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「全く、魔王のくせにいいモン食べてるよな。俺なんてその日暮らししてんのによ」
カシャ、っと食器が擦れる音。
「魔王だから良い物食べてるんだよ。というか、意外とそういう生活が性に合ってるって言ってたじゃないか」
とぷっとぷっ、とグラスに水が注がれる音。
「また料理が美味しくなりましたね。魔王様、変な所に力入れすぎです」
コト、と皿が置かれる音。
「イル君、食べ物が美味しいとやる気が出るんだよ?」
ドンっ、と私が机を叩く音。
「どういう状況ですかこれは!」
「どうって、食事中ですよリコリス」
アランが登場して混乱してる中、ちょうどお昼の時間ということで昼食となった。
大きな長い机を、私とイル、ヴァシスとアランで囲っている。
「いやね、それは分かるんですけど。なぜさらりとアランさんが現れて、妙に馴染んでるんですか!」
「それを言うと、俺としては嬢ちゃんがいる事の方が不思議なんだが」
行儀よくナプキンで口を拭うアランに開いた口が塞がらない。
「リコリス、とりあえず食べたらどうです? 話はその後でいいじゃないですか」
イルにそう言われて、仕方なく食事を再開する。頭の中は疑問で一杯だったが、ご飯は美味しい。
ヴァシスが元日本人なせいか、和食に近い物が多いのだ。私の胃袋は簡単に懐柔された。
「さて、デザートはきっとリコリスさんも喜ぶよ! 僕の力作だからね」
嬉しそうにそう言うヴァシスの声に、給仕が持ってきたお皿を見る。
「こ、これはもしや……」
「改良に改良を重ねた大福だよ!」
白いきめやかな肌にぷっくりとした大豆が埋まり、もちっとした皮の中には、これでもかと言うほどたんまりと入った餡子ーー。
「くっ……これはノックアウトだ……!」
私は考える事を放棄して、大福を食べまくった。
「それで、どうしてアランさんがここに?」
締めの大福を十個ほど食べ終わった後、紅茶を啜りながら本題に入る。
やはり大福には緑茶が欲しいところ。紅茶も緑茶も元は一緒なんだし、何とかならないだろうか。
「アランって名乗ってたんだね。彼は人族の王だよ。元だけど」
そもそも餡子が作れるなんて考えもしなかったが、チョコレートを作るより簡単なはずだ。豆は流通しているわけだし、なぜそこに気づかなかっ……。
「え、王様!?」
大福に気を取られてる間に、ヴァシスがさらりと凄い事を言っている。
「あれ、いいのか? 嬢ちゃんと人狼にそれ話して」
「彼女は大丈夫。イル君も薄々気づいてたみたいだし、もう隠す理由もないよ」
イルを見ると頷いている。ナチュラルに私だけが置いてけぼりだった。
「すみません、ちょっと話が大福で見えてないんですけど、説明してもらえますか?」
「うん、大福で一杯なのは分かったけど、とりあえず説明するね。えーっと、何から話したらいいかな」
呆れを含んだ声でヴァシスが言うと、アランが口を開いた。
「そもそもの発端を話そうぜ。俺の本名はレヴァン・ヘーリウス。まぁ死んだ事になってるけどな」
レヴァン・ヘーリウス。私がちょくちょく褒めまくってた前国王である。聡明で国民の信頼も厚かった。
改めてアランを見る。
無精髭に、粗雑な服。所々に傷があり、がっちりとしたその体は小麦色をしていた。
「……………」
つい、眉間に皺を寄せてしまう。
どこからどう見ても、完璧な荒れくれ者だ。
「なるほど、王族か。だから魔力の質が金色だったんですね」
イルも妙に納得していたので、口を挟むのをやめて先を促す。
「弟に殺されそうになってな。アレはそんな大それた事なんて出来ないはずだったんだが、唆されたようでね。殺される前に死んでやったよ」
アラン、もといレヴァンは清々しい程にいい笑顔でそう言った。
「お、王族の泥沼ヒストリー……」
奥様方を楽しませる昼ドラのようだ。
レヴァンは残念な事に全く王族感がないが。
「そもそもヴァシスとは、俺が王だった頃からの付き合いでね」
レヴァンがヴァシスを見ると、恥ずかしそうに目を瞑る。
「僕は人族と戦争なんてしたくなかったから。魔王になって最初にした仕事は、人族の王に手紙を送る事だったよ。戦争はしないぞってね」
「あの手紙を貰った時は笑ったな。きっと歴代の魔王で初めてだぜ? すぐに手紙送ってくる奴なんて」
その時の事を思い出したのか、笑いながらレヴァンが言うと、ヴァシスは顔を顰めた。
「仕方ないでしょう、勝手が分からなかったんだから。とにかく、僕は戦争なんて絶対嫌だったから、人族に不可侵をお願いしたんだ」
「俺は話が分かる魔王で良かったと安心してたんだけどな。弟は早めに討つべきだと言い続けててな。なんとか宥めてたんだが……」
前国王が生きていた事は予想外だが、私たちの予想は強ち間違いではなかったらしい。
「アラン、じゃなかった、レヴァンさん。レヴァン様? だったら弟さんを抑えておけたんじゃないですか? それに、殺されそうになったって言っても、殺しても死ななそうですけど」
「随分と言ってくれるな、嬢ちゃん。今さら様なんて付けなくていいぜ。そりゃーあいつだけだったら何とでもなったんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせた。レヴァンの強さは定かではないが、少なくても支持者は多かったはずだ。暗殺も切り抜けられそうなのだが。
「それがね、魔王の僕が言うと嘘っぽいけど……黒幕は勇者なんだ」
「え? 勇者と書いて正義と読む、あの勇者ですか?」
イケメンの顔が頭を過る。
ヴァシスが呆れ顔で頭を振った。
「うん、正義って読まないで、普通に勇者って呼んで」
「なんで勇者が?」
勇者が黒幕だなんて、ありきたりすぎるが、実際にはあり得ない事だと思っていた。そもそも、イケメン勇者が悪者に見えなかったわけだが。
「さぁね。ただ、最初に会った時のあいつは全てを憎むような目をしてたぜ。それもあって勇者の公表もしなかったしな。本来なら、魔王の誕生を隠し通すのは難しいから、勇者を表に立たせて何かあっても安全だという印象を与えたかったんだが」
レヴァンが深いため息を吐いた。
「私が何度か見た時、そんな風には全く見えませんでしたが。そう言えば、勇者を見ると必ずレヴァンさんが居た気がします」
町中でも酒場でも、勇者の陰にレヴァンが居た。
「あいつの動向を探ってたからな。数年で見違える程の好青年になりやがって。外に出るようになって人気も上がってたようだが、腹の底は真っ黒なままだろうよ」
勇者は町を歩くだけで賞賛の嵐だった。ビジュアルも一役買っているだろうが、何せ勇者だ。その響きだけで支持者も多いだろう。
「そうなんですか。まぁ、腹の中までは見えませんからね」
「そうそう。そんな人気者のあいつが、俺を殺そうとしてたわけよ。流石の俺も勇者には勝てないからな。とりあえず死ぬ事にしたんだ。で、協力を得ようと魔王に泣きついたわけさ」
イルがヴァシスを見る。
「俺たちにルメスを守れと言ったのは彼が居たからですか」
チラリとイルが私を見た。まだ魔王隠し子説を疑っているのだろうか。
「そうだよ。時間的に間に合うか微妙なところだったけどね。ほんと、厄介な事になったもんだよ」
ヴァシスが言うと、イルが少し不貞腐れたように口を曲げた。
「俺たちには言ってくれても良かったんじゃないですか」
「いやさ、魔族にも人族と協力するのに否定的な意見もあるし、準備が整うまでは伏せておこうと思ってたんだけど、もうそんな事も言ってられないよね」
そう、人族の進軍は始まっているはずである。
「そうだな、計画をまた早めるしかない」
レヴァンが真面目な顔で言い、ヴァシスが頷く。
「また?」
「君たちも知ってると思うけど、アルミスの襲撃だよ。あれで行動せざるを得なくなったんだ」
「あれはやってくれたよ。あんなに犠牲を出しちまうとはな。魔族も同じくらい被害が出てるし」
二人にとってもあの襲撃は想定外だったようだ。あの事件の黒幕は勇者と、ミランダだろう。
同時に、目の前で血の海に倒れたジーニャとラウロを思い出し、胃の辺りに重力を感じた。
首を振って暗くなりそうな気持ちを持ち上げ、話を戻す。
「その計画とは?」
「うん、まだ詰め切れてないんだけどざっくり言うと、勇者は力関係で僕が倒すしかない。レヴァンに王を討ってもらって、また王に戻ってもらうつもりなんだ」
ヴァシスがそう言い、レヴァンが続ける。
「国全体が疲弊してるからな。悲しい事に、食糧も行き渡ってない。生き返った前国王が今の王を討って、安全と食糧を約束する。戦う必要なんて無くなるはずだ」
「僕としては、ゆくゆく魔族も人族も一緒に生活できるようにしたいと思ってるんだけどね。ルメスが良い例になるよ」
私とイルを見て魔王が嬉しそうに言った。
確かに、人族と魔族は上手くやっていけるかもしれない。ルメスで生活していくうちに、そう思うようになっていた。
「こうなったら巻き込むが、嬢ちゃんたちには、出来るだけ人族を保護してもらいたい。進軍を遅らせる事が出来るといいんだが……」
その言葉に、くるりと振り返ったイルが私を見る。
「な、なんでしょ?」
「リコリス、そういえば前に騎士団を止めてましたよね?」
騎士団の靴を地面にくっ付けてやった時の事だろう。雪崩れ込む奴らを見て、大分すっきりした。
「そうですけど、私の魔力だとあれが限界で」
「魔力なら無尽蔵にありますよ。ね、魔王様」
イルがやけに爽やかな笑顔をヴァシスに向ける。
「うーん」
「ありますよね? 魔王様」
イルの笑顔が怖い。有無を言わさない笑顔だ。
ヴァシスがげんなりとした顔で頷いた。
「あります、ありますよ。僕の魔力がね。萎れるから節約してね!」
萎びれるとどうなるのだろう。気になる。
「私やった事ないですけど、他人の魔力なんて使えるんでしょうか?」
「時と場合と相性によりますよ。あまり時間はありませんが、後で練習してみましょう。魔王様の魔力で」
「イル君はスパルタだなぁ」
ヴァシスの呟きに、イルは満面の笑みを浮かべた。




