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その日の夜。
充てがわれた部屋で寛いでいると、ドアがノックされた。
「はーい」
「ヴァシスです。ちょっといいかな?」
ドアを開けると、蝋燭の火にぼうっと恐ろしい顔が。
一瞬固まる。
その様子を見たヴァシスが笑って言った。
「驚かせてごめん。ちょっとホラーだった?」
「ちょっとどころではなく、心臓が止まりかけました」
胸を押さえて萎える私に、ヴァシスが苦笑する。
「僕、転生して初めて整形する人の気持ちが分かったよ」
「はぁ、すみません。慣れる様に頑張ります」
「そうしてくれると嬉しいな。ところで、ちょっと僕の書斎に来てくれる?」
「書斎、ですか?」
「うん。リコリスさんには話しておこうと思って。面白い物を見せてあげるよ」
魔王の書斎というと、絢爛豪華で大きなイメージだったが、案内された部屋は埃っぽく狭かった。
「実はね、歴代の魔王はみんな転生者なんだ」
「え!?」
ヴァシスは本棚から一冊の本を取り出す。
「みんな記録を残しているんだ。イタリア人、ブラジル人、アメリカ人、韓国人、と、いろんな人たちが魔王をやってきたみたいだよ」
渡された本には、沢山の名前が英語で書かれていた。
「これは、歴代魔王の名前ですか?」
「うん。みんな自分の証を誰かに伝えたかったんだろうね。他にも、ここにはいろんな資料があるよ。基本的に英語だから、ここの人たちは読めない魔王だけの財産さ」
イルが私からは歴代の魔王と同じ匂いがすると言っていた。それは、もしかすると転生者特有の匂いなのかもしれない。
本棚から冊子を引っ張り、パラパラとめくってみる。
あの食材は地球のあれに似てる、あの肉はこう調理すると美味しくなる、といった雑学から、魔族を束ねる為の方法や魔族のマナー、日記の様な物など、内容は多岐に渡るようだ。
「なんか、すごいですね。同じ時代に生きていないのに、その辺の人たちよりもよっぽど身近に感じます」
「分かる分かる。知らないのに身内な感じがするよね」
本棚の隣には、様々な画風の絵があった。有名な風景や、近代的な建物。車、バイクといった乗り物に、動物。そして、人。
最初は嬉々と見ていたが、次第に胸が締め付けられ、気づくと涙を流していた。
「みんな、前世が恋しかったんですね……。いっそ記憶がなければ魔王に徹する事ができたのに、記憶があるせいで、ずっとずっと一人ぼっちだったんですね……」
この部屋は懐かしさと孤独と寂しさが詰まっている。歴代の魔王たちは、過去の魔王が残した物と、自分が残した物を一人抱える事で、言葉を交わす事ができない相手と思い出に浸っていたのだ。
私の涙をヴァシスが優しく拭ってくれた。
「彼らの為に泣いてくれてありがとう。僕は本当に奇跡だと思ってるよ。同郷のリコリスさんが同じ時代にいるなんて」
そう微笑む魔王の顔は、とても嬉しそうだ。
「同じ地球出身者がいると分かっているのに喋る事すら出来ないって、ツラいですもんね。私はそもそも知らなかったから気にしてませんでしたが」
「そう、だね。先代の魔王もただただ残虐だったわけじゃないんだ。前世で年端もいかなかった彼は、孤独に耐えられなかったんだよ。魔王という役目を放棄できず、誰にも相談する事が出来ない。それで壊れてしまったんだ」
残虐なだけの魔王だと思っていたが、全てを知った今、正面から非難が出来ない。もちろん、派手に戦争をした行為は許せないが。
「これから先の魔王にも、そうなってしまう人が出てしまうかもしれませんね」
なぜ魔王が転生者なのか分からない。分からないが、常に孤独が付きまとうだろう。感情を抑えるように、目を伏せる。
「うん。それを僕は変えたいと思ってるんだ」
「変える?」
ヴァシスを見ると、目に強い意志が宿っていた。
「うん。僕も実際魔王になって大変だったよ。でも、運良く人族の王であるレヴァンと良い関係が築けてて、奇跡的に人族に転生したリコリスさんもいる。これはきっと、今までにないチャンスだと思うんだ」
「今までにない? そういえば、人族に転生したっていう記録はないんですか?」
「少なくても魔族側にはないね。レヴァンにそれとなく聞いたけど、王宮にもそういった記録はないみたい。だから奇跡なんだよ。これは偶然じゃなく必然さ! 僕の代で、魔族と人族の垣根を壊したい。それで、次の魔王の孤独をなくしてあげたいんだ。そうすれば無意味な戦争も無くなるしね」
熱く語るヴァシスに、私まで気持ちも高揚してきた。
「魔族と暮らす世界、か。楽しそうですね」
「そうでしょ? 僕も、リコリスさんも大役だよ」
そう言ってヴァシスはニヤリと笑った。
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翌日、早速魔法の練習を始めた。私たちには時間がないのだ。
案内された場所は、城の一角にある開けた練習場である。元々魔王が隠れて練習をする為の場所だとか。
「だからこう、しゅっと引き抜く感じで、ぐわっとしてみて」
「も、もう少し分かりやすくお願いします」
ヴァシスははっきり言って、教師のセンスが全くない。かれこれ数時間続けているが、一向に魔力を貰えていなかった。
「うーん、相性が悪いのかな? 少し休憩しよう」
一生懸命教えてくれているので、完全に教え方の問題だと、思っていても言えなかった。
「よう、順調か?」
レヴァンがゆったりとした足取りで近づいてきた。
「あんまりですねー。コツがイマチイ分からなくて」
「まぁコツを掴むまで数年単位で練習するもんだからな。すぐには無理だろうよ」
「え!? それすぐに出来るようにしろなんて、無謀すぎるじゃないですか!」
レヴァンに詰め寄ると、眉間に皺を寄せて視線を逸らされた。
「ほら、時間もないし、な。ガンバレヨ」
「ぬぐぐ……」
握った拳の行き先を考えていると、イルが走り寄ってきた。
「あ! ここにいましたか。人族がそろそろ川を越えそうです。出発の準備をしてください」
「えっ、いやいやいや、無理ですよ、魔力貰えてないですよ!」
いきなり本番は酷な話だ。不発するオチが見えてしまっているではないか。
「思いの外早いな。勇者と愚弟は来てるのか?」
「勇者は先陣を切ってますね。人族の王は騎士団と共に、王宮に残っているようです」
「そりゃそうだよなぁ。うーん、もう少し時間があると思ってたんだが。奴らがアルミスに着くまで、あとどのくらい猶予がありそうなんだ?」
あと最低でも一週間あるはずだ。その間に、ヴァシスから魔力を受け取る訓練をしなければいけない。
「兵が既に疲労しているようで、あと二週間は猶予があるかと」
そう言えば、食料もろくに与えられず、途中途中で略奪しながら進んでいるんだった。
イルの報告を受け、ヴァシスがレヴァンに視線を向ける。
「レヴァン、二週間で王宮戻れる?」
レヴァンは鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
「俺を誰だと思ってるんだ? 余裕だな」
「そうだよね。じゃあ、すぐに作戦を立てよう」
全員が頷き、会議室へと向かった。




