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モブな私としましては。  作者: ちょこ
懐疑的な私としましては。
33/50

29

 「り、リコリスさん!」


 声の方に顔を向けると、血の流れている腕を押さえているルークと、倒れているカイトがいた。


 「ルークさん、無事だったんですね!」


 慌てて駆け寄ると、ルークの顔に安堵が浮かんだ。


 「か、カイトさんは……」


 「大丈夫、気絶しているだけだよ」


 その言葉にほっとして、既に私の足元まで広がってきていた血溜まりを振り返る。


 「早く、早く二人を助けないと!」


 二人の元へ走ろうとした私の肩を、イルが強く掴んで首を振った。


 「手遅れです。もう亡くなってます」


 その言葉に息を詰まらせる。

 この惨状だ。心のどこかで分かってはいたが、改めて口にされた事実に膝を落とした。私の洋服が二人の血で真っ赤に染まっていく。


 こんな事になるはずない。魔族とも上手くやれていたはずだし、誰も犠牲にならずに済んでいたはずだ。どこで何を見落としたのだろうか。予兆は、そもそも何があったのか。


 「何があったんです?」


 私の気持ちを代弁するかのように、冷静に問うイルに、蒼白な顔をしたルークが重い口を開いた。


 「み、ミランダさんが、二人を殺害しました」


 その言葉に頭を殴られたような衝撃が走る。


 「……詳しくお願いします」


 フリーズした私を一瞥し、眉間に皺を寄せながら、イルがルークを促した。


 「僕は二階にいたんだけど、下で大きな音と怒号が聞こえてまして。何があったのかと慌てて降りてくると、この部屋にミランダさんが立っていたんだ。そして、床には倒れて動かないラウロ君と、彼を揺すって呼びかけているジーニャさんがいました。喧嘩でもしているのかと思ったけど、ジーニャさんが今までに見たことがないくらい必死で……。状況が読めずに声を掛けようとした時にカイト君も駆けつけて来て、それを見たミランダさんは、何も言わずジーニャさんにも手を掛けた」


 「そ、そんな……」


 ミランダは包容力のある優しいお姉さんだ。受付の対応も完璧で、客からの信頼も得ていた。もちろん、職員からも。

 ミランダがそんな事をするなんて信じられない。


 「僕だって自分が見ていなかったら信じられなかったと思う。そもそも、その時点では二人が死んでいるなんて思いもしなかったんだ」


 視線を血溜まりに向けながらルークが言う。


 「そ、それ、本当にミランダさんだったんですか? 他の誰かという可能性は?」


 縋るように言う私に、ルークは悲しそうな顔をして首を左右に振る。


 「残念だけど、それはないと思う。少しだけど会話をしたんだ。何を話したかはよく覚えていないけど、確かに彼女だった。それで、ミランダさんはその後すぐ僕たちに迫ってきて……。とてもじゃないけど、速すぎて反応できなかったよ。カイト君がギリギリの所で弾いてくれて、僕は腕の負傷で済んだんだけど、彼は反動で飛ばされて意識をなくしてしまったんだ」


 そう言ってルークはカイトを見る。

 カイトは息もしているし呼吸も安定しているので、気絶しているだけのようだ。


 「無事で良かったです」


 そう呟くと、ルークが消えそうな、疲れ切った笑みを浮かべた。


 「ありがとう。彼が壁に叩きつけられた後、急にミランダさんは窓の方を見て逆側に走って逃げたんだ。残されて初めて、二人が大量に出血していること、そして、彼らの死を確認した」


 ルークが辛そうな顔をする。

 私は黙ってルークの背中をさすった。


 「……どうしてこうなったのか、どうしたらいいのか。どれくらい経ったのか分からないけど、気付いたらリコリスさんたちが来ていたんだ」


 そう続けたルークは涙を浮かべていた。人に改めて話した事で、悔しさや悲しさ、いろいろな負の感情が溢れているのだろう。

 その姿に、彼らが本当に死んでしまったという実感がじわじわと心を侵していった。

 泣き喚きそうになるその感情に蓋をして、血が流れ続けていたルークの腕を自分の服を破って止血する。何かしていないと気が振れそうだ。


 「なるほど。確かに彼女の姿はこの町から消えているようです。人狼がうろうろしているこの町から逃げ出すなんて、相当な手練れですよ」


 そう言ってイルは窓の外を見た。


 「イル!」


 急に発せられた大声に心臓が跳ねる。

 窓に目を向けると、全身傷だらけのレヴィが現れた。


 「レヴィ、大丈夫か?」


 「うん、アタシは何とか。ハンクは意識を持っていかれて、連れて逃げるので精一杯だった。ごめん」


 「いや、良くやってくれましたよ。住民に犠牲は?」


 「そこの二人だけだ。さすがに間に合わなかった」


 「そうですか」


 そう言って二人の体に近づくイルを全員の視線が追った。


 「傷跡が刃物で付けられた物ではないですね。まるで爪に裂かれたような。人族が見たら人狼が殺したかのように見えるでしょう」


 「そ、それは……」


 続きを促すようにルークが溢す。


 「推測ですが。彼女は人狼が殺したように見せかけて殺し、誰かに助けを求めるつもりだったのでしょう。役所の皆さんが次々と現れて対処しているうちに、人狼が来るのを察して逃げるという選択肢を取ったのでしょうけど」


 淡々と言うイルに、ルークが顔を歪める。


 「何のためにそんな事を……」


 「今のところ全く不明ですが、彼女は人狼とも対等に渡り合える力を持っていたようです。一体何者なんでしょうね?」


 その問いに答えられる者は、ここには誰もいなかった。




***********




 数日後。

 二人のお墓に手を合わせる。


 二人を埋葬する過程で蓋をしていた感情が溢れ、どんどん辛く、苦しく、悲しくなって、最初は子どもの様に泣きじゃくっていた。

 初めて遭遇した友人の死。自分の無力さ。

 まだまだ癒えない心の傷だが、ルークやカイト、そして人狼たちや住民の助けがあったおかげで、なんとか二人に手を合わせられるまでには回復した。


 二人と過ごした時間は一生で考えると僅かだが、とても濃い日々であった。


 ジーニャはいつも静かに本を読んでいるようなタイプで、しっかりと状況を把握したり的確な対応をしてくれていた。最初に騎士団と対峙した時も、ジーニャが止めてくれなかったら私は死んでいたかもしれない。

 そして、ラウロに対する毒舌と、そこに垣間見える仲の良さ。きっと彼女はラウロの事が好きだったのではないかと思う。


 ラウロはとても人の心の動きに敏感だった。お調子者に見えるのは、相手をどうしたらプラスの感情に持っていけるかを体現していたからだろう。私が緊張していた時や、感情が爆発しそうになった時、いつも最初に気づいてそれらの感情を緩和してくれた。


 まだまだ、話し足りなかったのに。これからの事や、今までの事、もっと仲良くなれたはずなのに。


 自然と枯れたはずの涙が溢れる。

 たくさんの事をしてもらっているのに、まだ私は何も返せていないのだ。


 せめて彼らを故郷に返してあげたいのだが、イルから許可が下りなかった。


 「イルさん、やっぱりダメでしょうか?」


 私の真剣な表情を見て、イルが口を開く。


 「そろそろ、話をしましょうか」


 決してふざけて誤魔化しているわけではない、真面目な表情でそう言ったイルに頷く他なかった。

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