33
大きな両開き扉がゆっくりと開かれ、イルと共に中へと進む。
床には扉から部屋の奥に向かって綺麗な青いカーペットが敷かれており、その先は当然玉座だ。
魔王の目の前まで進むと、急にイルは片膝をついてこうべを垂れた。慌てて私もイルに従う。
「思いの外、早く会う事になったね」
魔王がそう言うと、イルは立ち上がったので、私も慌てて立ち上がる。
魔族のマナーが分からない私は、イルの真似をするしかない。
「魔王様、お時間いただきありがとうございます」
「イル君の頼みは断れないからね。それで、なんで人族を連れてきたのかな? 今がどういう状況か分かってる?」
声を落として私を見る魔王に怖気づく。
「魔王様に会いたいと願う人族も珍しいので連れてきました。魔王様の判断で、捕虜にしても処刑しても構いません」
「え」
真剣な表情でそう魔王に告げるイルに、つい声を漏らす。処刑だなんて聞いてない。
「ほう、そこまでの意思があってここへ参ったわけか。それでは、用件を聞こうか」
急に魔王が魔王らしい口調で、重々しくそう言った。体裁を気にしているのだろうか。
「ありがとうございます。リコリス・モネ・メルクーリと申します。魔王様、大変恐縮ですが、人払いをしていただけないでしょうか?」
これからする話は、あまり聞かれたくない。
スカートの両端を摘んで挨拶をしながらそう言うと、王の後ろに控えている護衛たちが鋭い視線を向けてきた。
隣のイルも眉間に皺を寄せている。
一気に緊張感が高まった部屋に、魔王の野太い声が響いた。
「それはできぬ。ここで申せぬのならば、出て行くが良い」
「そう、ですよね。失礼致しました。それではこのまま話を続けさせていただきます」
分かってはいたが、突き刺さる沢山の視線に冷や汗をかきながらお辞儀をする。
「魔王様を初めてお見かけした時、私はカカオを集めておりました。チョコレートを作る為です」
「そうか。して、今日はチョコレートを献上しに参ったのか?」
「いえ、残念ながら製作工程が複雑で……。魔王様にもお力添えを頂きたいと思っておりますが、別件でございます」
「回りくどい。用件を申せ」
間違っていたら、どんな処罰を受ける事になるのだろうか。多少の不安はあるが、今のでほぼ確証が取れた。
真っ直ぐに魔王の目を見据える。
「カカオはその苦さから悪魔の実と呼ばれて、誰も手を付けていない食材です。そもそもカカオという名称すら付いていませんでした。それを知っているという事は、私と魔王様は同じ故郷の可能性があります」
そう告げると、魔王は目を見開いた。
控えている魔族は困惑していたので、予想は当たっているようだ。
「なるほど。そういう事か」
うんうん頷きながら魔王はそう言うと、すっと片手を右から左に流した。
「ここはいい。二人にしてくれ」
「ま、魔王様!?」
「なりません!」
ざわざわと騒ぐ魔族たちに対し、魔王は一度手を叩く。訪れた静寂に、魔王は大きな声で言った。
「僕の命令が聞けないのかな? みんな一人残らず出てってね」
魔王の命令が不服なのであろう、険しい顔をしながら護衛の魔族たちが部屋から出て行った。
「あの、リコリス……」
「イル君もだよ」
私を見て何かを口にしかけたイルは、魔王の言葉に口を噤む。
「魔王様、俺は」
「こればっかりはイル君の頼みでも聞けないね。さぁほら、出てった出てった」
しっしっと手で払われたイルは、戸惑いながらも扉へ向かった。
背後の扉がパタンと閉じられた音を確認して、改めて魔王を見る。
魔王は玉座から降りてきて、私の目の前で立ち止まった。
「お互い難儀な立場だね。僕はヴァシス。あ、前世では田中でした」
そう言ってお辞儀をする魔王に対し、私も頭を下げる。
「国まで同じでしたか。初めまして、私は佐藤です」
「へぇ……。驚いたな。佐藤さん、ね」
ヴァシスは心底驚いているようだ。私自身驚きもあるが、前世の世界を知っている人がいるというのは単純に嬉しい。
「まさか敵対してる魔族の王が元日本人とは思いもしませんでしたよ……」
「いやぁ、まぁ、そうだよね」
苦笑するヴァシスを私も苦笑する。
「転生って本当にあるんですね。私は人族だったから良かったけど、田中さんは大変だったでしょう?」
「そうなんだよ。気づいたら顔の怖い魔族に生まれ変わってて、気づいたら魔王になってたんだからさ。ほんと、どうせなら勇者が良かったよ」
そう言って戯けて見せるヴァシスに笑うと、ヴァシスも嬉しそうに笑った。
「勇者は勇者でなかなか重荷になりそうですけどね。私は村人Aで良かったです」
「確かに、村人が一番楽しいかもね。ゆったり異世界ライフ?」
ヴァシスは前世で異世界物も嗜んでいたようだ。私も読み漁っていたので話が合いそうである。
「そうですね。転生しても社畜でしたけど、命の危機は……いや、ありました、そうだ、世間話もとってもしたいけど、それどころじゃないんでした!」
魔王に会いに来たのは、前世の記憶があるのかを確かめるため。そして、なんとか助けてもらえないかお願いするため。
前世が善人であったかは賭けだったが、カカオの森で初めて会った時に危険は感じなかった。だから直接乗り込んだのだ。
「そうだね、確かに今はあまり時間がないね。前世の話は今度ゆっくりしようか」
「はい。それで、人族との戦争なんですが……」
ヴァシスが手で制す。
「ちょっと込み入った話になるけど、この際一緒に考えてもらおうか」
ヴァシスが手を叩いて呼び声を上げると、するりとマントを羽織った長身の影の魔族がやって来て魔王の前に跪いた。
吸血鬼の様に見える。
「イル君と客人をここへ」
「承知致しました」
彼が去るとすぐに、イルが不機嫌そうな顔をしてやって来た。
「二人で何を話してたんですか?」
「まぁ、いろいろとね」
ヴァシスが目を逸らしながら言うと、イルが一層不機嫌そうに口を歪める。
「大体、魔王様が人族と二人っきりになるなんてーー」
イルの説教が始まりかけたその時、場にそぐわない呑気な声が割り込んできた。
「よう嬢ちゃん、よく会うな」
驚いて振り返ると、そこにはいつも突然現れる見知った顔が。
「あ、アランさん!?」
ダンディなおじ様は手を振りながら、陽気に近づいてきたのだった。




