんて。
「あまりにも偶然すぎて驚きを通り越しましたよ。これはもう何かを疑いたくなりますね。田中さん、もしや意識だけ電脳世界で遊ぶゲームとか開発してません?」
ジト目で見ると、ヴァシスは困惑を含んだ笑みを浮かべた。
「僕の記憶では、さすがにそこまで技術が進歩してなかったと思うんだけど。でも、そうだったら面白いね」
「それにしても、不思議な事もあるもんですね」
やはり、私が死んだ所で世界は回る。
それでも、死んだ先の事が少しでも分かった私は運が良いのかもしれない。
辻はきっと、私が教えた通りに私の企画を生かしてくれただろうし、ヴァシスも満足してくれていたようだ。
死んでから自分の残した物と触れ合えるなんて、なんとも複雑な気分だ。
「あ、そろそろ練習再開しようか。僕たちにとって、向こうの世界は止まってるけど、この世界は動き続けてるわけだしね」
そう言って差し出されたヴァシスの手を、勢い良く握る。
「そうですね、頑張ります!」
懐かしさと嬉しさと少しの痛みを胸に、私は今と向き合うのだった。
一方、ルメスでは……。
イル「リコリスから恋文です(-_-)」
ルーク「∑(゜Д゜)ここここここいbm!?」
とてつもない誤解が生まれていた。




