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「モニカちゃん、ケルンちゃん。今日もありがとう」
「うん! いっぱい食べてねー!」
「俺、今までで一番捕まえられたんだ!」
「まあ、すごいわね!」
ほのぼのとした会話をしたがら、モニカとケルンが抱えた新鮮な魚を住民が受け取る。
「レヴィさん、すまねぇな」
「いいよいいよ、おっさん腰痛めてんだろ? アタシの方が力あるんだし」
一方で、レヴィが職人に代わり、大きな木材を運んでいる。
敗北宣言から数ヶ月が経った今、もはやモニカとケルンは町のアイドルとなっており、レヴィやハンク他、大人の人狼も多方面で頼られていた。
人族と魔族が共存している町は、この国でもルメスだろう。
「なかなかすごい光景ですね」
ぼけっと二階から窓の外を眺めながら言うと、ルークが苦笑しながら頷く。
「そうだね、少し前まで魔族と同じ町で生活するなんて考えられなかったよ。生活も前より豊かになっているしね」
ガタッと勢いよく椅子から立ち上がったイルが、ジト目でこっちを見た。
「なんか俺、立場がおかしいんですけど。なんで書類整理なんてやらされてるんですか。俺だけ檻に入れられてる感じがします」
勢い良く立ったせいで、書類の山が一つ崩れる。不機嫌そうに言ったイルに苦笑しながら、ルークが書類を拾い集めた。
「だって僕たちは魔族に敗北したんです。となれば、立場上従わなければなりません。つまり、この町の長はイルさんなわけで、そうなると色々な決定権やら承認やらはイルさんが行わなといけないじゃないですか」
これまでにないくらい晴れやかな笑顔で言うルークに、私も同意した。
「そうですよ。頑張ってください」
イルが役所仕事に関わるようになってからというもの、今まででは考えられないくらい仕事が楽になった。
急ぎの書類も机にほっぽり投げられているわけでもなく、ふらっとどっかに行って一日帰って来ないなんて事もなく、最終決定もそれとなくぼかして職員に決めさせるわけでもなく……。
どれほど元上司が使えない人材だったかを改めて実感し、イルがどれだけ素敵な上司かという事が身に染みて分かった。
三時にはおやつが食べられるし、もう魔族対策の為に深夜会議を行う事もないし、定時に帰れる。健康的な生活ができているおかげで、職員の隈は消え去ってミランダの肌もツヤツヤに蘇っていた。
おまけに食べ物も潤沢にあるのだ。魔族万歳。
「もうこのままイルさんに治めてもらいましょうよ。戦争が始まるとかで住民も私たちもギリギリまでヘリウス王国に尽くしたのに、結局何もしてもらえなかったじゃないですか」
「それもそうですねぇ」
「待て待て、俺が言うのもなんですけどそれはダメじゃないですか?」
ソファーに沈み込んだ私たちに、イルのごもっともなツッコミが入る。
「他の町がどうなってるか気になるところではあるんですけどねー」
チラリとイルを見ると、目を逸らしてわざとらしく声を上げて座り直した。
「さぁてこの書類を昼までに片付けないと昼食が食べられなくなっちゃうなー」
完全な棒読みである。
イルたち人狼は最初の宣言通り、ルメスを封鎖した。外への道には見張りがいて、出入りが不可能になっている。
最初の頃は逃げようとする人も少なくはなかったが、誰も逃げられなかった上に、今では逃げようと考える者すらいないくらいルメスは平和だった。
「なんかもう魔族が悪者って事に対して疑問しか持てない状態だわ」
「人族にも良し悪しがあるように、もちろん魔族にもそれはあります。まぁ、人族よりちょっと血の気は多いかもしれませんけど」
私の呟きに対し、書類をテキパキと片付けならがイルが応えた。
「そういえば、イルさんたちは人族を毛嫌いしないんですね。人族と魔族は一様に憎み合ってるんだと思ってました」
「そういう魔族もいるかもしれませんね。まぁ少なくても俺たちはそうでなかったというだけです」
ルークにそう言ったイルはどうやら書類の処理が終わったらしく、ため息を吐いていた。
「あ! 良かった。イルさんこれもお願いします」
ラウロがタイミングを見計らったように書類の山を持ってきたので、イルは更に深いため息を吐いた。
その様子を微笑ましく思いながら、特徴のある笑い声に釣られて窓の外へと視線を落とす。
そこには見知った顔があった。
「あーーー! アランさん何でここに!?」
私の大声でアランがこちらに気づき、軽く手を振る。
「おぉ嬢ちゃん。久しぶりだな」
予想外の顔に話をすべく、外へと向かった。
アランは初めて会った時と変わらない風貌だった。いや、あの時よりも少し痩せただろうか。
「あの、なんでルメスに居るんですか?」
「あー、俺もここに居るつもりはなかったんだけどよ。出れねーじゃん」
困った顔でそう言うアランだが、そもそも何の用事で寄ったのだろうか。
「ってことは、数ヶ月ここに居るって事ですよね。私、役所で働いてるって伝えてたんですから、顔出してくれても良かったじゃないですか」
頬を膨らませて言うと、気まずそうに視線を逸らされる。
「すまん、完全に忘れてた」
なんだか今日は視線を逸らされる事が多い。大人は都合が悪くなるとすぐに誤魔化すのだ。私含め。
「役所に就職が決まった時もそうやって目を逸らしましたよね」
「ほ、ほら、喜んでるところに水を差すのも悪いだろ?」
無表情に沈黙すると、子どもが泣き出した父親の如くオロオロするアランにため息を吐く。
「お陰様でとても大変な日々を送ってます。まぁ、何だかんだ楽しくやってるからいいんですけど」
「そ、そうか。それなら良かった。ん?」
最後に疑問をこぼしてアランが視線を上げる。辿って後ろを見上げると、イルが窓から身を乗り出してこちらを凝視していた。
「イルさん、何してるんだろ」
「なんか俺、睨まれてるな。ちょっとズラかるわ。またな、嬢ちゃん」
そう言って止める間もなく行ってしまった。私と会うとアランはいつも逃げ足な気がする。
トンと音がして振り向くと、イルが窓から飛び降りて来ていた。
「だから窓はドアじゃないんですって」
近くてくるイルに呆れて言うと、真剣な顔で私を見る。
「リコリス、今のは知り合いですか?」
「え、まぁ。なんというか、予期せず会う知り合いです」
「そう、ですか。金色、か……」
「え?」
ボソッと言った声が聞き取れずにイルを見ると何事か考え込んでいたが、私の視線に気づいて手を振った。
「何でもないです。さて、ちょっと書類整理から逃げるとしますかね」
イルの脱走宣言に目を輝かせながら手を大きく上げる。
「はい! はい! イルさん。折り入ってお願いがあります!」
そのテンションにやや引き気味でイルが後ずさる。
「な、何でしょう」
「私、すごく頑張ってるので、お願いを聞いて欲しいんですが!」
「どの口が言うんですか。俺の方が頑張ってると思いますが」
「まぁまぁ、それはそれ、これはこれ。実はですね、東の山に行きたいのです」
「山に?」
その一言に、イルが怪訝な顔をした。
「はい。カカオを集めに行きたいのです」
「か、カカオ?」
それは世間話から得た、住民からの情報だった。東の森にはとても苦くて木から直接生えている実、つまりカカオが大量にある場所があるというのだ。
カカオと言えば、チョコレートの原料である。ココアも作れるし、集めない手はない。というか、久々にチョコレートが食べたい。
この国では、いや、多分この世界にはチョコレートがないので、カカオは正式な名称がないらしく、悪魔の実と呼ばれて罰ゲームや悪戯の用途にしかなっていないらしい。
私が有効活用してあげたい。切実に。
「すみません、悪魔の実でしたね。とにもかくにもあれが大量に欲しいのです」
「あんな物を欲しがるなんて、また変な人ですね……」
下手物を見るような視線を向けられるが気にしない。どう思われようがチョコレート欲求に叶うはずもないのだ。
私の三大欲求は食欲食欲食欲である。
「イルさんが付いてきてくれれば、山に入ってもいいじゃないですか。人狼からは逃げられないんですし」
「ま、まぁそうですが」
「お願いします! 私の人生にどうしても必要なんです!」
縋る様にイルの服を掴んで見上げる。
この捨てられた犬のような私を無下にはできまい。
「……………はぁ。分かりました。少しだけですよ」
かなりの間を空けて、観念したように視線を逸らしながら言った。
「やったーーー! ありがとうございます!! では早速準備してきますね」
「え、もうですか? 今ですか?」
イルの言葉は聞こえない振りをして、準備をする為に役所へと走ったのだった。




