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モブな私としましては。  作者: ちょこ
懐疑的な私としましては。
32/50

28

 「はぁ、はぁ、はぁ、こ、これは、なかなかに、きつ、い!」


 東の山は完全な獣道で、前世でも今世でも運動不足な私にはかなり過酷な道中だった。


 「籠を背負ってるだけじゃないですか……。持ちましょうか?」


 「いえ! そこまでお手を煩わせるわけには、いきま、しぇんあ!」


 足がもつれて頭から転びそうになった所を、イルが支えてくれた。


 「これは脱走とかできるレベルではありませんね」


 ため息混じりに言うイルを睨む。


 「脱走なんて、するわけ、ないじゃないですか。はぁ、はぁ、ほら、今、結構しあ、わせですし」


 「まずは口を閉じましょうか? その状態で喋るって結構体力使うんですよ」


 「わ、私に死ねと!?」


 「そんな事言ってないでしょう。ちょうどお昼ですし、少し休みましょう」


 そう言って切り株に腰を下ろした。

 イルは町を出てからため息ばかりついていた。主に私のせいだが。


 「悪魔の、実があれば、人々は幸せに、なれるんです」


 呼吸を整えつつそう言うと、イルが呆れた顔をする。


 「全くその意味が分かりませんけどね。昔俺も好奇心で食べた事がありますが、あれは食べ物ではありませんでしたよ」


 急いで出てきたので、ランチは道中で買ったパンである。それを切り分けてイルに渡す。


 「正しい調理法を知らないからですよ。本当に美味しい物になるんですから」


 自分の分を荒っぽく口に突っ込みながら言うと、イルが失笑した。


 「じゃあもし出来たら俺たちにも分けてくださいね。出来たら、ですが」


 「出来るに決まってます! 何時間かかっても作ります!!」


 「えっ……そんなに時間かかるんですか」


 「手間をかけてこそ、素材が活きるんですよ」


 「そ、それはそれは」


 ピーマンを食べさせられた子どもの様な顔をしながら、口だけで私の相手をするイルを見てふと疑問に思った。


 「そういえば、イルさんって何歳なんですか?」


 特に深い意味はなかった。ただ、今の反応を見て聞いただけ。

 その言葉に顔を私に向けて答えた。


 「人狼に、というか、魔族に年齢は聞かない方がいいですよ」


 意外な回答に少し驚く。


 「え、なんでです? 乙女な訳でもないのに」


 「むしろ乙女関係ありますか? 人族より長寿ですからね。羨ましくなると思いますよ」


 魔族と人族では、それこそ桁が違うレベルで寿命か違うというのは本で読んだ事がある。

 確かに、人族から見ると羨ましくも恨めしくも悲しくもなるかもしれない。永遠の命は永遠の課題だ。


 「とはいえ、私的には大した事ではないですけどね」


 そう言うと、今度はイルが驚いた。


 「人族は一様に、寿命を延ばす手段を探してると思ってました。長生きな種族から生かしたまま心臓を抜き取って食べたり、若い女の血を百人分飲んだり……。リコリスは長生きしたいと思わないんですか?」


 「なにそれ人族オバケより恐ろしい」


 「違うんですか?」


 そんな嘘みたいな話、信じて実行する人族はいるのだろうか。世界は広いので、ノーと言えない所が怖い。


 もちろん、長生きはできるに越したことはないが、私の場合、今このリコリスという人生はボーナスタイムのようなものである。

 死んでしまった時点でそれが寿命と言えるとはいえ、前世で若いうちに死んでしまった私へのご褒美。

 なので、この生では最後まで笑って、そして平均寿命くらいまで生きられれば十二分なのだ。むしろそれ以上望んだらバチが当たる。


 「うーん、私の場合は楽しく生きる事が出来ればそれだけで十分です」


 「そうなんですか。意外ですね」


 そう言って立ち上がったイルは、両手を上に挙げて体を伸ばした。


 「さて、それではそろそろ休憩を終わりましょう。このままでは日が暮れてしまいます」


 「そうですね」


 食事も済んだので、カカオの元へと急いだ。




 「あぁすごい! ここはなんて楽園なの!」


 両手を広げてそう叫ぶと、イルが嫌そうな顔をした。


 「これを見て楽園と言うなんて、リコリスはやっぱりどこかおかしい」


 目の前にはたわわに実ったカカオをたくさん付けた木が、所狭しと並んでいた。


 「これはお宝ですよ、ほんと、これは儲かります」


 「戦時中に儲けとか考えてもしょうがないじゃないですかって聞いてないし」


 早速カカオを回収する。私が背負ってきたカゴは大きい物ではない為、収穫するカカオを厳選しなければならない。


 前世でチョコレートの広告に携わり、チョコレート工場や海外のカカオ農場まで、かなり時間をかけて調べた。

 私にはチョコレート製作の知識があるのだ。


 「カカオって、上の方に実ってる方が良いんだっけ……?」


 覚えていればの話だが。


 うんうんと唸りながら上の方にあるカカオを見ていると、横からぬっと何かが出てきたので、そちらに視線を移す。


 瞬間、硬直。


 そこに現れた生き物は、私の倍は大きかった。

 鋭い目に、下顎から上へ向かって生えた大きな二本の牙。恐ろしい顔を持った頭部には二本の角がうねるように立ち、体格の良い体はがっちりとした甲冑に包まれていた。


 そして何より、それが纏う空気。

 認識した途端、見えない風に切り刻まれているかのような感覚に震え、鳥肌が立つ。


 "これ"はやばい。

 本能がそう叫んでいる。


 「っーーーーーーー!!」


 あまりの恐ろしさに悲鳴も上げられず硬直すると、一瞬で視界がイルの背中で埋まった。


 「どうしました!?……って、魔王様」


 構えていたイルが力を抜くと、魔王と呼ばれたその生き物は、大きな体を縮こませて頭をかいた。


 「あ、うん、なんかごめん」




***********




 そんなこんなで、腰の抜けた私の横に、魔王が座らされている。どうしてこうなった。


 「魔王様、あれほどお一人で外出はしないようにとお伝えしたのに」


 「ちょっと用事が」


 「用事なんてものは部下に任せてください。なぜ自ら動こうとなさるんですか」


 「人に任せられない重要な用事だったというか、僕にだってたまには外に出たいというか」


 「ご自身の立場をお分かりですか? 魔王なんですからね!」


 「大切な用事だったんだよ! その道中でイル君が人族と一緒にいたから、何してるのか気になって」


 冷静に考えると、これはかなりおかしな状況だ。人族が倒すべき恐ろしい魔王が目の前にいて、その恐ろしいはずの魔王にイルが説教をしている。


 「俺だって来たくて来たわけじゃないです。あぁそれと、そこに隠れてるあなた、いい加減出てきたらどうです?」


 イルの視線を辿ると、何の変哲も無い木が立っているだけだった。

 イルは構わず視線を向けたまま、数十秒は経っただろうか。そこから首を左右に振りながらアランが現れた。


 「え、アランさん!?」


 「さすがに人狼は誤魔化せねぇか」


 アランの言葉にイルは鼻を鳴らす。


 「人狼を甘くみないでいただきたい。何しに来たんですか? 町は封鎖してるはずですが」


 イルのキツい視線を浴びながらも、アランは平然と惚けた顔をした。


 「嬢ちゃんたちが外に出て行くのを見かけてな。何しに行くのか気になっちまって。よう、嬢ちゃん。なんか大変そうだな」


 軽く手を挙げながら笑顔で言うアランに、口をパクパクさせる。大変どころの騒ぎではない。絶賛大混乱中だ。


 「ま、魔王とアランさんが出ました!」


 「その虫が出たみたいな言い方やめてもらえる?」


 なんとか絞り出した私の言葉に、魔王が真顔で言った。


 「ひぃぃ、すみません! すみません!」


 先程感じた異様なまでの威圧感は薄れているものの、一度体験した恐怖心は拭えない。

 そんな私が哀れに見えたのか、努めて優しく凶悪な顔で魔王が話しかけてきた。


 「ところで、君たちはこんな所で何をしていたのかな?」


 「は、はい、あの、カカオを採りに! 他意はないのです! お許しください!」


 そう言って土下座すると、魔王が少し慌てた。


 「そ、そんな取って食うつもりないから、大丈夫だから落ち着こう。ね? そうか、この実はカカオなのか」


 「魔王様、まだ話は終わってーー」


 呆れた顔で言いかけたイルが、急に背後を振り返る。

 魔王も何かに気づいたようで、真剣な表情を浮かべた。


 「リコリス、とりあえず戻りましょう」


 「えっこの状況で……?」


 混乱に輪を掛けて混乱している私に、イルが鋭い視線を向けてくる。


 「町から血の匂いがします。それでは魔王様、失礼します」


 言うが早く、私の理解が追い付く前に抱え上げられてイルが走り出した。

 展開についていけず、成されるがままになっていたがアランの事を思い出す。


 「あ、あの、アランさん置いてきて大丈夫ですか!?」


 「魔王様は人族を殺したりしません。安心してください。それより……この血の匂い、役所の方ですよ」


 既に視界は町を捉えていた。

 私が数時間かけて歩いた道を数十分で駆け抜けたイルは、そのままの勢いで町の壁を飛び越える。


 「あわわっ!」


 「このまま役所に突っ込みます!」


 窓硝子が激しく割れる音がして目を瞑る。衝撃は感じたが、痛みはなかった。イルが気を遣ってくれたようだ。

 ゆっくりと降ろされ、目を開けると、そこは血の海だった。遅れてむせ返る様な温かい鉄の匂いに気づく。


 「う、うぅ……」


 口を押さえてしゃがみ込む。血溜まりの中心には、知ってる顔が二つ、横たわっていた。

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